13 始祖、手がかりを見つける?
長い通路を歩き、漸くたどり着いた最奥の部屋。
中に通されると、そこは書斎のような部屋の造りとなっており、左右にはびっしりと敷き詰められた本棚が幾つも並んでいる。
入口から一番遠い場所には山のように積まれた書類がはみ出すことなく綺麗にテーブルの端へと置かれており、遠目に机上のペンや小道具などが規則性をもって整頓されてるのを見て、この部屋の主が几帳面で綺麗好きな性格だとわかる。
部屋の中央には豪華な造りのソファへテーブルが置かれており、男はそこに腰掛けるよう案内をした。
ここに来るまでの道中。
通路を歩きながらも常時発動させている【戦域の掌握】から、通り過ぎた幾つもの扉に生体反応を感知した。
それはおよそ100人には満たない数ではあったが、それに近しい数の人間が居るということ。
どうやら、ここはそれなりに大きい組織みたいだった。
(まぁ組織のことは興味ないけど、わざわざここまで呼んだんだもん。意味のある会話だと思ってもいいよね)
そう思い様子を眺めていると、眼鏡の男が先に向かいのソファへ座り、アイリスが座るのを待ち始めた。
しかしアイリスはソファには座らず、逆に背もたれの後ろへと回り込んでリアに視線を向けてくる。
……ん? アイリス? あぁ、そういうこと。隣り合わせに3人で座りたかったなぁ。
「リア様?」
後ろに控えていたレーテが声で聞こえてくる。
はぁ……。
まぁ、確かに情報を求めてるのは私なんだから、私が座るのは当然ではあるんだけど。でもやっぱり……一緒に座りたかったなぁ。人肌が恋しい。
「ええ、……そうね」
後ろ髪を引かれる思いで眼鏡の男の前に立ち、男は僅かに怪訝な表情を浮かべリアを凝視してくる。
(レーテは……、そうよねー)
すかさず【戦域の掌握】を使ってレーテの気配を探るが、彼女は迷いのなくアイリスの横へ控えるように立っていた。
リアは諦めた思いで若干投げやりにソファに身を投げだす。
すると良質な材質がリアの体を違和感なく受けとめ、表面は強固な造りでありながら心地の良い弾力に気持ちが微かに和らいでいく。
「警戒の素振りすら見せないとは、罠があるとは思わないのですか」
高品質なソファにリアが内心気を良くしていると目の前の男に問いかけられるが、内容が内容だけに思わず素で答えてしまう。
「なにも変わらないわ」
何を警戒しろというのだろうか? 奇襲? 密室空間での数のごり押しPK?
もしそれらなんだとすれば余りに無謀というもの。
ゲームでのリアのレベルは144。
5周年の大型アップデートにて『140→150』になり、一旦145を目指してレベリングしていた合間の――気分転換も兼ねて――あのレイドの転移事件は起きた。
爆速でレベリングしたリアを倒すなら同じく爆速であげた猛者、もしくは少しレベルは劣っても可能性のある暗殺系ビルドに偏ったプレイヤーのみ。
(それに近しいのがこの世界に居るのなら、逆に会ってみたいくらいだわ)
「なるほど。貴方が主人でしたか」
眼鏡の男は何かに合点が行ったかのように呟くと、後ろに控えて立っているアイリスとレーテをチラリと見てリアに視線を戻す。
何か勘違いをしてるようだが、私はアイリスのお姉ちゃんであって主人ではない。
それを言うならレーテの主人こそアイリスだ。
だが、それをわざわざ正してやる必要もない。
「情報をお教えする前に、先ほどの話、ユースティティア共和国の六大賢者を容易に殺せるというのは、一体何を知っているのですか? もし容易に殺せる存在が居たとして、どうされるおつもりで?」
鋭い目が向けられる。
それはまるでこちらの真意を探ってるかのような、私の回答次第でこの先の対応が変わるような感じだ。
まぁ、だとしても変わらないけど。
「会いに行くわ」
隠す理由もない。だから正直に答えれば「は……?」と間の抜けた反応が返ってくる。
「会いに行かれて、どうされるのです」
「確かめるのよ」
メガネの男はリアの解答に要領を得ず、眉間に微かな皺を寄せる。
「何を確かめるおつもりで? 会って魔族に引き入れようとでも?」
「それを知りたいなら、まずは私の質問に答えなさい」
何故そこで魔族の話になるのか、加えて開口から怒涛の質問攻めにより、今のリアの機嫌は決して良いとはいえなかった。
「――っ! ……え、ええ、わかりました。お探しのものは強者や珍しい存在でしたね。それは例えば《勇者》のような頂上的存在、という認識でよろしいのでしょうか」
"頂上的存在"
勇者が果たしてそこまでの存在なのか疑問は残る。しかし、漸く本題に入れたことによってリアの機嫌は幾分かマシになった。
「ええ、最低限はそれくらい、けれどそれ以上の存在を探してるわ」
すると男は「勇者が……最低限」と小さく呟きながら顎に手を置き、そしてなんとも言えない表情を浮かべた。
ん?
