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22 始祖、戦略的撤退



 可愛い二人と行ってきますのキスをして、胸の内に熱いものを感じながら散歩でもするかの如く、暗殺対象の屋敷に足を踏み入れるリア。


 もちろん、心が踊っている理由として久しぶりの暗殺系クエストだということも少なからずある――1割に満たないくらいだけど。



 そうして歩く豪邸の廊下。

 レッドカーペットが敷かれており、使用人の姿は見えないが行く先々にまるで見せびらかすように置かれている調度品の数々に、ここの主がどういった人間なのかが垣間見えた気がしたリア。


(正直、気づかれたところで目撃者を始末すれば問題ないと思うの。だって前世(ゲーム)の時みたいにバレた瞬間カウントが1進んで、仮に口封じ出来たとしても1カウントはなくならない、みたいな謎の思考連携もないわけだし。うん)


「まぁ、だからと言って気づかれるのも癪ね」



 だがカウントシステムがないにしてもこれまで培ってきた経験やプライド、何よりランカー上位者として断じて格下にバレる訳にはいかない。


 そう心に誓ったリアは競歩というにはあまりにも速すぎる動きで目的の商会長の部屋を探しながら、誰一人気づかれることなく目に入った人間を始末していき、適当な近くの部屋へと死体を隠し進んでいた。



 始末する時はなるべく出血しない方法――なんてことはなく。

 リアの中で何か(・・)が変わってしまったのもあるが、元々前世(ゲーム)では種族上、自己責任の18禁描写モードで遊んでいたこともあって特に気にすることなく淡々とこなしていっていた。



(ここのmobは弱すぎてよくわからないけど、大体LV10~20くらいだと思う。 皆出会い頭に即キルできてるだろうから痛みはないでしょう。一切気づかれることも悟られることもなく、対象を昇天させる。これぞ隠密暗殺!)



 2桁を軽く超える人数、屋敷のmobを始末しておよそ建物の3分の1が探索済みとなった。

 マッピング機能がない為、同じ道を歩いてしまってる可能性もなくはないが、恐らくないはず。


 そんなこんなで屋敷の廊下を隠密し(歩い)ていると、明らかにこれまでの造りとは一線を画す二つの大扉を見つけた。



「ここかしら?」



 【戦域の掌握】にて気配は感じない。

 とりあえず中を見てみようと、中にある光景に僅かに心躍らせながら取っ手に手を置き、思い出したようにスキル『気配虚空』を発動する。



(危ない危ない。居るかどうかはわからないけど、こういったイベントは先にちょっと覗いておくと面白い一面が見れたりするのよね)



 自分の身体に纏う気配が感覚的に変化したのを認識すると、うきうきした様子で扉を堂々と開き中へと入っていくのだった。




 中の部屋はこれまで見てきた空き部屋と大差ない広さではあったが、そこに置かれてる家具や調度品、何より使用してる人間が特別なようだった。



 天井に吊るされた豪華なシャンデリアは美しくもどこか煩く、家具や調度品に関しても無駄にキラキラとさせているようで何処か気に入らないリア。


 何より、その部屋の主と思える存在は部屋の最奥にてでっぷりとした体を椅子に押し付け、醜い顔を浮かべながら手に嵌めた幾つもの指輪を眺めているのだ。



(ないわぁ……あれはない。オークの新種? え、あれに近寄るの? 無理、ほんと無理)



「デゥフ、良いぃ……これはいいなぁ。いや、こっちも捨てがたい。デゥフ! 駄目だ笑いが絶えられ。あぁ、この指輪に似合う私はきっと特別な存在なんだろう。明日の私に上げるのも、もちろん美しく綺麗な宝石。何故なら……私は特別な存在だから、デゥフッ」




 リアから表情が消失した。



 そこに、部屋に入るまでのうきうきとした様子は微塵も感じられず、只々その様子を眺めている。

 いや、もしかしたら視界には移しているが別のことを考えているのかもしれない。


(えへへ、アイリスは可愛いわぁ。 え、レーテも? いいわぁ、一緒に寝ましょう。 はぁ……幸せぇぇ、ずっとこうしてたい)



 依頼を終えて何を帰ったら何をやるかリストを心の中に書き留めていたリアは、全力でそれらを脳内再生して妄想に逃げ込んでいた。


 だがいつまでも現実逃避してるわけにもいかず、ある程度まで気持ち悪さが修正されると目の前の光景に視線を向ける。



 一目でわかるほど上質な布を使っている筈のバスローブは――異臭が漂うような気がするが――純白に輝き、身に纏うものを優しく抱き留めてくれそうな質感が見て取れる。

 加えて指輪、両手全てにはめ込まれた10個の指輪はどれもが高価な造りをしており、個々に輝く宝石の主張はあまりにも煩い。論外だ。


 そして最後に、訳の分からないポエムを口ずさみながら、うっとりとした表情でオークと見間違える程に卑しく醜悪な笑みを浮かべた悍ましい何か。


(あれに声かけるの? このままスパッと殺って帰っちゃダメ? もうやだ。でも情報は聞き出さないと、グレイから渡された依頼書の詳細にはコレが大陸有数の商会長という情報があった。いやでも……っ、はぁ……)



 誰に対してでもなく言い訳を並べ、中々声をかける気になれないリア。

 普通のふくよかな人なら全然いけるのだ、むしろ話しかけやすい部類ですらあった。


 だがあれは――ひぃぃっ!



