406. 『決断』
閃光に轟音が連なる。
遅れてやってきたのは、肌が凍てつかんばかりの乱気流。
風、氷、そして光のエネルギーが逆巻き荒れ狂った後に残された者は、大なり小なりダメージを受けている状況だった。
そしてその中で、最も手酷いダメージを被っていたのは他でもない、こちらに対して風の息吹を仕掛けてきた張本人。
「グホ……ッ!」
フェレシーラの『光弾』をもろに頭部受けた耳木兎の魔人ルゼアウルが、多きくよろめき地に膝をついていた。
「ぬううぅ」
「おのれが……!」
その両脇に駆け込んだのは、赤銅の魔人ターレウムとローブの魔人ツェブラク。
それぞれにフェレシーラとティオと交戦していた彼らもまた、相応のダメージを負っている。
そんな魔人たちに対して、こちらの総被害は上をいっていた。
「くぅ……!」
苦しげな声と共に項垂れたのは、ティオ。
ルゼアウルの風の息吹に対抗せんとしていた彼女は、地に手を衝き肩で息をしている状態だった。
そんな彼女の頭頂部、艶の無い茶色の髪の間から、青みがかった二本の角が突き出ているのが見て取れる。
竜人族の証としてはやや短く、鬼人族のものにしては色合いが特殊すぎる。
翼や尻尾といった特徴も見受けられないが、今しがた放っていた氷の息吹は竜人族のものと考えるのが妥当だ。
となれば、人族ないし他種族と竜人族との混血児。
「半竜人……?」
「そうよ。このままあの子とも合流するから、もう少しだけ頑張って」
地に横たわったまま呟くと、そこにフェレシーラが腕を差し伸べながら告げてきた。
「公国では一部の人たちが、混血種に対して強い忌避感を示すことがあるから。騙すつもりはなかったのよ」
「それは、いいけどさ……ぐ、ぅ!」
そのまま肩を借りて身を起こすと、全身を痛みが駆け抜けた。
しかしそれに構わず、歯を食いしばって体を前に進める。
ルゼアウルとティオ、そしてフェレシーラ。
風と氷、異なる息吹が押し合っていた最中、『光弾』による横槍が成功したとはいえ……
はっきりいって、こちらの被害は深刻だった。
高位魔人の放つそれと競り合う為に、ティオは激しく消耗してしまっている。
おそらく彼女にとって、あの氷の息吹は奥の手・切り札に類する攻撃手段だったのだろう。
顔をあげることも叶わず身動きも出来ずにいるところをみると、自己回復に及ぶ余裕もないことは明白だった。
それに加えて、俺もこのザマだ。
アトマも体力もまだ余力があると思っていたのに、体と動かそうとするだけで、至る部位を激痛が駆け抜けてゆき、上手くいかない。
長時間、そして高負荷でここまで戦い続けてきた反動が……
フラム・アルバレットという人間の、肉体的限界がこれ以上の行動に待ったをかけてきていた。
こうなってしまっては、『治癒』による回復も気休めにしかならないだろう。
となればもう、痛みを堪えて動くしかない。
フェレシーラもそれがわかっているのか、それとも起き上がれぬ程のダメージを受けたティオを優先すべきと判断したのか、既にそちらに向かって駆け出している。
正直いって、ティオが混血児だったという事実に驚きを覚えてはいる。
しかしフェレシーラの反応をみるに、彼女はその秘密を知っていたのだろう。
そしてそんなティオの力に、皆が助けられたのもまた事実だ。
それ故か、戸惑う気持ちこそあれ、ショックに感じることはなかった。
「ピィ……」
走りゆくフェレシーラの背中を見送っていると、傍にホムラが舞い降りてきた。
見た感じ、毛並みが乱れているぐらいで、これといった外傷もない。
どうやら息吹が激突する余波を軽く受けた程度で済んでいたらしい。
「ホムラ……良かった、無事で……」
「ちょっとちょっと。なんだいそのボロボロっぷりは。とてもルゼアウル様の顔面に、喜び勇んで蹴りをくれたヤツと同一人物だとは思えないね」
そんなホムラの様子を確かめていると、メグスェイダがひょっこりと顔を覗かせてきた。
「アンタも大丈夫だったか……っ」
呆れた様子で話しかけてきた白蛇に、俺は返事を行い気息を整える。
魔人たちに動く気配はない。
彼らの統率者であるルゼアウルが深手を負っていることが、残る二体の魔人にとっての足枷となっているのだろうという、想像はつく。
が、こちらもおいそれと追撃には移れない状況だった。
余力があるのはフェレシーラのみ。
