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78 憂鬱な始祖による吸血鬼レッスン


 『何とかなる』


 そう思う時期が私にもあったのかもしれない。



 後方に広がる焔のオーロラ越しから向けられる兄妹の視線を感じながら、リアは懐に潜り込んできたレーテの振るった腕を掴み取り加減を加えながら捻り上げる。


 ボキボキッという籠った音が鳴り響き、同時に微かな不快な感触が掴む掌から感じとれた。



 そのまま叩きつけるか、引き寄せながら鳩尾に蹴りを入れるか、瞬きの間に途轍もない葛藤(・・)をするリア。

 そんな始祖を置いて、レーテはすぐさま捕まれた腕ごと身を捩り、無理やりに腕を引き千切って拘束から抜け出すと反撃の鋭い蹴りを放った。



「……」


「ふっ……!」



 リアは放たれた蹴りを無意識に手の甲で咄嗟にガードし、防がれることは想定済みだったレーテはそのまま宙返りして後方へと伸び退いたのだった。



 その瞬間、リアの頭上には突如として表れた夥しい数の氷の刃は、間髪入れず一斉に放たれる。


 【戦域の掌握】で把握できた領域内での本数は254本。

 領域外も合わせればその倍はあってもおかしくはない数だろう。



 火系統魔法で薙ぎ払ってしまうのが一番手っ取り早いが、リアは手に持った血剣のみでそれらを切り刻み叩き落とし、ダメージに成り得る軌道のもの全てを対象内に収め神速の連撃を放つ。



(手加減はいらないって言われたけど、やっぱり無理ぃぃ! 私に二人を傷つけ続けるなんて無理よ! でも、あそこまでお願いされたら)



 リアは血剣を振るいながら、模擬戦が始まり少ししてお願いされたことを思い出す。



『お姉さま、斬られる度にそんな顔をされては……過度な手加減は不要ですわ。私達の体のことは気にせず、ご随意になさってください!』


『然様でございます、リア様。少し力を入れられれば無力にも散る脆弱なこの身ですが、どうか加減ないご指南をお願いいたします』



 凝血化させた血剣とアイリスによって放たれた氷結の刃は衝突する度に、月光を反射し鼓膜を切り裂くような高い音を周囲へと鳴り響かせる。


 一瞬の間に数十数百という斬撃が空間に軌跡を残し、地面や宙には割れた氷の破片が散らばり、まるでダイヤモンドダストのような幻想的な光景を生み出していた。



「今のも、全て斬り落とすなんて……言葉がでませんわ」


「……ありがとう。でも私から言わせればこれまでの魔法もそうだったけど、一度にあれだけの数を行使できる貴方も十分すぎるものがあるのよ?」



 攻撃の手を止め雪の結晶が舞い散る中、眼前のアイリスが身に着けている上品な黒ドレスは所々が破れ、腹部の布はぽっかりと穴を開け可愛らしいおへそを露わにしていた。

 それ以外にも、長袖のドレスだった筈のそれは片腕が露出し、不自然な形で肘から先が切り取られていたのだった。



「火系統魔法を制限されたお姉さまに、かすり傷すら負わせられないとは。……私もまだまだですわね」


「あら、そんなことないわよ。私と同階位に居て1撃も入れられない存在だって居なかった訳じゃないんだし、気にすることないわ」



 リアは悲観するアイリスを慰めの言葉をかけると、隣に立ち並び千切れた腕を再生させるレーテへと視線を移す。


 彼女の腕を見て反射的に眉を顰めそうになるリアだったが、何とか平然を取り繕い、そんな自分を褒めたくなった。



「レーテは【無属性魔法】と戦闘スタイルが見事にハマってるわね。同階位の相手であれば苦戦は少ないでしょうけど、強いて言えば……火力不足かしら?」

 


 彼女の無属性魔法はリアとしても、その制御力には思わず感心してしまうほどだった。


 だがしかし、その特性上扱いが難しく相手の動きを予測した上で使う必要があることから、自身より速い相手や筋力(STR)が高い相手だと、効力を発揮せずに終わってしまうケースが簡単に予想できる。


 現に、レーテは始めた頃はリアに対して無属性魔法での見えない壁を発動していたが、翻弄するような不規則な動きを始めた途端に詠唱が追いつかなくなり、なんとか捕らえたとしても筋力(STR)でごり押せてしまった為、使用を最低限に控えるようになった。


