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19 初めての異世界暗殺依頼



 酒場でひと悶着あったような気がしたリアだったがギルドの酒場を出て、1分もすれば過去の小さな出来事として記憶の彼方へと飛んで行ってしまっていた。



 リア達はギルドを出てから直ぐに宿に戻るということはせず、どうせなら夜が明ける前に依頼を終わらせてしまおうと考えた。



 眼下にはそれなりに大きな屋敷が建っており、時刻は午前1時を過ぎていながらも所々明りがついていることから、全員就寝なんてイージーな状況ではないみたいだ。


 リアが見下ろしてる場所は目標の居る屋敷から少し離れて聳え立つ鐘塔。



 足場は最低限の広さしかないが、高さはそれなりにあることから広大な都市の全体を見下ろせる絶好のポイントとも言える。



「依頼はあの屋敷にいる商会長の暗殺、加えてその周囲への被害を再起不能に(それなりに)、と。 魔法ぶっぱじゃいけないかしら?」


 ちまちま一人ずつ暗殺する地道なことを嫌いなわけではないが、眼前に見える広々とした領地を見て思わず漏れてしまった本音。


 そんな呟きをしっかりと耳にしていたアイリスは「ぶっぱ?」と可愛く首を傾げて数秒黙り込み、次第に思い至る言葉に至ったのか「ああ!」と自信がありそうな表情を見せた。



「魔法で塵殺、ということですね!」


「ええ、私の周囲では『打っ放す』を『ぶっぱ』と言ってたの。これがわかるなんて、流石アイリスね」



 前世の名残なのか口から出てしまった言葉、それを真剣に考え言い当ててくれたアイリスに嬉しくなったリアはその可愛い頭を撫でまわす。



「わっ、わ……っ、はふぅぅ」



 驚きながらも無抵抗に受け入れてくれる。

 更には可愛い反応も見せてくれたアイリスに更に力が入りそうになると、後ろに控えていたレーテが口を挟む。



「リア様、アイリス様、それでは過剰すぎる被害がでるかと思います。最悪、英雄が招集される可能性も」



 英雄、という言葉にアイリスを撫でる手が止まる。



「都市を一か所吹っ飛ばせば英雄が招集……例えば万が一、事故などで暴発すれば一々呼ばれたりするのかしら? 英雄も大変ね」



 ただの思いつきではあるが、英雄達のせいで行動を阻害され面白くないリアは皮肉混じりに鼻で笑った。


 別に英雄や勇者、聖女などが呼び寄せられたとしても賢者の実力を考えればまとめて相手どることも可能ではあるように思える。


 だが、その中にリアの様なゲームから転移してきた存在が居たとしたら、話は変わってくる。


(ランキング上位者が一人でも居た場合、負けはないにしても苦戦は免れないかな)



「打っぱなすはぶっぱ、打っぱなすはぶっぱ、……ふふっ、完璧ですわ」



 何やらアイリスがぶつぶつと呪文を唱え、しきりにニヤニヤと満足そうな笑みを浮かべていたが、可愛いからそのままにしておく。


 リアは別に人間の英雄達と戦争がしたいわけではない。



 というわけで、今回は出来る限りリスクがないほうを選択した結果、当初の予定通りに隠密で依頼を取り掛かることにする



 今回の依頼はターゲットが複数存在する為、リア達は行動を分けることにした。


 メインターゲットの商会長には聞きたいことがあるリアが単独であたり、アイリスとレーテは万が一にも異変に気付き、外部に知らせようとしたり妨害しようとする者が現れた際の対処要員としてお願いする。



 役割を決めたことで早速依頼にとりかかろうと久々な暗殺クエストに少しだけ心躍らせ、上機嫌に鼻歌を歌いながら歩き出すリア。



 依頼の難易度でいえばゲームでいう初期のIDにも劣る内容だろう。


 だがそれでも仲間と役割(ロール)を決め、協力して何かを成そうとするのはまるでクラメンとクエストやボスなどを協力して取り掛かる記憶を彷彿とさせる。



前世(ゲーム)でも久しくやってなかった暗殺系。難易度は簡単だろうけどちょっと楽しみね。それじゃあ……――っとと)