「それ以上となると、私の知る限り魔王しか居なさそうですが、恐らくそれについては人間の私よりあなた方の方が詳しいでしょう」
んん……?
「それで?」
雲行きが怪しくなるのを感じ、当たりを引いたと思った手前、声に少しドスを滲ませてしまうリア。
男は怯んだ様子で上体を起こし、メガネの位置を正しながら目元を細める。
あからさまに言いずらそうな雰囲気だけど、そんなことはしったことじゃない。
「……特徴、などはあるのでしょうか」
魔王しか居なそう、そう言った時点で現状それ意外の存在は知らないということだろう。しかし、万が一クラメンがその能力スキルを一度も使っていないのであれば、力のある存在として見られていない可能性も十分にありえる。
「智天使、大聖女、古代種、の3人よ。外見的特徴も話すなら、―――」
具体的な種族名を上げ、ついでに特徴もある程度話すと、気が付けば部屋の中は静寂に包まれていた。
男はまるで信じられない話を聞いたかのよう目を見開き、後ろの二人からも反応が感じられなかった。
どうしたというのか。
謎の空気が室内を満たし、リアは自分の発した言葉を思い返してみる。すると、後ろからアイリスの可愛らしい声が聞えてきた。
「……んな!? そ、そんな存在の方々をお探しだったのですか? い、いえ! お姉様なら納得するのですが、まさかそのような存在を……!!」
若干怖いテンションでソファから身を乗り出し、前のめりになって詰め寄ってくるアイリス。
「あれだけの存在を使役しているのですから、不思議ではありませんが……まさかそれ程の存在をお探しとは」
レーテは落ち着いた様子で口ずさみ、そんな声にアイリスは突然ピタリと動きを止めた。
そしてどこか納得したのかうんうんと頷き始め、乗り出した身を引いていくのだった。
「それは、確かに存在すれば勇者と同格かそれ以上です。ふむ……」
ようやく口を開いたかと思えば男は口を閉ざし、少しの沈黙の後に再び喋り出す。
「その大聖女についてなのですが、もう少し詳しい外見的特徴を伺っても?」
「白金色な髪で毛先は黒い、瞳の色は水よりも澄んだ碧色で、衣類は黒の修道服を身に着けることが多かった筈。あとは青結晶の長杖を必ず持ってる筈だわ」
思いつく限り彼女の特徴を口にすると、眼前の男は何やら思案するように目線を逸らした。
「非常に類似した特徴で、大聖女という階位は聞いたことがなかったのでお話しできませんが、聖女と呼ばれる者には心当たりがあります」
「……聖女。はぁ……聖女如きが、大聖女と同じ階位だと思うの?」
類似した特徴という言葉に、一瞬胸を高鳴らせたリアだったが、続く言葉に酷く落胆する。
こればかりは仕方なかった。リアの知る聖女と大聖女は、それ程までに絶対的な隔たりがあったからだ。
それは性能面という意味合いもあったが、何より転職の難易度が天と地ほどの差があったからだ。
聖女は誰でもなろうと思えばなれる。だが大聖女になるにはあらゆる条件をクリアする必要があり、隣で頑張りを見続けてきたリアからすれば同一に見られて気持ちのいいものではない。
(どうやらハズレみたい。他を探すか)
情報は得られないことを悟り、早々に切り上げて次を探そうと思考し始めるリア。
「いえ、ですが一部ではそう呼ぶ者も居ると聞いたことがありましたので」
「私が探しているのは、本物の大聖女だけよ」
これ以上話すことはないだろう。組んでいた足を解き、立ち上がろうとすると耳に引っかかる言葉が入ってきた。
「なるほど、これでもあらゆる情報に精通しているつもりだったんですが、大聖女……ふむ。 表舞台に出てこないのか、はたまたこれから出てくるのか。あの方であれば……何かご存じだろうか」
話し聞かせる、いうよりは後半に限っては考えていたことが思わず零れてしまったような発言。
「それって貴方より詳しい人が居るってこと?」
聞かれていると思わなかったのか、男は黙り込み、意を決した様子で答えた。
「私の知る限り……一人」
まだ聞く余地があるのかもしれない。
リアはソファに座り直し、先ほどとは反対に足を組みなおす。
「それは誰?」
「うちのボスですよ」
ボス? この男はボスではないということ?