 合わせて何回か【闇系統魔法】を扱ってきたが、攻撃系統ではない妨害系統ではデバフの効きづらい吸血鬼のリアには相性が悪いだろう。


 結果、レーテはリアが最も得意とする肉弾戦をするしか無くなってしまった訳である。



「お褒めの言葉、ありがとうございます。なるほど、であればやはり【闇系統魔法】でしょうか」


「ええ、【無属性魔法】の性質は変えようがないから仕方ないけど、【闇系統魔法】の理解を深めた方がいいわね。 ――例えば」



 リアは言葉を切ると、この指南中に使うつもりはない中位の【火炎魔法】を行使した。

 何処からともなく等身大の規模で燃え上がる火炎はリアの周囲を漂い、真隣に着地すると徐々に集束し膨張していく。


 そうして形作られたのは炎の肉体を持った、もう一人のリア。



 二人のリアを目の前にしてレーテは珍しく、驚きを露わにするとその目を見開いたのだった。

 可愛らしい反応をするレーテにリアは先程まで感じていた精神的な負担(・・・・・・)が穏やかなものに包み込まれるのを感じ、思わず微笑んでしまう。



「これはっ……、っ!」


「流石レーテね。そう、この方法なら接近戦での手数を二倍に増やし、負担を半分にできるのよ。私は火系統と血統魔法しか扱えないからこうしてるけど。本来、一番適性がある属性は闇系統魔法なのよ」



 リアは隣のもう一人のリアの制御力を高め、軽く剣を振るうと寸分違わず同じ挙動をする分身を見せながら口にした。


(さっきまでは本当にっ!辛かったわ!! 二人の実力やスタイル、得意属性なんかを知る為に模擬戦したけど。 ある程度知れたことだし、実践形式はもういいよね? 頭ではわかってても、愛してる相手の体を自分で傷つけるっていうのはありえないくらい精神を擦り減らすのよ。正直そっちに気を取られすぎて、指南どころじゃなかった訳だし)



「んっ、中々……難しい技術っ、でございますね」


「最初から出来るものじゃないもの。でも、その調子よ。闇系統魔法は魔法単体として扱うより接近戦でこそ活きるものだから、魔法制御力と並列思考を高めるとやりやすいわ」



 【火炎魔法】で作り上げた分身への制御を切り、リアは少し離れた位置で【闇黒魔法】を発動して自身の分身を作ろうと奮闘するレーテを見据える。



「なるほど、んっ…………ふぅ」


「ふふ、コツは人型を作らないこと。自身の姿をそのまま、空間に模写してみなさい」



 分身はどろどろと集束していき人型を形どると、ある一定の部分で崩れてしまい中々形にならない。

 珍しく表情にハの字を浮かべたレーテにリアは苦笑を浮かべ、暫くは集中させようと視線を外す。



「さっきはごめんなさいね、アイリス」



 歩み寄りながら口にしたリアは表情に影を落とす。

 しかしアイリスはリアの言葉に体の動きを一瞬止めると、否定するように頭を左右に振るうのだった。



「お姉さまが謝られることなど、何一つとしてございませんわ。正直に申し上げるなら私もレーテも嬉しいのです。 吸血鬼ならば身体的な負傷など当たり前であり普通ですもの。だというのに、お姉さまは私たちの体を私たち以上に大切になさってくださる。……それが堪らなく嬉しいのですわ」


「そんなの当然じゃない。私の愛する子達で、私のモノなんだから」


「はい、その通りでございますわ!」



 純粋に向けられる好意とそれに対しての不誠実な自分に恥ずかしくなったリアは表情を逸らし、そんな始祖に堪らなく嬉しいという気持ちを全身から漂わせたアイリスは、満面の微笑みで頷いたのだった。



