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76 夜のお出掛け




 依頼(おねがい)の諾否を保留していたリアの突然な返答に、ディズニィは眉をピクリと反応させる。

 そしてその瞳で言葉の真意を探ろうと、凝視してくるのだった。



「どういう風の吹き回しかな。まだ殿下とお会いしていないのに……理由を聞いても?」



 そう言って真剣な表情を見せながらも、見詰めてくるディズニィに視線を逸らしながら素っ気なく返すリア。



「別に、多少マシな人間に見えただけ。強いて言えば見返り、かしら」



 言葉にしながらリアはがやがやと貴族達が行き交う会場へと視線を移すと、出来るだけ王子と接触したことを悟られないよう平常心を保った。



(王子と偶然出会ってちょっと遊んじゃった、なんてディズニィに知られれば面倒な小言がくるのは目に見えてるわ。バレたらバレたで仕方ないけど、それでも面倒はごめんよ)



 リアは遠目にグラスを片手に持ち和やかな雰囲気で談話する貴族を見詰めながら、内心で一人ごちる。


 そんなリアにどう思ったのか、ディズニィは凝視する視線を辞めると「そうか」と口にして気持ちを切り替えたように、その表情を嬉しそうに緩めて言葉を続けた。



「それならすぐにでも殿下に話を進言させていただく。明日にでも――」



 ディズニィは唐突に、不自然なとこで話す口を止める。

 すると聴こえてくるは、会場内で警備している衛兵らしき者達の慌てた様子で言葉にした『レクスィオ殿下』という単語。


 気付けばリアの視界に映る会場内は異様な雰囲気が漂っており、どよめきと困惑が場の空気を染める中、一部の人間は慌ただしく動き回っていた。



 レクスィオが会場に戻ってきたのかな、と内心で考えながらもぼんやりと光景を眺めていると、隣でディズニィは周囲を見渡しながらリアへと振り返った。



「ホワイト子爵令嬢、私は急用ができた。貴方は引き続きパーティーを楽しんでくれ。侍女の件については後日使いを送らせよう、では失礼する」



 早口に捲し立てるディズニィは言いたいことだけ言うと、踵を返して衛兵達が募っている場所へ向けて速足で歩いて行ってしまった。


 そんな背中を見ながらリアはほっと胸を撫で降ろす。



(あげたポーションは使ったのかしら? 私なら遠慮なく使うだろうけど、剣を向けてきた相手からもらった物なんて使えないかな? なんにせよ、煩わしいのが来る前に離れようか)