 既に片足を宙に浮かせおり、続く一歩を踏め出せばその体は夜の街の中に消えていくだろう。

 だがピタリと身体の動きを制止したリアは唐突に振り返り、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべて二人へと歩み寄る。



「忘れてたわ。一仕事をする前に、行ってきますは大事よね」


「リアお姉さま?―― んっ!?」



 突然のことで理解が追い付かないのか、アイリスは目を見開いて身体を硬直させた。

 抱き枕のように抱きしめたこともあってか、腕を上げることは叶わず、もはやされるがままに口内を貪られるアイリス。



「ちゅっ、んっ、……はむっ、ちゅうっ」


「んむっ……ふぁっ、お姉さまっ、待っ……んっ」



 小柄なアイリスを包み込むようにして抱きしめ、その温もりを感じながら甘く酔ってしまいそうな口内を入念に味わう。


(吸血してるわけじゃないのに唾液までこんなに甘い。全身甘いで出来てるのかな? あ、抑えないと、でも……あまぁい)



「なんでっ?……んっ、こんな甘いのにっ、もっと、頂戴っ、れろぉっ♪」


「……はぁ、……ひゃぁっ、も、もう……んっ」



 やりすぎるとずっと続けていたくなる。

 そう思い、ここで本番(きゅうけつ)をするつもりはなかったリアは満足することにして禁断の果実(アイリス)から口を放した。


 数秒前まで濃密に絡ませていた舌と唇が離れていく。

 名残惜しくも彼女の唇が、離れていく寂しさをまるで表現するかのように二人をつなぐ唾液の糸が夜の景色に透明の橋をつくる。


 夜の暗闇の中、明かりなどない筈だったが遥か上空、金色の月に反射した銀の糸がきらりと光り、やがてリアの胸元へと垂れる。

 その光景に自然に目が行き、再び視線を戻すと顔を真っ赤に染めあげた潤んだ瞳のアイリスと目が合った。


 あまりにも初々しい反応にニンマリと口元を緩める。



「帰ったらまたしましょう? 今度はどっちもありで」


「はひっ! ……あ、手心を加えていただけると、その……助かりますわ」



 可愛すぎないかな!?



 リアの中の内なるおっさんが出かけるが、自分にはまだやるべきことがあると、出来るだけがっついてるように見えないよう落ち着きを見せながら振り返る。


 目的の相手はまるでこうなることはわかっていたとまるで動揺を見せず、平常運転でリアを見つめていた。

 いや、心なしか僅かに、その表情に緊張を走らせているように見える。



「私も、でしょうか」


「(あ、気のせいかも) ええ、私は貴方ともしたいのだけど……嫌?」



 アイリスとの対比に主従でここまで違う反応を見せられ、思わず笑ってしまうリア。

 返ってくる答えは知りながらも本人の口から言わせたいと、少しだけ落ち込んだ様子を見せる。



「いえ、どうぞ」


 レーテらしい反応に一周回って安心を感じ、「それじゃあ……いってきます」と小声で呟き、その無防備な口を逃がさないよう大胆に塞ぐ。



「んっ……ちゅっ、ん……」



 口を塞ぎ、無抵抗な唇の僅かな隙間から舌を捻じ込み、口内を味わう。

 レーテの味はアイリスとは違い、甘さよりもミントの様な爽やかな味で控え目な甘さの内から感じるさっぱりとしたものは病みつきになりそう。



「んっ、ちゅっ……、ふふっ、血も血なら、んっ……ちゅっ、やっぱりレーテらしいわ」


「れろぉっ、はぁ、……んっ、そう、ですか。ちゅっ、んっ……、ちゅっ」



 業務らしい反応もレーテらしいが徐々に余裕がなくなってきたのか、声音には嬌声が混じりはじめ、体を寄せればこすりつけるように押し付け、舌を突き出せば絞るように絡めとろうとしてくる。



「これから仕事だよ? んっ、ちゅっ、そんな状態で大丈夫?」


「はぁ、はぁ……んっ、れぉっ、んっ……はぁ、大丈夫です」



 彼女の反応が見たくて意地悪なことを言ってしまったが視線を僅かに逸らしながら答えるレーテの表情を見て満足する。


(間違いない、私の見間違いなんかじゃないわ、あれは感じてる。舌が敏感なのね? 執拗に絡めてくるし、そういうことよね?)