「それは何処にいるの」
「その前に一つ。あなた方はここが何処かご存じなのですか?」
男の問いかけに疑問を浮かべるリア。
頭にクエスチョンマークが浮かび上がり、その様子は堂々と顔に表れていたのだろう。
これまで厳しい顔つきだった男が初めて呆れた溜息を漏らす。
「まさかとは思いましたが、本当に情報が知りたいだけ……つまり誰でもよかったと」
「ええ」
リアの率直な返答を聞き、明らかに肩の力が抜けた様子で背もたれに体を預ける男。ギシィッと軋む音を鳴らしながら、今度は盛大にため息を漏らす。
すると男は思い出したかのように体をビクつかせ、リアの後方から視線を逸らし始めた。
コホンッと咳を一回、視線を彷徨わせた男は改めて姿勢を正し、チラチラとリアの背後を見ながら口を開いた。
「挨拶が遅れました。ここは闇ギルド《アビスゲート》のイストルム支部。私はこの支部のギルドマスター、名をグレイ・フィッチャーと申します。以後お見知りおきを」
グレイと名乗る男は握手を求めるように手を差し出してくるが、リアは腕を組んだまま黙って見下ろす。
(闇ギルド……なるほど、それなりに大きい組織でガラの悪そうな連中がいるアジトだから、盗賊か闇金辺りかと思ってたけど、闇ギルドね。それなら表で知りえない情報とかも取り扱ってるのかしら? ていうかこれ、名前を求められてる? あんまり男に名前知られたくないなぁ、ていうか呼ばれるのも嫌だわ)
少しの間、手を宙に彷徨わせていたグレイはリアが応じないのを察し、宙で行き場を失った手をさり気なく引っ込める。
その様子を見つめながらリアはどうしようかと悶々とし、咄嗟に思いついた名前を口にすることにしたのだった。
「アルカード」
リアルの世界、つまりは前世にいたとされている吸血鬼が偽名に使わっていた、いわば吸血鬼の代名詞。
これなら他人同然の男に知られても問題ないと、内心で満足するリア。
「ありがとうございます。なんとお呼びすれば?」
「好きに呼んでいい」
「わかりました、そちらのお二人は――「知らなくていい」」
リアの大事な二人の名前を敵か味方かわからない相手に教えるなんてありえない。
ましてや吸血鬼種と敵対関係であり、いつ密告するかもわからない人間種。なにより男なんかに教えてなるものか。
これは完全にリアの独占欲であり、転移前から男にはそれなりに苦手意識があったが、転移してからは比べ物にならないほどその意識は昇華していた。
本来であれば関わらないか殺しているか、そのどちらかではあるのだが、何よりも大事な『情報』のため我慢しているに過ぎないのだ。
取り付く島もないリアの様子に何かを察したグレイ、視線をアイリス達から外し手元で指を交差した。
「では、アルカードと」どこか様子を見るような視線で、やけにゆっくりに感じるテンポで話すグレイ。
恐らく杞憂だろう。
「……率直に申し上げると、ボスにお会いするのは不可能です」
「なぜ?」
不可能といいながらボスという存在を明かした意図、何か条件を付けてくるのだろうと察したリアは若干苛立ちを感じながら問い返す。
「私どもは闇ギルドです。非合法な事や裏ルートでの取引、当然殺しなども、表でできない事は粗方行っていると言っていいでしょう。敵が多すぎるのです、なので誰それとお会いできるようでは闇ギルドのグランドマスターは務まりません」
「――つまり?」
「近い地位、もしくはこれ以上にない功績や信頼が必要なのです」
言ってることは理解できる、だが如何せん回りくどい。
何をさせたい?
もし、あまりにも無理難題なことや、体目当ての条件を提示するようなら、勿体ないけど殺すのも視野にいれよう。
しかしここで諦めて実力行使に出ても何か負けたような気がするし、期待させて無駄足だったというのも看過できない。
どうせなら、その澄ました顔を歪めてやりたい。
「ここで……その敵が増えてもかしら?」
意識的に【祖なる覇気】は使わず、ただ凄んだだけに過ぎない行為ではあるが。
グレイ目線、酒場を血の海に変えた吸血鬼が姉と言って慕う相手と、ここで戦闘になれば自身の命はないことは理解してるだろう。
それは表情が固まり、蒼褪めさせた様子で額に汗が浮かべてることから、見て取れる。
「私の一存では……」
折れると思ったが断固たる姿勢を取り続けるグレイ。
その様子から明らかに恐怖を覚えている筈なのに、固い意思とそれ伝える彼の強靭的な精神力に、男嫌いなリアも思わず感心してしまった。
内心で彼に対する評価を改め、上方修正する。
すると、意を決した様子で顔を上げたグレイはリアに唐突な提案を持ちかけたのだった。
「アルカード、単刀直入に聞きます。闇ギルドに入りませんか?」