 ディズニィが去り、会場の隅っこで壁に背を預けながら一人で佇むリア。


 そんな彼女の周囲には、まるでディズニィが居なくなるのを待っていたかのように、一人になったリアへとジリジリとさり気なく寄ってくる貴族達が目に見えた。



 それが令嬢、もしくは美しい夫人であればよかったかもしれない。

 しかし、残念ながら向けられる視線と【戦域の掌握】から感知できた存在は大半が男であった。


 リアは声をかけられても無視するつもり満々だったが、壁から背を放して貴族達の群れへと紛れ込むと、先程と同様に持ちうる全ての能力を使って会場を後にしたのだった。






 会場を出た後は自身がドレス姿であることに気づき、一目のない所で瞬時に着替えてからリアは愛する彼女達が居る宿へと戻ってきていた。


 扉を開いて中へ入れば、室内は暗闇の世界に満たされその中には僅かなランタンの明かりが灯されていた。

 そんな薄暗い部屋の中、入口付近に置かれた簡素な椅子に腰掛けて黙々と読書しているレーテに歩み寄る。



 部屋の扉が開く前からリアの存在に気づいていた筈のレーテは、目前まで歩くと漸く手元の本から視線を外し、その綺麗な顔に微かに微笑みを浮かべ見せてくれた。



「おかえりなさいませ、リア様」


「ただいま、レーテ。会いたかったわ」



 慎みのある座り方で閉じた本を太ももに載せ、真っすぐに見上げてくるレーテに歩みより優しく抱擁するリア。



 伝わってくるは愛しい相手の温かな体温と、ずっと感じていたくなる安堵する香り。

 両腕や頬、胸元に僅かに吹きかけられる吐息は熱量を持ち、彼女の存在そのものを包み込んでいるという現実をこれでもと実感させてくれる。



「リア様……私も、同じ想いにございます」


「嬉しい。はぁ……これよこれ、食べちゃいたいわ」



 好意を真っすぐに伝えてくれるようになってきたレーテの言葉に、リアは嬉しさのあまり耳元で囁くようにして妖艶な雰囲気を醸し出す。

 そうして瞳を閉じ身も心も安堵するリアの耳に、可愛らしい癒しの声を聴こえてきた。



「お姉ちゃんっ」



 顔を上げ振り向けばそこには、小さな天使がとことこと駆け寄りリアの足に抱き着いてくるのだった。

 この子は私を殺す気だろうか? あまりの幸せと可愛さに昇天しかけてしまったわ。



 リアは少しでも触れていたいと指先を離すぎりぎりまでレーテを抱擁し、しゃがみ込んでセレネの頭を柔らかな手つきで撫で続ける。



「あら、この天使はどこから来たのかしら? ちゅっ」



 一撫でする毎に桃色の獣耳をピクピクと動かし、気持ちよさそうに目を閉じる様子にリアは思わずその額にキスをしてしまった。

 するとセレネは、にへらぁとはにかむような笑顔を見せると思い出したように、喜々として両目を見開いたのだった。



「あ、っ妖精さん! 妖精さんが見えたんだよ! お姉ちゃん」


「妖精? ……あぁ、そっち寄りの固有能力(アーツ)かぁ。よかったわね、セレネ」


(魔力の質からして変わった色をしてると思ったけど、精霊に好かれる色だったんだ。前世(ゲーム)ではそういうのなかったからわからなかったなぁ)



 耳を立て尻尾をぶんぶんと振り回し、全身から嬉しいという気持ちを溢れださせる天使を堪らず抱き上げるリア。


 セレネはすっぽりとリアの抱擁に包まれ、安心しきったように身を預けるともっともっとと胸元に顔を埋めだす。



「お姉ちゃん、良い匂い〜」


「そう? それはよかったわ。セレネはとっても暖かいね」



 リアは微笑みを浮かべてベッドに歩み寄ると、向かいに座り物欲しそうに見詰めてくるアイリスへと手を伸ばす。


 触れた指先から感じられるは羨ましい程のすべすべのもちもち肌で、更には添えた手に甘えるように頬を擦り付けるアイリスは、その手を大事に慈しむように自身の手を重ねてくる。



「お姉さまぁ……おかえりなさいませ。虫たちのパーティーは如何でしたか?」


「ただいまアイリス。貴方の想像とあまり変わらなかったわ、ああ……でも一人面白いのが居たわ。そんなことより――んっ」



 リアは可愛いアイリスに堪らず、セレネを抱えながら顔を寄せると美味しそうに向けられる唇を遠慮なく頂くことにした。



「んむっ、……はぁ、ちゅっ……」


「ちゅうっ、はむっ、……んふっ♪」



 時間にして、数十秒にも満たない時間ではあったが、リアは満足して唇を離すと妖艶な笑みを浮かべながら舌で口元をちろりと舐めとる。


 そんあリアをぼーっと放心した様子で見つめるアイリスに、食欲と性欲が際限なく湧き上がってくるも手元に抱きかかえたセレネの存在に気づき、大人しくベッドサイドへ腰掛けた。



「はふぅ、…………もっとぉ。 っ!」



 とろんとした瞳でほんのりと恍惚とした表情を浮かべるアイリスに、リアは収まりかけた色々が再び湧き上がりそうになる。

 しかし、それより少し先に自身が呟いたことに気づいたのか、アイリスは体を慌てた様子で跳ねさせると佇まいを直してわざとらしくコホンと咳払いしたのだった。



「あっその、それよりも……セレネのこと、ご存知だったんですの?」



 可愛らしいアイリスをもう少し眺めていたいリアではあったが、本人が恥ずかしいと思うのならここまでにしよう。



 『セレネのこと』というのは固有能力(アーツ)のことだろう。


 彼女は「妖精」と言ったが恐らく、その正体は精霊であり彼女は【精霊の仲人】という"精霊"を軸にして能力を行使する精霊系クラスの初期段階なんだろう。


 精霊系統の能力を有する特徴としては契約者となる本人の魔力拡張に加え、属性適正に関係なく契約した精霊の能力が扱えるということ。


 もちろん、契約できる精霊の量にも限りはあるもそこは契約者本人が補うことは十分に可能であり、能力としても単純に頭数が増えることから対人戦(PVP)や生活コンテンツまで、幅広く活用できる便利な固有能力(アーツ)だ。


 デメリットとしてはやはり、行使する上での膨大な魔力消費と、契約数に応じて魔力(MP)が吸われ続けることだろうか。



 しかしそれは本人が把握していれば幾らでも改善することは可能であり、低LV故に成長の方向性が無限にあるのが救いでもある。


 今後はリアとアイリスがしっかり方向性を考えて教えていけば、将来的には最上位段階の【幻精霊使い】までは行かなくても、上位段階の【大精霊士】や【精霊の愛し子】にはなるかもしれない。