 リアは指南する為に模擬戦を行ったものの彼女達を傷付けることを躊躇い、心ここに在らずな状態で対峙し、結果的にあまり教えることができなかった。


 だというのに、アイリスは気にした様子を見せることなく模擬戦中も、心配そうにその瞳を向け続けてくれていた。



「本当に……出来た妹ね」


「んっ、お姉さま」



 乾いた笑いと共に漏れ出てしまった溜息を付きながら、リアはアイリスの頬に優しく手を添える。


 それはまるで相手の存在を確かめるような、ゆったりとした手つきで見詰める視線には慈しみが込められ、どこか嬉しそうに口元を緩めていた。


 自分で提案しときながらこの体たらく。

 リアは自分のことを恥ずかしく思いながらも、そんな自分を気遣ってくれる妹に報いる為に気を引き締め直すのだった。



「いい? アイリス。 吸血鬼同士の対人戦(PVP)に置いて最も大事なもの。それは血統魔法への理解と制御力、それらで勝負は決まると言っても過言じゃないわ」


「……血統魔法、ですの?」



 引き締めた表情で話すリアに、アイリスはいまいち要領を得ないように首を傾げる。

 そんな彼女の疑問にリアは肯定するように頷くと、頬に添えた手を放して踵を返して背中を向け歩き出した。



「そう。口で説明するより、実際に見せた方が早いわ」



 そうして数歩歩いた所で振り返ったリアは、手元で傷を付けると【鮮血魔法】を発動した。

 それはあっという間に形を成し、作り出されたのはアイリスへ切っ先を向け空中へ浮かせた10本程の血剣。


「貴方も」と口にするリアに対し、その余りにも完成された鮮血魔法の速さに呆けた表情を浮かべていたアイリスは慌てた様子で剣製を始めだした。



 そうして夜の森の中で宙に浮くは左右対称の大量の血剣。



「それじゃあお互いに1本ずつ、ぶつけ合いっこしましょうか」


「ぶつけ合うん……ですの?」


「そうよ。それじゃあ1本目」



 アイリスはその表情にわかりやすく疑問を浮かべ、それでもリアの言う通りに魔法制御を行い血剣を操った。



 互いの血剣は中央で衝突し、速度も相まってそれなりに甲高い音が鳴り響いた。


 火花を散らし、そのまま両の血剣は魔法制御下から離れ地面から落ちるものだとアイリスは思っていたが、どちらの血剣も落ちることなくそのまま刀身を打ち付けている。



「え……? どういう――っ!?」



 すると、交差された血剣は徐々に溶け出すとアイリスの血剣を呑み込み始め数秒もしない内に、そこには創造した時点より血液濃度を濃くした強大な血剣が宙に漂っていた。


 ふわふわと浮き続け、未だに魔法制御が解かれずに他者(アイリス)の血を取り込んだ血剣を見て、アイリスは理解が及ばずぽかんと口を開けつつもその血剣から目が離せない様子で見詰め続けている。



「これが【鮮血魔法】同士が衝突した際に、相手の攻撃手段を取り込む"支配戦"よ。他の魔法にはない、血統魔法のみ存在するもの。 ……吸血鬼(わたしたち)らしい戦いでしょ?」


「……支配戦。 こんな現象、初めて目にしましたわ」



 LFOでは吸血鬼プレイヤーはもちろんの事、一般プレイヤーでもそういった特殊戦闘があることは知っていただろう。

 だが数百年生きているアイリスが知らないというのなら、その差は吸血鬼の全体数、もしくは吸血鬼同士の戦闘が少ないからではないだろうか、と彼女の発言から予想するリア。



 前世(ゲーム)でこのシステムを知ったのはリアが中位吸血鬼の時、種族クエストで出会った真祖のNPCの好感度をそれなりに上げてからだった。


 つまり、こちらの世界もそういうことなのではないだろうか。



「吸血鬼同士の戦闘じゃないと起こりえないもの。階位至上主義である吸血鬼(わたしたち)だと中々機会がないのかもね。 恐らく真祖で戦闘経験が豊富な子は知ってるんじゃないかしら? ほら、例えば魔族軍のあの娘とか」


「オリヴィア・ノスフェラトゥ・リーゼ様、ですわね。……なるほど」



 納得いったかのように頷き、自身の周囲にある血剣を操りだすアイリス。

 そんな彼女を見てリアも血剣を操りながら、アイリスへわかりやすく目で合図を送るのだった。



 そうして1本ずつ衝突させていく中、リアの脳内ではアイリスの口にした名前が反響していた。


(オリヴィアちゃんかぁ、うん……会いたいわ。恋人はいるのかしら? 確か大陸の最西端だったわよね? 魔族の残党と人類種がやりあってる場所って。それなら――っと、いけないけない私ったら、今はこっちに集中しないと)

 

「発動し終わっても、魔力を切らさないで制御を続けなさい。血液同士が混じり始めると魔力の質と流れが変化する、その瞬間を見逃さないこと」



 2本、3本と衝突させていき、1度目に見せた支配戦をより濃密にゆっくりと見せていくリア。


 アイリスは食い入るようにその瞳で魔力の流れを観察し、意識を向けやすいようにか片手を翳して魔力制御に力を入れ始めた。



「くぅっ……はぁ、……はぁ」



 額に汗を滲ませ、その瞳で穴が開いてしまうんじゃないかと思える程、血剣の衝突を見続けるアイリス。


 その後も7本、8本、9本とひたすらに深夜の森の中で金属音を響き鳴らし、最後の10本目にしてこれまでの衝突とは明らかに異なる変化が起きた。



 手を抜いているとはいえ、初めてのまともな支配戦。


 先程までは血剣同士の衝突であったが、今眼前に繰り広げられているのはどろどろとした血流の喰い合いであり、傍から見ればどちらの物かわからないだろうが、リアとアイリスの目にははっきりとその違いが映っている。


