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12 始祖の妹は頼もしい



 ガラの悪い男達に囲まれ、害虫だらけになった場所でアイリスという一輪の花を見つけた。

 

 向けてくる顔は素っ気なくも可愛らしく、それの意味することは殺戮許可だと百パーセントの確信を持って理解できた。



 恐らく先程の屋外で絡まれた際、リア自身が話した『使い道を考えていた』という発言に起因し、彼女なりに考えて許可を求めてきたのだろう。



(もう、アイリス。そんな可愛い目で見つめないで欲しい、今すぐハグして吸血とキスを心行くまでしたくなっちゃうわ。でもまぁ……これらは片づけちゃってもいいかな、使い道なさそうだし)


 そうしてもう少し見つめ合っていたい気持ちを抑え込み、リアはまず目の前の汚らしい男達を処理することを考えた。


 だが、リアがGoサインを出そうとすると、せっかちなのか、我慢できなかった男達の一人が強硬手段に出た。


「んじゃまぁ! いただき――」


(あの男、汚い手でアイリスに! っ!)


 手を伸ばしていた男がアイリスに触る前に、駆除をするのはリアにとって造作もないこと。

 故にその存在を抹消しようと足を浮かせた瞬間、それを見て思わず動きを止めてしまう。


 両手でアイリスの肩を掴もうとした男の腕が、次の瞬間、ボキボキッとくぐもった音と共に両腕があらぬ方向へと不自然に折り曲がったのだ。


 男は何をされたのか理解できないのか「はっ……?」と声を漏らし唖然としていると、喧騒で満ちていた酒場に一気に静寂が広がった。



 次第に状況を理解できたのか、喉がはちきれんばかりの絶叫を上げてのたうち回る雑種。

 すると囲んでいた男達も状況の異常さに気づき、すぐさま後ずさり各々に武器を構え始めた。


 そんな一触即発の空気の中、アイリスは男たちを歯牙にもかけず、申し訳なさそうに振り返った。

 


「あ、あっ……ち、違うんですの。触れられそうになって、その……つい」



 本当に申し訳なさそうに伏目で謝るアイリス。リアは否定するように首を振るった。



「可愛い貴方に触れようとしたんだもん。当然でしょう?」


「っ、では!」



 沈んだ顔がみるみるうちに眩しい笑顔へと変わり、その後は一方的な虐殺へと酒場は姿を変える。



 男達のレベルはその対応能力の低さから20~30といったところ、70を超えているアイリスからすれば雑兵に等しい。それでも素手を使ったのは最初だけで、以降は魔法による蹂躙となった。


 無詠唱で【氷結魔法】を扱い、周囲の床から無数の氷柱を造りだし男達を串刺しにすると、それで負傷した傷から漏れ出る血によって殺し損ねた者達を【鮮血魔法】にて数十本の短剣を宙に造り、狼狽えた男達に投擲し確実に絶命させていく。



(うぇ、血生臭っ! 同じ血でもアイリスとは大違いね。早くここから離れたい……というか男達の反応からして大半が無詠唱に反応できていなかったけど、無詠唱は珍しい部類なの? それとも単にこれらがmobに等しかっただけ? う~ん、……うぇぇ)



 二手、最初の骨折も含めれば僅か三手によって酒場に居た10人近い男達を串刺しにし、ただの臭い死体へと変貌させた。


 鼻腔をつつくような嗅ぐに堪えない匂いを我慢し周囲に目を向けると、酒場の一帯は血の海へと変わっていた。それでも酒場内には愚かな行為をしなかった者達が4人だけいたのだ。



 椅子に片尻だけ座りいつでも動ける体勢の者。立ち上がり得物を手にはするが動かずただジッと此方を見つめる者。そして、相席してたのか二人で身を寄せ合いながらも構えを怠らない者。


 【戦域の掌握】で動かないのはわかってはいたが、動かず様子見をする者がいるということは、これらが愚かなmobだったということなのだろう。



 そう結論付けたリアの耳に、場違いな足音が加わった。



「リア様」


 同時か、少し前には気づいていた様子のレーテがリアに耳打ちをする。その時、後からふわりと風に乗った薔薇のような香りが漂ってきた。良い匂い。



「ええ、話が通じるといいのだけど」



 男達の汚臭に気分悪くなっていたリアはレーテの香りによって多少持ち直し、絶賛回復中なまま扉へと視線を向けた。



 すると扉は壊れるのではないかと思えるくらいに、バタンッと乱暴な勢いで開かれた。

 そこには、リアが想像していた身なりの者とは随分かけ離れた人物の姿があった。



 人物は二人、堂々と登場してきた男は白シャツに紺色のベストとぴっちりとした服を身に纏い、しっかり整えれた髪型に細いフレームの眼鏡、その内に見える切れ長な瞳にはそれなりの知性が感じられる。