 新たな発見、そして甘く気持ちの良い至福の時間のおかげでリアのモチベーションはこれ以上にないほどに高い。


「それじゃあ、そっちはお願いね。 また後で落ち合いましょう」



 気分の高揚に抑えきれず下唇をペロリと舐めると、微かに甘いもの口内に感じ、宙へと身を投げ出したのだった。





====================




 リアが鐘塔から去った後、少しの間、放心状態になっていたアイリスは何もいない空間を見続けていた。


「…………は! ……っ、ふぅ」


 やがて思い出したかのようにハッとすると、大袈裟なほどにオーバーな溜め息をこぼす。


 それは内にこもった熱を吐き出すかのように、長い長いため息。



「リアお姉様はやはり……そちらに気があるの?」



 薄々気づいてはいたが、口にしないとこの内に籠るモヤモヤは取り出せないと、自ら確認するかのように声に出して口ずさむ。


 返事などを期待していたわけではなかったが、珍しくも返答が返ってきた。



「わかりません。ですが可能性は極めて高いかと思われます」



 答えたのは長い付き合いのある自身の付き人であり、眷族のレーテ。



(あら、貴方そんな顔もできたんですの?)



 この眷族もあの方の標的にされた一人。

 普段、全く表情を変えないこの子がここまで感情を表に出すとは。


(実に珍しいものが見れましたわ。といっても、昨日もこんな感じだった気がしなくはないんだけど、正直あんまり覚えてないのよね)



 っと、それよりお姉さまよ! いきなりキスをするだなんて、私はてっきり血の欲しているのかと――



「嫌では決してないけど、いきなりはやめて欲しいですわ」


「ええ、この上ない光栄ですが……同意いたします」



 アイリスとレーテは今一度、呼吸を整えると眼下を見下ろす。



 既に自分達の主の姿は見えず、もう屋内に入ってしまわれたのかと、ローブ越しでもその後ろ姿が見えないことにしょんぼりした気持ちになる。



 お姉さまはそうは思っていらっしゃらない様子だったけど、私やこの子、レーテや他の同族からすれば、お姉さまは全ての同族の主であり、神に等しい存在だ。


 私如き、上位吸血鬼に『姉』と慕わせてくださるあの方は……やはり変わっている。


 普通の吸血鬼、真祖の方々や"アイツ"は、自分より下の階位、上位吸血鬼を含め例外なく、ただの血袋としか思っていない。


 なのに始祖であられるお姉さまは私やこの子をとても大事にしてくださっている様な気がするのだ。


 その理由はまだわからない。

 何か意図があってそうしているのか、もしくは単純に美味しい食事()をしたいからか、私如きではあの方の考えはわからないが、何かあるのだろう。


 どんな考えがあるにせよ、私はそれでも構わない。



 あの時、憎たらしい賢者にトドメを指されそうになった時、突如として――まるでその場で生まれたかのように夜の暗闇から現れたお姉さま。


 視点が定まらない中、月明かりに照らされた白銀の髪はハッキリと映り込み、その深紅の瞳が私を見つめた時、まるで時間が止まったような気がした。


 一度助けられた命、わがままを言って許してもらえた同行の機会。



「私がお姉さまの役に立つということを、しかとお見せするわ」



 普段では絶対にやらない、どころか吸血鬼になって数百年一度としてやらなかった行為。

 それはまるで自分に喝をいれるように、両頬を叩くアイリス。

 そんな光景にレーテは僅かに目を見開き、少し遅れながらも同意するように頷く。



 鐘塔から飛び降り、そのまま屋敷の屋根へと跳躍する。



「目立たずにやらなきゃいけないのは、正直面倒ですわ。 でも――」



 着地と同時に屋根の塗装が剥がれ、屑や破片が宙に舞うが、気にせず屋敷全体を見渡す。



(1、2、3、4、―――― 全部で12ヶ所)



 【氷結魔法】範囲結界 ―― "氷の陥穽"