 呑み込み呑み込まれを繰り返し、まるで鮫同士が相手の首筋を噛み千切らんばかりに喰い争う光景が空中で行われていると、集中力が極限まで高められ限界を迎えそうにあったアイリスを見たリアは微笑みながら魔法制御を解除した。



 すると抵抗することなくピタリと動きを止めたリアの血流は、アイリスの血流によって瞬く間に浸食され取り込まれていく。


 そうして宙には1本の強化され濃度を高めた血剣が、ふわふわと停滞しているのだった。



「っ! やりましたわっ!! ……はぁ、はぁ……っお姉さま!」


「ふふ、流石アイリス……私の大切な妹だわ」



 前髪が額に張り付き、行為中以外では滅多に汗をかかないアイリスが、全身から熱気と甘ったるい果実の匂いを漂わせている。


 リアは気にすることなく歩みよりアイリスを抱き締めると、その熱い身体と匂いを堪能しながら首筋に顔を潜り込ませた。



「んっ、……濃厚な香り、くらくらしちゃいそう」


「ひゃっ!? お、お姉さまっ!? その、いまは少し……恥ずかしいですわ」



 そう言いながらもリアを突き放すような真似はせず、アイリスは頬を染めた表情を隠して今にも消え入る声で呟いた。


(可愛いぃぃぃぃ!! 今にも心臓が飛び出ちゃいそうなくらい、動悸が収まりそうにないわ! どれだけ私を煽れば気が済むの? あぁ~滅茶苦茶にしたい! この体を余すことなく味わい尽くして、どろどろの甘々に可愛がってベッドで一日中ぬくぬくしたいわぁ!)



 手で押し退けたり、あからさまに距離を取ろうとはしない癖に、アイリスはリアから逃げるようにして隙間のない空間でもぞもぞと首を動かし、嗅がれまいと右往左往しだす。


 しかし、リアはそんなアイリスを逃がさないとどこまでも逃げ場のない空間を追い回し、やがて観念したのか無抵抗になると、肩越しにレーテの姿が映り込んだのだった。



 そこには二人のレーテが立っており、辛うじてといった様子で形作られた漆黒のレーテは所々が解れるようにして崩壊を始めているも、それは紛れもないリアの教えた《意識なき固体》である。


(もう……そこまで出来たの? 一からスキル化させるとなると、練習し続けても1週間はかかるものなのに。才能があるのか、元々【闇黒魔法】の熟練度が高かったか。なんにせよ、流石私のメイドさんね!)


「やっぱり、レーテは凄いわ。もう形にしてるのだから」


「私など……、リア様のお力添えあってのものでございます。ですが、これは色々と幅が広がりますね」


「【闇系統魔法】の魔法は汎用性が高いのよ。それをモノにしたら、また新しいこと教えてあげる」



 リアはアイリスの抱擁を離し、レーテへと歩み寄るとぼふっと籠った音を鳴らしながら抱き着く。


 すんすんともはや挨拶代わりに匂いを堪能するリアに、レーテは能面な表情を崩しながら緩めた表情でもじもじと身体を動かし始める。



「あ、ありがとう……ございます。この湧き出る気持ちを、……どう表現したらいいでしょうか。リア様、心より愛しております」



 そう照れながらも噛み締めるように口したレーテは、行き場をなくした両手をあろうことか、リアを抱き締め返すように腰に回してきたのだった。


(ひゃっ!? えっ、……え? レーテから初めて……抱き締められた!? ひゃぁぁぁあ!! ……もう、好き!大好き! 今夜は絶対寝かせないわ、二人とも)


「私だって貴方を愛しているわ、レーテ。 正直、貴方を傷つけるのは本当に、本当にっ辛かったけど。 そう言って貰えるなら、教えた甲斐もあったかしら」


「それはもち――「リア姉ー! セレネが寝ちゃった」」



 レーテの言葉を遮って聴こえてくるは、背中に妹をおぶって歩いてくるルゥの声。

 リアはそんなセレネの様子に仕方なそうに眉を顰めると、抱擁するレーテから身体を離していく。



「そう、それなら今日はここまでにしましょう。私も……我慢するにも限界があるから、ね?」



 振り向くリアの赤い瞳は月光に煌めきながら、まるで獲物を狙うかのような獣の目つきで、アイリスとレーテに妖艶な笑みを浮かべるのだった。



軽く教えるにしても吸血鬼同士だと流血は避けられないのでR18的な血生臭い展開になります(´∀`)

微百合は最高です。 もっと百合書きたい!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ふう糖分助かった......これ以上語彙は要らないな。 他の真祖との邂逅が楽しみだな......
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