 リアはアイリスの問いかけにどう答えるか悩み、首を左右に振りながら正直話すことにした。



「正確には知らなかったわ。 ただ魔力の質が普通とは違ったからね。 この子は【精霊の仲人】、精霊を使役し自然そのものに愛された存在よ」


「精霊……。なるほど、だから私に魔法を教えるように仰ったのですわね」



 アイリスは納得したように頷くと、今度は瞳をきらきらと輝かせ興奮した様子でリアに熱い視線を向けてくるのだった。


 正直、アイリスに魔法を教えるようにお願いしたのは始めに見た時からセレネの魔力が枯渇しており、自然回復も遅ければ近接戦で武器を振り回させたくなかったからである。



「それで、セレネに魔法を教えてあげていたの?」



 リアは先程の部屋に入った時、ベッドの上で二人が寄り添っている光景――正確にはセレネがくっ付いている感じだったが―を見て、もしかしたらと思っていたのだ。


 そんなリアの言葉に、アイリスは頷くと珍しくも感心した表情を浮かべだす。



「ええ、まだ初歩の段階ですが意外に飲み込みが早く、幼いわりには保有する魔力が多かったので向いてると思いますわ」


「へぇ、やるじゃないセレネ」


「……え、えへへ」



 胸元でうとうとし始めているセレネの頭に、頬を当て愛おしそうに擦り付けるリアはどさくさに紛れて抱き締める手をさり気なく獣耳へと這わせ、同時並行で感触を楽しむのだった。


(あぁ~ふかふかのむにむにだぁ! 抱き枕にしたい……ううん、食べちゃいたい! でも我慢よリア。相手は子供、相手は子供。でも食べたい~!!)



 内心で激しい葛藤を繰り返しながらも行為を楽しんでいると、ふと思い出すように我に返ると「それで」と呟きながら、先程から黙ってステータス向上に努めるルゥへと振り向くリア。



「ルゥはトレーニング?」


「ああ、言われた通りちゃんとやってるぜ」



 ベッドの脇で黙々と腕立てを続ける汗だくのルゥを見て、リアは感心しつつ笑みを浮かべた。


 元々のルゥのレベルやステータス、能力については【禍根の胎動】以外は知らない。

 たった数日するだけじゃ変化は微々たるものだろうが、低LVであれば話は別である。



「そう。なら次は私と少し遊ぼうか」


「っ!」


「此間は出来なかったから、その埋め合わせね」



 息の上がった呼吸を繰り返しながら立ち上がるルゥを見て、言葉にした途端に隣のアイリスがわかりやすい程に反応したのがわかった。


(この際、皆でおでかけもいいかな? セレネも遂、やりすぎちゃって目が覚めちゃったみたいだし。うぅ、ごめんねセレネぇ~)


 謝罪の意味も含め、その小さな頭を何度も撫でつつ、レーテとアイリスへ視線を順々に向けるリア。



「ルゥだけというのも勿体ないし、アイリス、レーテ、貴方達も一緒にどうかしら?」


「是非っ! お願い致しますわ!!」


「ご同行をお許しいただけのであれば、それに勝る喜びはございません」



 そう言って歓喜するアイリスとパッと見では判別が難しいが、そわそわとした様子で口元にうっすらと笑みを浮かべるレーテ。

 リアはそんな二人の雰囲気から前回は悪いことをしてしまったと、何とも言えない気持ちになって苦笑するのだった。





 そうして皆で宿を出るとリア達は非正規なルートとして城壁を乗り越え、王国付近のある森の奥深くへと来ていた。


 周囲には草木が生い茂り、少し離れた所には川辺を挟んで、何時ぞやの水浴びした河と同じ河が流れている。

 現在地は不明であるも森の中でも比較的にここが開けた場所であったことから、遊ぶには丁度いい場所だと思ったリア。



 正面にはルゥが立ち、少し離れた所には適当に切り倒した木に足を組んで座るアイリスと、セレネを膝の上においたレーテが観戦するように眺めている。


 (本当はレーテに任せてもよかったんだけどね。 将来的に魔王がほぼ確定してる訳だし、実際に打ち合ってみた方が色々と助言できるのは確かだわ。 さて、貴方(ルゥ)はどの系統の魔王になるのかな? 楽しみね。 ――……というより)