「デゥフ、デュフ、あ~ん、れろれろ。うへへ、宝石ちゅぁあん、もっとその特別を私に……」



 思考に耽り、いざ覚悟を持って目を向けた先。

 そこには目の前のオークの変異種が、若干目のイッたような焦点が合わない視線で手元の指輪を舐め始めたのだ。


 戦わずして負ける、このままでは訳の分からないものに負ける。


 そう確信めいたものを悟ったリアは感情を深層心理の奥底へと沈め、表情には無だけが残る。

 

『気配虚空』を解除した。



 「………………貴方が、…………アンドリル・シャルパーナ?」



 感情を深層奥深くに沈めてもなお湧き出る嫌悪感に、若干のロスが生まれてしまうリア。

 感情の乗らない無機質な声がオークの居る部屋へと響き渡る。


 誰もいないはずの自室、入室許可を与えた記憶がないことから、そこにある筈のない言葉に宝石を眺めていたオーク変異種は勢いよく振り返った。



「っ! 何者だ!?」


 その視線は僅かに怒気が含まれた状態で部屋の扉の前に立っていたリアへと向けられる。


「貴方が邪魔っていう人の依頼を受けた者よ」



 リアは精神の奥深くにまで入り込んでくる悍ましい何かに、フード越しであることに感謝した。

 なるべく視線を向けないよう、オークの背後へと視線を向け、淡々と話す。


 そんなリアの言葉に馬鹿にしたように眉を顰め口角をあげるオーク変異種



「デゥフ、暗殺者か? 感情を悟らせず情報を与えないソレは立派だが、随分とおざなりな暗殺だ。おい! 侵入者が来たぞ、誰かこないか!! ふっ、貴様などすぐに――「結果は変わらないと思うけど?」」



 そうしてまだ殺すつもりのないリアは誰が来るのか待ってみることにした。

 オーク変異種はローブ姿で腕を組み、待つ姿勢の暗殺者に怪訝な表情を浮かべるが、この後の展開を想像し内心でほくそ笑んでいた。



 待つこと2~3分、部屋には誰もくる気配がない。


 リアは無の状態で気配だけに意識をさきながら、その場を微動だにしなかった。

 しかし時折、深層心理から急浮上してきたリアは、目の前の汚物をいないものとして想像に耽っていた。


 (もしかしたらアイリスとレーテが頑張ってくれてるのかしら? 早く会いたいわぁ! あぁ、あってイチャイチャしたい、一緒に寝たい! ……はぁ)



 想像するだけ想像すると、また深層心理の奥深くへと潜っていく。



 更に一分が経過した。



 「……デゥフ」


 「……」



 リアは部屋の中央にあるソファへ腰掛け足を組むと、背もたれにもたれかかる。



「な、何故こない……? シャルド! Sランク冒険者だからと、高い金を払ってお前を雇ったんだ。賃金分は働け! どうしたのだ、暗殺が得意なのだろう? この無礼者をさっさとやるのだぁ!!」



 部屋の天井を見るかのようにして、上に喚き散らかすオーク変異種。

 だが、いくら叫ぼうとも誰かが部屋に訪れることはなかった。


 内なるリアが(Sランク?)と首を傾げたが、表のリアは無反応を貫いている。


 十分待ったことだし、もういいだろうとソファから立ち上がるリア。

 待ってる間に聞けばよかったのかもしれないが、今の状態(ひきこもり)だとそこまでのことはできなかった。

 融通が聞かない状態に愚痴を言いたくなるが、仕方なく我慢に我慢を重ね表にでることにするリア。



 そんなリアに殺されると思ったのか、青ざめた表情を浮かべ後ずさりしだすオーク変異種。



「ま、まってくれ。金をやる、おっ男もやる! き、貴様、声からして女だろう? そ、それとも貴族どもとのコネがいいか?」



 本来であれば近寄りたくないが、圧をかけるためにも仕方ない。

 3歩、――これ以上は無理――無言で詰め寄ると掌を向ける。


 するとオーク変異種はまくし立てるように買収できそうな言葉を並びたてた。

 そして――



 「じょ、情報! 私の知ることだったらなんでも――「智天使、大聖女、古代種。 これらの種族をどこかで一度でも聞いたことある?」」



 まさか返答が返ってくると思わなかったのか、オーク変異種は唖然とした様子で黙りこくり。

 やがて、おずおずと口を開いた。



「あ、ああ、知ってるとも。 地天使と第聖女、小台酒だろう? な、何が知りたい?」


 机に寄りかかり、重い体重に耐えれなくなったのか、ミシミシッと木製のテーブルが軋む音が鳴り響く。

 リアは『知っている』という言葉にドクンッと心臓が跳ねたような感覚を覚え、次いで語られたニュアンスが違う言葉に、その瞳から感情の色を消していく。


 そんなリアの変化に気づかないのか。



 「ま、まずは地天使か? あ、あれは……ふむ、地面から天使が現れて……それでな。あぁ、確か中央大陸のっ……!」



 訳の分からないことをべらべらと喋りだす雑種。

 これはさっさと始末した方がいい、そう思ったリアは腕を伸ばそうとし――突如として【戦域の掌握】で感知された存在、扉の方へと意識を向けた。



 すると扉が乱暴に蹴り開けられ、腰に一本の上等な剣を携えた金髪のまともそう(・・・・・)な男が現れた。

※2025.5.29.改稿

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[良い点] 百合はいいね [一言] 唐突なヴェルタースオリジナルに草を禁じ得ない
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