273. 連なりし初手、大見得を呼び込む
そこは、つい二日前に俺とフェレシーラが神魔の術で撃ち合いを繰り広げた、試合場での一幕。
ところどころが『光弾』にて抉れ飛び、『熱線』に炙り焦がされていた赤土の地肌を晒す石床を、いまは合わせて九つの戦意が蹴りつけていた。
『おうおう、ご丁寧に逃げ出せねぇように囲んできてやがる。ガキ一人相手に大袈裟なこったな。キョーダンお得意のペア行動ってヤツか? これ』
『護衛長って呼ばれてたおっさんを除けばそうだな。たぶん、ティオのヤツが助祭とまともにペアで動かないのがわかっていて、あのおっさんが助祭にとっての実質のペアなんだと思う』
『ほーん。なるほどねぇ』
頭の中に響くジングの『声』に、俺は鞘付きの短剣を握りしめて答えてゆく。
相手前衛の5名、神殿従士との距離は5mほど。
ゆったりとした時計回りで円陣を維持する彼らの後ろには、神官が4名。
こちらはいつでも術法の行使に踏み切れるように、との判断なのだろう。
持ち場を動かずに、精神を集中させていることが伝わってきていた。
『にしてもコイツら、さっきからグルグル動いてきやがって。いい加減目が回りそうだぜ。いつまでやる気だ? コレ』
『さすがに9対1だからな。体面を気にして、一組ずつ仕掛けてくる……と言いたいところだけど。たぶん違うかな、この感じだと』
『んぉ? どういうことだね、フラムっちくん。説明ぷりーず』
『その呼び方はやめろ。あとで腕輪絞めるぞ? ……なんてことは、もっと余裕のあるときにやるとしてだな』
いつも通りに無駄に尊大な鷲兜に向けて、俺は自らの予想を纏めることを兼ねて思念の『声』を飛ばし続けた。
『俺にティオの代理として、この人達と戦わせるっていう話な。予め、決めておいたことなんだと思う。まあやるにしても1組ずつ、こっちに当ててくる予定だったんだろうけどな』
『決めていた、だぁ? その割にはグダグダやってたようにみえたぞ?』
『そこはあれだ。ティオとドルメだけで決めてたことで、他の護衛の人たちには知らされていなかったんだと思うぞ。妙に芝居臭かった、その二人だけだったし』
『なるほどねぃ……って、イヤまてやコラ。なら、纏めてかかってこないのはなんでだよ。コイツらオメェのハッタリ信じ込んで囲んできてんだろぅがよ』
『信じたからこそ、かな』
『は? んだそりゃ。わけわかんねぇぞ』
『それだけティオのヤツが、教団の人達から一目置かれてるってことだ。多分だけどな』
納得がいかない風のジングにはそう返しておいてから、俺は正面にまわってきた神殿従士の男へと向かい、半歩だけ前に出た。
「一応聞いておくが、そのまま抜かずに闘うつもりか?」
闘争の意志を示すその歩みに、男が問うてくる。
そのまま、という言葉が指しているのは、俺が手にした得物……蒼鉄の短剣のことだ。
「ああ。その方が本気でやれるんでな」
本来は肩当てのホルダーに固定する為の皮紐にて、鞘と鍔が巻き合わされたそれを逆手に構えて、ついでに口調はハッタリを効かせたまま。
「いつでもどうぞ、ってヤツだ。遠慮せずにかかってくるといい」
『……ぷ』
可能な限りの平常心を心掛けての返答に、鷲兜が余計なリアクションを示すも相手にしない。
笑うなアホジング。
もう今回は、このキャラで通すしかないんだよ。
今更弱腰になっても無駄だからな……!