「ルゥ……もしかして貴方、緊張してる?」



 そうリアが口にすると、ルゥは分かりやすい程にビクッと体を震わせ声と表情を強張らせながら口を開く。



「し、してない! 俺は全然、緊張なんか……してないぞっ」


「う~ん、別に取って食おうって訳じゃないのよ? 気楽に、とまでは言わないけど私から盗めるものは盗みなさい?」



 明らかに緊張してると見て取れたルゥにリアは困ったような笑みを浮かべつつ、次元ポケットの中から数多く購入した市販武器の一本を取り出して放り投げる。



「それあげるわ。重さとか長さは貴方に丁度いいと思うのだけど、どうかしら?」


「わっ! っとと、っ」



 ルゥはいきなり放られた武器に慌ててキャッチすると、両手で持ちながら鞘から引き抜き刀身を珍しいものを見るかの様に見詰めだす。


 そして満足したのか、直剣から目を離すとリアへ切っ先を向けて構えだした。


(大丈夫みたいね。でも……初めての剣で少し戸惑ってる感じかな? それなら少し、発破を掛けてあげよう)



「いつでもどうぞ」



 本来であれば手取り足取り、剣の構える姿勢やスキルの習得条件なんかを教えるといいのかもしれないが、リアは別に前世(リアル)で剣術に類するものを習っていたわけでもなく、これまで我流でやってきている。


 恐らく自分ではあまり自覚出来ていないが、(リア)の『剣』は生まれ持っての異常な反射神経と思考速度によって成り立っているものであることから、教えても恐らく意味をなさないだろう。


 それなら、実践形式で数をこなし続けた方がよっぽど効率が良いというものだ。



「い、行くぞっ! 怪我しても知らないからな!?」


「やってみなさいな? わんちゃん」



 リアは取り出した市販の直剣を構えることなくだらりと下げると、もう一方の手でくいくいと煽るように微笑みを浮かべて挑発する。



 すると、ルゥも踏ん切りがついたようだ。


 構えや姿勢、重心の置き方など何もかもが滅茶苦茶ではあったが獣人としての生まれ持っての運動神経か、明らかにLV一桁台でありながら悪くない駆け出しで始まり、真正面から斬りかかってきた。



「うぉぉぉぉぉっ!!」



 カンッと乾いた音が響き、リアは一歩も動かずに振り下ろされた剣を受け止めると、まるでやり直すように少し押す程度で弾き返した。


 ルゥは返された剣に体を引っ張られ、たたらを踏みながら後退するのをジッと見詰め何もしないリア。

 そんなリアを見てかルゥは唇を噛みしめると、がむしゃらに次なる攻撃をしかけてくるのだった。


 それからは幾度も剣は重なり、軽くても衝突音を響かせる剣戟に肉体面(ステータス)やスキルは置いといて、精神面でのガッツは十分すぎるものがあると感じたリア。



「いいわ、私に当たるまで打ち続けなさい」


「くっ! このッ!!」



 リアはその場から一切動かずに迫りくる攻撃を受け止め・逸らし・躱すを繰り返し続け、あらゆる方面から試行錯誤して攻撃を繰り出してくるルゥに好きなようにさせていた。


 その身のこなしは獣人らしい生まれ持ってのものがあったが、移動速度や攻撃時の重さ、スキルの未発動からほぼ初期キャラレベルなのだと推測する。



(……LV10くらい? う~ん、もはや誤差すぎてわからないわ。多分そのくらいだと思うのだけど)



 そんな事を考えながらリアはルゥの剣を受け止めると、重心の偏りを正すように弾き返しながらも本来であれば反撃される攻撃を実践してピタッと寸止めで留める。


 ルゥは何度目かわからない寸止めされた剣を見詰め、学習するかのように数秒の間を目に焼き付けるとすぐに攻勢を再開しだした。



 ある程度の攻勢を続けさせると、今度は守りの姿勢を見ようと加減に加減を加え更に撫でるレベルで剣を振るうリア。



「うわぁっ!?」


「……っ」



 初期キャラ同然のルゥにとっては神速の一刀と言っても過言ではない。

 しかし、あろうことかルゥは見えずとも獣人としての直感が発揮したのか、頬を掠め尻餅を付きながらもリアの斬撃を回避したのだ。


(ガードを見ようと思ったけど……うん、良い反応ね)


 リアは思った以上の才覚(センス)に口元を緩め、尻餅をついたルゥを煽るような微笑みを浮かべて見下ろす。



「もうおしまい?」


「……っ、まだまだ!」



 そう言って立ち上がるルゥを見て、リアは下ろしていた剣先を僅かに上げることにした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 始祖様らしいムーブからの仲間達を想って行動するギャップがいいんだよな。セレネちゃんの庇護欲そそる可愛さよ ルゥ君がどこまで行くのか成長が楽しみ
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