361. その想い、誰が為に
蒼鉄の短剣に灯したアトマの輝きを頼りに、手紙を読み進める最中……
「ねえ、フラム」
「ん?」
隣で丸石に腰かけていたフェレシーラが、こちらを覗き見てきた。
「また私が、建物が壊されるところを見ないで済むようにしてくれたんでしょ」
「なんだよ……いきなり」
「いきなりじゃないもの。なんでいま、こうして三人でここにいるのか、いてくれるのか、っていう話よ」
「ああ」
少しずつ、ほんの少しずつ……
しかし着実に強まっていく大地の揺れを知覚しつつも、俺は曖昧な相槌を彼女に返してしまっていた。
手紙の主、セレンからのメッセージには大きな意味があった。
どうやら彼女は鉄巨人が出現した直後に、自分の元にホムラが大急ぎで飛び込んできたことで、こちらが取るであろう行動を予見していたらしい。
その上で、『もし、君たちがアレと一戦交えるつもりならば』という前置きと共に、幾つかの指摘が記されていた。
ちなみにホムラは俺たち二人の足元で、ぐーすかぴー状態である。
時が来れば起こすより他にないが、せめて今だけでも、といったところだ。
「敵わないよな、セレンさんには」
「それはたしかに、その通りだけど……ちょっとフラム。こっちの話、聞いてる?」
ぽつりと呟いたところにフェレシーラの声がやってきた。
「聞いてる聞いてる。ただ今は、あのデカブツ対策を練る方が先だからさ――ってぇっ!?」
それに対して返事をしたところ、こちらの顔へとやってきたのは、やわらかな、しかし明確な意思と力の籠められた少女の掌だった。
「聞いてるなら……か、お、を、むーけーなーさーいー」
「いやおま……人の顔をつかむなっ! わかったから、首、無理矢理捻じ曲げようとすんなって! ちゃんとそっちみて話すからっ!」
「なら、良し」
いきなり人の頬を両手でサンドウィッチして、ぐいぐいと自分の方へと向けようときたフェレシーラさんよりやってきたのは、そんなお赦しの言葉。
「良し、じゃないだろ……あたた。首の筋でも痛めたらどーしてくれんだよ」
「そのときはちゃんと治してあげますもーん」
「そういう問題じゃねえし。とんだ聖女様だな、ったく……」
ぶちぶちと文句を述べつつも、俺は手紙をベストの内側へとしまい込む。
まあ、内容にはすべて目を通し終えている。
正直いってこちらが見落としていた、考えもしなかった事が記されていたので、非常にありがたい代物だった。
そしてそれを元に、これからどうして俺たち三人が迫り来る鉄巨人と戦うべきなのかも、既に答えを出し終えている。
なすべき事の軸は変わらない。
セレンからの助言は、それを確固たるものへと昇華させる為のものだ。
そういう意味では、後は『何故どうして、俺たちはこんな事をしているのか』という理由探し、即ち目的の再確認の方も、案外大事なのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は彼女に向き直っていた。
「まあ、さすがにあれを見た後だとな」
「……ありがとう」
具体的な表現を避けてそれだけを口にすると、フェレシーラがちょっと申し訳なさそうに礼の言葉を返してきた。
当然それは、彼女が切り出してきた話に対する、率直な俺の感想だ。
あの鉄巨人が姿を現した際に、崩壊する第二監視塔を前にしたフェレシーラの反応は、普通ではなかった。
心的外傷。トラウマ。心の傷。
決して軽々しく触れてはいけない、消えない痕。
そうしたものを露呈させるだけの……『白羽根の神殿従士』フェレシーラ・シェットフレンという人間の努力と研鑽を、彼女を支えてきたものを吹き飛ばしたのが、あの光景だ。
「俺はさ」
だから、というべきなのだろうか。