 アイリスの記憶では、主であるリアは『屋敷にいる商会長の暗殺、加えてその周囲への被害をそれなりに』と仰っていた。


 商会長とやらはお姉さまの獲物。

 であれば、アイリスがやることはその周囲の被害を増やし、屋敷の人間が逃げないように阻止することだろう。


 遠目に、魔法の準備が終えたことを確認すると屋敷に目を向ける。


 この程度の魔法はやり慣れているアイリスからすれば、どうということはない。


 だがもし、この場にリアが居たら、驚きを隠しつつも内心でクエスチョンマークを浮かべていたのは間違いない。

 しかしこの場にリアは不在であり、ゲームの知識を持ってる者も皆無であった為、彼女が行った異常な魔法の個数に対し変に驚くものは居なかった。



「屋敷の出入口、裏門、別館に繋がる出入口、そして……集中通路の全ての中継地点。 ――11の網、そこまで張られるのですか」


「12よ、最後のは保険ですわ。 それより、ほら」



 見下ろす先、別館から非正規なやり方で、リアのいる本館に駆けつけようとしている集団。

 恐らく、お姉さまが楽しんでおられるのだろう。 邪魔はさせませんわ。


 レーテも本館に向かってる集団を見下ろし、本館に視線を移しては僅かに口角が緩んでいるような気がする。



「リア様、暗殺する気はなさそうですね。楽しまれてるようでなによりです」



 無表情に呟くが、纏う雰囲気はどこか機嫌が良さそうに見えるアイリス。


「お姉さま程の存在であれば、隠れたくても隠しきれませんわ。それに今回は、二度と立ち行かなくなるのが目的と記憶してるわ。貴方も務めを果たしなさい」



 長い付き合いだからこそ、アイリスの意味するそれを瞬時に理解し行動に移す。

 レーテは背中ごしに主人であるアイリスへ、一寸の狂いもない完璧な所作でお辞儀をすると夜の闇に溶けるように姿を消していった。



 眷族が離れていくのを気配で感じ、アイリスは腕を組んだままあらぬ方向に視線を向ける。


(既に4ヶ所、思った以上に反応が早いですわね。それよりも――)



「出てきなさい」



 冷めた視線で振り向く。

 辺りには何もない、ただ夜の静けさと暗い光景だけがアイリスの視界には広がっていた。



「耳が遠いんですの?」



 黙りこくるソレに、アイリスは躊躇なく無詠唱で氷結晶の散弾を撃ち放った。

 1つ1つが大きな氷柱、人の頭や身体など当たれば容易に貫通させることのできるそれは屋根の上の何もない空間へと放たれ、けたたましい破壊音と共に辺りに砂煙をまき散らした。



 着弾地点に砂煙が舞ってる中、暗闇が動き出すのをアイリスの目は捉えており、レーテと同様かそれ以上の速度で迫りくる斬撃を上体を逸らすことで刃すれすれで回避する。


 攻撃が交わされると、瞬時に距離を取りながら短剣を投げつけてくる黒装束。


 だが、投げられた短剣をアイリスは冷めた目で見つめ、負傷することも厭わず素手で打ち払う。



「貴様、何者だ」



 無言でいた黒装束が、漸く口を開く。

 その声音は低く、籠った声から男の声音だとわかる。


 一度ならず二度も無視をされたアイリスは手間を増やされた怒りと下等な人間に無視されたことの2つの理由から、少なからず機嫌が良いとはいえなかった。



「私? さぁ、何者でしょう」



 意趣返しとして、おどけるように妖艶な笑みを浮かべ答えるアイリス。



「答える気はないか。 ――ならば死ね」



 話すことはもうないと、黒装束は無手なアイリスへと真正面から駆け出した。

 自分より劣っている相手、先ほどの攻防で実力差がわからない愚か者が、自身に面と向かって放った言葉。


 アイリスは口元から笑みを消す。


 驚異的な速度で迫りくる黒装束、アイリスは無詠唱に魔力を込め黒装束へと手を翳した。



「誰にモノを言ってるんですの、虫」

※2025.5.29.改稿

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― 新着の感想 ―
[良い点] 百合成分を摂取できた! [気になる点] 商会長の暗殺と領地の関係はなんでしょう その上で都市を吹き飛ばす? 敷地?領地? 商会長の暗殺が都市の存亡になりましたね 商会長は領主?
[良い点] ぎゃー!大胆、でももっとやシってもイイです〜 しかし確かに時と場所を考えるべき、仕事の前だと影響が出そうw まぁ大した用事じゃなさそうですけど。
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