俺とティオはまともに行動不能といった状態では、無理押しをしたところで手痛いしっぺ返しを食らうのは目に見えている。
見たところ、魔人側に傷を即時回復する力を持つ者はいない。
その点に関しては、こちらが有利といえる。
であれば、ここでリスクを取って攻めに出るよりも、時間を稼いでからの回復を経て、巻き返しを図る方が確実だ。
それにそろそろ、俺の計算では――
「いたぞ! こっちだ!」
なんとか首を巡らせてそれを確かめにかかろうとしたところに、声が響いてきた。
そこに意識を傾けると、遠く闇の中にて幾つもの火――おそらくは、兵士たちが手にしていた松明の灯りだ――が揺らめいており、歓声が犇めいている。
「なんだ、あの魔物は……!」
「白羽根様だ! 白羽根様が魔物と戦っているぞ! 手の空いた者は助勢に回れ! いまは影人は捨ておけ!」
「エキュム様に向けて伝令を出せ! こちら第五班、吶喊するぞ!」
始めは遠くにあった歓声が、無数の火と共に勢いを増す。
「やっぱり、な……あのよわっちそうな影人に負けるほど、皆……あっ、づ……!」
「こんな時に喋ってる場合か! どうすんだよ、キミ!」
「どうするって……」
焦るメグスェイダに、俺は言葉を詰まらせてしまう。
ルゼアウルを始めとした魔人を討ち取る。
これは可能であればやり遂げておきたいことではある。
これまでのこと、俺自身に関することをヤツから聞き出したいという願望はあったが、排除できる脅威であれば、そうしておくに越したことはない。
「まあ、厳しいかな……」
「はあ? 言ってること、わかんないんだよ! 困るんだけど、そういうの!」
「だろうな……とりあえずお前は、ホムラから離れないでいてくれ。あいつらの元に戻るっていうんなら、アレに巻き込まれる覚悟だけはしといて欲しいけどさ……」
言いつつ気息を整えてゆくと、ぼやけた視界に松明を手にした兵士たちの姿が写り込んできた。
それを見て、メグスェイダが「シィ」と舌を鳴らす。
「ヤな言い方するね、キミってヤツは。ルゼアウル様自ら出向いてくるなんて、それだけで判断に迷うってのにさ……それもツェブラクの嫌味野郎と、ターレウムみたいなのは引き連れておいて……えぇい、クソッ!」
わりと本心からのお節介に、白蛇様が忌々しげに吐き捨ててきた。
「おい、フラム! いますぐキミのお仲間たちを撤退させろ! あっちは最低でもあと一体は、あの馬鹿でっかい影人を温存しているはずだよ! いま置き土産に放り込まれたら、とんでもないことになるよ!」
「……おいおい。マジかよ」
覚悟を滲ませたメグスェイダの叫びに、二重の意味でそんな言葉が洩れてしまう。
彼女のいうところの『馬鹿でっかい影人』とは、言わずもがな『爆炎』の術法式を搭載していた鉄巨人を指しているとみて、まず間違いないだろう。
いまルゼアウルにそんな代物を持ち出されて、あの規格外の『爆炎』のような広範囲を薙ぎ倒す攻撃術を起動されたら、こちらに向かってきてくれている兵士たちを巻き込むどころか、本体にまで被害が出かねない。
いや……甘ったれた希望的観測に縋らずに予測するのであれば、全滅は免れないだろう。
そしてそうした情報をこのタイミングでこちらに伝えてきたメグスェイダが、一体なにを考えてそんな事を明かしてきたのかも、正直わからなかった。
わかるとすれば、ただ一つ。
今現在、彼女は同胞であった筈の魔人たちの元に戻るつもりがない、という事だけだった。
「そっか……なら、さ。ここは先はなんとか、しないとだな……!」
「ハァ!? ちょっと、キミ、なに言ってんだよ! 今はとにかく、説明なんて後でいいから周りの連中を退がらせな!」
「勿論、そうさせるさ……けど、それだけじゃ到底間に合わない。だから、ここは」
ぼやけた視界で思考を巡らせる。
迷っている暇はない。
成功の可能性は一旦捨て置き、手段を捻り出せ。
この場を何とか出来る方法を導き出して、あとはどれだけ困難であろうとも、それを成す為に心血を注いでみせろ。
成すべきことと、成したいことを手中に収め、その構成を組み立てろ。
「起きろ」
そこに想い至った瞬間、俺は命じていた。
「起きろジング。ここからは、俺たちでなんとかするぞ……!」
その声に応じる形で翔玉石の腕輪に浮かび上がった猛禽の瞳が、小憎らしいほどの眼光を放ってきた。