「俺はこの状況を作り出して、無関係な皆を巻き込んでしまって悪いなんて言いたくないし、目の前で怯えてる女の子を放り出したくもない。自分の頭の中だけで全部決めつけて、話もせず、考えもせず、闘いもせずだなんてのは……嫌だ」
この場で抱えていた気持ちをまっすぐに口にすることで、俺は自分が何故この場に立っていられるのかを、目の前の少女に告げていた。
それは大袈裟に言えば、いわゆる決意表明という奴なのだろう。
「お前が空から降ってきて、助けてくれたときさ。俺、言ってただろ」
「……ふざけるな、というやつですか?」
「そうそう。それ。あれってさ。今にして思えば、本音ってヤツだったんだろうなってさ」
「それは……理解できます」
いつの間にか口調を変えてきたフェレシーラが、こくりと頷き俺の答えを肯定してきた。
とはいえ、それで互い言いたいことが伝わりきっているわけではない。
そんなことは百も承知だ。
しかしそれはそれとして、そうした彼女の物言いが嬉しいことに変わりは――
「ふざけていますから。こんな状況は」
ない、と思いかけたところで、言葉が続いてきた。
「だってそうですよね? 貴方が……フラム・アルバレットが、一体なにをしたというのですか? 影人だなどという、わけのわからない化け物に付き纏われて、こんな目にあって。いえ……」
まだまだ言い足りないといった風に、彼女はそこでそれまでの言葉を翻し、
「例えどのような事情、理由があったところで、私はこの現状を許容することは出来ません。こんな馬鹿げた状況も、それが齎そうとする結果も。そのどちらも……ふざけるな、の一言です」
語調こそ荒くもなく、表情もやや憮然、といった程度ではあるものの、しかし言葉は止まらない。
ふざけるな。
その言葉が呼び水となったかの如くして、少女は尚も言葉は発し続けてきた。
「私は理不尽なことが嫌いです。多くの人がそうであるように。ですが、どうしようもない事態に直面すれば、仕方がないと割り切ってしまう事もあります。そこも同じです。幾ら白羽根の称号を賜ったところで、幾ら聖女と称えられたところで……望むままに生きるなど、不可能です」
つらつらと己が抱き続けてきた諦観を吐き洩らしながら、その子は小さな拳を握りしめて、「だけど」と言ってきた。
「だけど……これは許容出来ません。例えどうしようもなく、力及ばぬことになろうとも。私は……嫌です」
ぴくりと、足元で幼い幻獣が身を震わせてきたのがわかった。
その反応が、俺たちのやり取りに対するものなのか、はたまた遠方より響いてくる戦火の足踏みに対するものなのかは、俺にはわからない。わかりようもない。
俺にわかることといえば、ただ一つだけ。
「……二人揃ってイヤイヤとか、まんまガキだな。俺たち」
「そうかもしれませんね。でも、とてもいい笑顔をされていますよ」
「そういうお前も、な」
言いながら、俺はそれを自覚する。
どうやら考えていること、思っていることは、二人揃って似たようなものだったらしい。
敢えて言うのであれば、こちらの方が少々欲深であったというところか。
「さてと。それじゃ、そろそろ準備といくか。いい加減、ケツに振動がきすぎて座ってるのもキツくなってきたしな……!」
「……まったくです。気の利かない輩ですね」
「ピ? ……ピ! ピピィ♪」
「おっと、お前もお目覚めか? 元気いっぱいだな……!」
パンパンと埃を祓い、寝起きのホムラに挨拶をすると、キビキビとしたサイドステップが返されてきた。
その横で、フェレシーラが戦支度を開始する。
その視線の先へと煌々と輝く短剣を翳してみれば、そこには山の如き巨影があり――
「いきましょう、フラム。どこの誰だかは知らないけど……私たちに喧嘩を売って只じゃ済まないって事を、たっぷりと教えてあげなくちゃだからね」
再びその手に戦鎚を握りしめ、いつもの調子となった彼女が、俺の隣にてニッコリと微笑んできた。




