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17. 何かが聞こえる


 夜になり夕食を終えた後、生徒たちは外の広場に集まった。肝試しの時間だ。

 ペアを決めるくじの結果、ルシンダはエリアスと組むことになった。


「やっぱり、くじに何か仕込んでるのでは?」

「くじは先生方が管理しているのに、そんなことできるはずないだろ?」


 訝しげなアーロンに、エリアスが反論する。

 たしかにくじはレイとサイラスが準備していたので、仕込みなどできそうにない。


「ルシンダ嬢、次は僕らの番だ。言いがかりは無視して出かけようか」


 エリアスに手を引かれ、ルシンダは広場を後にする。

 ちなみに今回の肝試しは、防風林の脇の小道を抜け、小さな洞窟の中にある札を持ち帰るというものだ。


「ルシンダ嬢、肝試しは苦手?」


 歩きながらエリアスが尋ねる。


「いえ、実は暗いのとか幽霊とかには結構強いほうで。なので、足手まといにはならないと思いますから安心してください」


 ルシンダが自信満々に答えると、エリアスはなぜか肩を落としたようだった。


「……まあ、夜空の下を並んで歩けるだけでもいいか。ルシンダ嬢、空を見てごらん。今夜は満月らしいよ」


 エリアスが夜空を指差す。

 深い藍色の夜空に、黄金色の月が真円を描いている。その周りには小さな星たちが銀砂のように煌めいていて、とても美しい。


「わあ、真ん丸ですね。綺麗な満月です」

「そうだね。でも僕の国では、満月は人の心を乱すからずっと見つめないようにって言われてるんだ」

「そうなんですか? でもたしかに、満月って神秘的な力が宿ってそうですよね」


 あまりにも美しく整った形と、控えめで静かな光。

 優しく寄り添ってくれるように見えても、月は夜の支配者でもある。

 太陽のように見る者の目を焼くことはないが、その心を掻き乱すような力を秘めていても不思議ではない。


 なんとなく落ち着かない気持ちのまま、月の照らす道を歩いていると、ルシンダは何かに気づいて立ち止まった。


「エリアス殿下、何か聞こえませんか? これは……泣き声?」


 海のほうから、波の音に混じってか細い声が聞こえる。

 もしや、これがサミュエルの言っていた女の人のすすり泣きの声だろうか。


「聞こえはするけど……暗くて危険だ。どうせ風の音が泣き声みたいに聞こえるだけだろうから、気にせず先に行こう」

「でも、こんな暗い中、もし女の人が一人で困っていたら大変です」

「はぁ……分かったよ。念のため確認しに行ってみよう」

「ありがとうございます……!」


 エリアスと二人で声の聞こえてくるほうへと進んでいくと、薄暗い岩場に女性らしき影が見えた。やはり泣いているらしく、肩が小さく震えている。


「あの……大丈夫ですか? どこか怪我でも……」


 ルシンダの問いかけに人影が振り返る。

 その瞬間、岩場に月光が差して人影があらわになった。


「だ、誰っ……!?」


 振り返ったのはとても美しい女性だった。


「あの、大丈夫ですか? 辛そうな泣き声が聞こえたので、心配になって来てみたんです。どこか痛むんですか?」


 ルシンダが尋ねると、女性がうつむいて答える。


「足が、痛くて……」

「足ですか? もしかして捻ってしまったのでしょうか。痛む場所を見せてもらってもいいですか? たぶん治してあげられると思うので」


 光の魔術を使えば、今のルシンダでもちょっとした怪我くらいなら治すことができる。だから治療を申し出てみたのだが、女性は見るみるうちに顔を歪ませて嗚咽混じりに叫んだ。


「誰も治せないわ……! 帰りたい、私の家に……海に帰りたい……!」

「海に、帰りたい……?」



◇◇◇



 それから泣きじゃくる女性を必死になだめて話を聞いたところ、なんと女性はこの海で暮らしていた人魚だった。


 ある日、恋敵の人魚の娘に人の姿へと変わる呪いをかけられてしまったのだという。

 人魚の姿には戻ることができず、人間同様になった足は痛みが酷くて歩くのもやっと。けれど故郷の海が恋しくて、毎晩ここまでやって来ては一人で泣いていたのだという。


「可哀想に……」


 いくら好きだからといって、ライバルを呪ってまで手に入れようとするだなんて、ルシンダには理解できなかった。


(それに、ライバルがいなくなったところで、自分を好きになってくれるとは限らないのに……)


 恋とはそんなにも人を狂わせてしまうものなのだろうか。

 もちろん、すべての恋がそうだとは思わないが、ルシンダは少しだけ怖くなる。


(でも、今はこの人魚さんを何とかしてあげないと……)


 慰められて少しだけ落ち着いた人魚に、ルシンダが優しく語りかける。


「あの、私はルシンダと言います。少しだけ回復魔術が使えまして……あなたの足の痛みだけなら治してあげられると思います」


 不思議そうに首を傾げる人魚の足に、ルシンダがそっと触れる。そうして光の魔術を使うと、淡い光が人魚の足を包み込み、最後に強く光って弾けて消えた。


「信じられない……あんなに酷かった痛みが……」


 人魚が驚きに目を見開き、勢いよくルシンダの手を取る。


「ありがとうございます……! あなたは聖女様だったのですね……! 私はレーヌと申します。このご恩は一生忘れません……」

「いえ、レーヌさんが笑顔になれてよかったです。本当は呪いも解いてあげられたらよかったのですが、今はまだ出来なくて……。いつかもっと力をつけて、きっとレーヌさんの呪いを解きますね」

「聖女様……ありがとうございます……」


 人魚レーヌの瞳には、真珠のように綺麗で温かな涙が浮かんでいた。


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