 入ってきてすぐに部屋のあり様を見渡し、観察する様子から、これまでの男共よりは会話になりそうだと判断するリア。


 遅れて、眼鏡の男の後ろには半身を隠した様子で怯える男が見え、その漂わせる血臭からあれが自分たちの追ってきた人物だと確信する。



「何故、吸血鬼がここに……いえ、この街にいるのですか? 目立つことを気にしていない様子からして、相当に実力に自信がおありなのでしょう?」



 死体が散乱し、血の池を作った一部に顔をしかめながらリア達を見据える眼鏡の男。

 男の視線は一番近く、唯一その手を血で染めたアイリスへと向けられる。



「情報が欲しいんですの。情報屋、もしくはそれらが集まる場所を教えてくれないかしら」



 アイリスの言葉に眼鏡の男は訝しげな表情を作り、睨むような視線でアイリス、レーテ、そして私ので視線を移していく。

 男は思案顔を浮かべ、その視線をアイリスへと戻す。



「情報……それはどういった内容で?」

 

「…………。えっと、あれよ」


 毅然とした態度で話すアイリスだったが、その様子はどこかおかしい。

 幸い、ある程度彼女を知っている私達だから気づく程度の小さな変化。


 そんな変化に気づく様子が見られない眼鏡の男はもう一度質問を繰り返す。



「あれ? あれとは、どのことを指しているのでしょうか?」


「だ、だからっ、あれよ。た、例えば――」



(アイリスの様子がおかしい気がする、どうしたのかs―――あっ。私……あの子に『探し物を探しに』としか教えてなかった気がするわ。すっかり話した気になってたけど、あちゃぁ……今からでも私が聞いちゃう? でも、一度任せるって言った以上、任せたい気持ちもあるし。でも知らないものを聞くって普通に無茶振りよね? んー……よし!)


 アクシデント(リアのせい)が起きたことによって、急遽リアが前に出ようと踏み出す。

 すると、アイリスの様子が余裕を取り戻したかのように見え、リアはその足を止めた。



 彼女は勿体ぶるように腕を組み変え、盛大な溜息を吐き、「ここで言ってしまって良いのね」と前置きを言いながら口を開いた。



「強者、もしくは珍しい存在の話。例えば――ユースティティア共和国の六大賢者を容易に殺せる程の存在、とかかしら?」


 アイリスの美しい声で淡々と語られ、酒場は静まり返る。

 誰もが動かない、言葉の1つ1つを理解するのに時間をかけているのか、もしくは思わぬ情報に唖然としてしまったのか


 ちなみに私は思わぬ情報で唖然としてしまった一人だ。



(え、えぇぇ!? なんでアイリスがその事知ってるの? 私言ってないよ!? せいぜい話したことと言えば、この世界の強者のこと、強者の実力、世界の情勢、そして『探し物』。っ! まさか、この少ない情報でそこまで導きだしたの? 可愛くて機転が利いて、いい匂いがするとか反則じゃないかしら。後でたっぷり、ご褒美(イチャイチャ)あげないとね(したいわ)


 アイリスのいう通り、リアは情報が欲しい、色々なものの情報が。

 その中でも優先度をつけるなら、真っ先にクランメンバーの彼女達の情報がくる。

 次に、再会したときの為の準備に必要な情報だ。



 質問の内容も的確であり、実は彼女は知ってるんじゃないか?と疑いすらかけたくなるほどに完璧な内容。


 そして、そんな完璧な質問に明らかな動揺を見せた眼鏡の男に、期待の目を向けてしまうのは仕方ないだろう。


(もしかしたら……当たりを引いたのかもしれない)


 リアがそんなことを思ってる間、眼鏡の男は明らかに絶句し、努めて平然を装っていたが何かを思考しだす。


 そして黙りこくっていた男は再び顔を上げると、その顔を強張らせたまま重々しく口を開いた。



「場所を変えましょう。もし、よろしければこちらへ」



 誰の目から見ても、場を支配しているのはアイリスだとわかる。


 それでも自分より実力のかけ離れた存在、現場の状況証拠と間近で肌で感じているのなら、恐らく理解しているであろう眼鏡の男はアイリスから視線を逸らさない。


 アイリスは誰もが気づかないレベルでリアに一瞬だけ視線を送り、そして眼鏡の男へと頷いた。


「では、ついてきてください」と男は背を向け、来た扉を開けたまま酒場を出ていった。



(あの様子からして、思った以上の当たりを引いたかな? 罠はないとは思うけど、何もないはそれはそれで嫌ね。期待を裏切って欲しくないけど、どうだろうなぁ)



 眼鏡の男が先頭を歩き、続いてアイリス、リア、レーテの順で殺風景な通路を進んで行く。

 何度目かの角を曲がった所で、漸く男の目指していた部屋へとたどり着いたようだった。



 どうか無駄骨を折りませんように。


 そう思いながら、リアの胸の内に湧き上がる期待を益々昂らせていった。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

濃厚な百合まで微百合をお楽しみいただければと思います。 m(_ _)m

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