「心得た。だが、治療の担い手が揃っているとはいえ、不慮の事故というものはある。互いにな」
斬られれば、治してはみる。
しかし既に命を落としていたとすれば、どうしようもない。
そんな割り切りの言葉と共に、長剣が腰だめに構えられる。
体重を乗せての刺突の一撃。
「では――」
おそらくそれが、彼が最も得意とする攻撃手段なのだろう。
周囲に控えた者たちの間に、緊張が走るのがわかった。
「参る」
低く発せられた声が、間合いを詰め殺してくる。
姿勢を低く取っての突進が剣先を覆い隠す。
金属鎧を身に纏っての突進攻撃。
愚直という言葉を体現するかの如き初撃を、このタイミングで止めることは叶わない。
前蹴り程度で到底阻止できるものではない。
速度自体はない。
こちらが選択するのは、左方向へのステップによる回避運動。
円陣を担う者たちに動きはない。
一対一からスタート。
それを見守る意志が、彼らにとって共通のものだとわかる。
数の利を活かして一斉に打ち掛かれば、造作もなく勝ちを得られる状況でそれをしない。
その理由は、何故か。
「せいあっ!」
裂帛の気合と共に放たれる片手突き。
予想よりは伸びと勢いに欠けるそれを前にして、俺は左にステップを打ちながらも、自身の失策を理解した。
「く……っ!」
初撃に対する回避。
それ自体は成功した。
しかしそれだけでは攻撃は止まらない。
明らかに速度を増した切っ先が、こちらの動きに合わせて矢継ぎ早に放たれてくる。
二撃目は右足にて石床を蹴り、胴の位置をずらしてやり過ごす。
そこに動き終わりの足狙い、三撃目が追い縋ってくる。
体を投げ出して飛んだところには、止めとなる四の一刺し。
それが彼が持ち得る、必殺の連携だったのだろう。
だが――
「ぐっ!?」
ひゅん、という風斬りの音に続き、男の体勢が崩れる。
彼にしてみれば突然とした思えなかった、利き腕への痺れ。
俺からしてみれば、当然の応撃。
即ち、鞘付きの短剣から放たれたアトマの一撃が、長剣を持つ男の右腕を強かに打ちのめしていた。
「アトマ光波……だと……!?」
長剣が地に落ちた音が辺りに鳴り響くも、動揺の声がそれを上書きしてゆく。
そこに安堵の溜息を潜ませて、俺は目の前で膝をつく男の首筋へと、短剣を突きつけた。
「まずは一人。で、いいよな?」
「……異論はない。参りました。さすがにお強い」
「はは。腕が落ちてたらどうしようかって思ったけどな」
「御冗談を。腕が鈍るような歳でもないでしょうに。その若さで末恐ろしいものですな」
あっさりと飛び出てきた、敗北を認める言葉。
それに思わず本音が出てしまうも、彼は清々しい笑みで応えてきた。
……すみません、いまのは本当に『アトマ光波で貴方の腕が斬り落とされてなくて、ほっとした』って意味なんですが。
咄嗟のカウンターとして放ったせいで加減に自信がなかったけど、どうやら鞘付きの短剣を用いた分、切れ味も低下していたようだ。
ていうか、今のこの人が仕掛けてきた刺突連携。
アトマ光波を覚える前の俺だったら、瞬時の返しとして切れる札がなくて、即終了していたかもしれない。
いきなりでこれだけの使い手が出てくるだとか、中々厳しいものがある。
「すみません、なにもフォロー出来なくて……」
「いい、お前は気にするな。それよりも護衛長と組んでくれ。それで丁度いい」
「はい……!」
そんなことを考えていると、降参を告げた男が一番近くで控えていた神官の女性の肩に手を軽くおき声をかけると、そのままの足で円陣の外にいたドルメの元へと向かっていた。
「申し訳ございません、ドルメ様。不覚を取ったとは言いませぬ。完敗です」
「むぅ……良い。お前は下がっていよ。よもや、あの歳で光波を使いこなすとはな……これはたしかに、青蛇殿の言うとおり……」
地に片膝片拳をつき報告を行ってきた男を前に、ドルメが渋面で何事かを呟くのが聞こえてきた。
だが今の俺には、その内容を気を回している暇もなければ、余裕もない。
残る相手は8名。
早々にアトマ光波も見せてしまったこともあり、このまま一組ずつ当たってゆけば、こちらの手札は品切れに追い込まれるのは目にみえている状況だ。
故に、こちらが取るべき道は只一つのみ。
「さて。わざわざ一人ずつ準備してくれてるみたいで、悪いんだけどさ」
肩を大仰に鳴らして、視線は右から左。
これから挑もうという相手を、敢えて一纏めに扱うようにして――
「後は全員……纏めてかかって来てくれると嬉しいんだけどな。こっちにも、都合ってものがあるんでね」
鞘付きの短剣でもって全てを刈り取る仕草と共に、俺はそんな大見得を切ってみせたのだった。




