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31. ミアとユージーン

 放課後、ミア・ブルックスは一人で生徒会室へと向かっていた。

 ユージーンに生徒会室に呼び出されたのだ。おそらくルシンダのことだろう。

 原作ではラスボスとなるキャラクターだったため警戒していたけれど、ルシンダの前世の兄であると知った今では、特に恐怖もない。

 ただ、自分が悪印象を持たれていないかについては少し不安だった。


 ノックをして生徒会室に入ると、部屋にはユージーンしかいなかった。


「来てくれてありがとう。今日は生徒会の活動は休みで他に誰も来ないから、安心して話してくれて大丈夫だよ」

「ご配慮ありがとうございます」

「とんでもない。僕のほうこそ君にお礼を言いたかった。ルシンダと……僕の妹と仲良くしてくれてありがとう。君も転生者であることは聞いているよ。似た境遇の人が友達になってくれて心強いよ」


 どうやらユージーンは自分に対して好意的なようだ。ミアはリラックスした気分になって話し始めた。


「こちらこそルシンダと友達になれて嬉しいです。……ところで、一つ質問してもいいですか?」

「何だい?」

「ルシンダが前世の妹だと、どうして分かったんですか?」


 ミアはずっと気になっていたことを尋ねた。姿も声も前世とはまったく異なるはずだし、一緒に亡くなったらしいのに年齢も違っている。どうして妹だと気がついたのか不思議だったのだ。

 ユージーンは満面の笑みで「なんだ、そんなことか」と話し始めた。


「ルシンダと初めて会った日、生徒会室で出会って話した瞬間にピンときたんだ。少し困ったような顔で微笑む時の口の形とか、瞬きの仕方とか、傾けた首の角度とかが瑠美の癖と一緒だった。あとはバウムクーヘンが好きなこと、紅茶はストレートで飲むこと、数字が苦手なこともヒントになった。極め付けは『電卓』と口走ったことかな。それで妹も転生者で、前世の記憶を持っていると確信できた」

「なるほど……」

「あ、あと、話す時の間の取り方とか、歩く時の歩幅が狭いところとか、初めての場所で目線がキョロキョロしてしまうところとか──」


 この兄、なかなかのシスコンだ。ミアは確信した。

 このままでは延々とルシンダの癖の話をされそうなので、話を変えなくては。


「……ところで、乙女ゲームの世界に転生するなんてビックリですよね。このままいけばルシンダが死なずには済みそうでよかったですけど。ただ、攻略対象とかラスボスがこれからどうなるのかが気になりますよね」


 ぺらぺらと喋った後で、ユージーンが笑顔のまま固まっていることに気がついた。

 あれ、まさか……。


「乙女ゲームの世界? ルシンダが死ぬ? 攻略対象にラスボス? ちょっとどういうことか説明してもらえるかな?」


 なんと、ルシンダは肝心なことを話していなかったらしい。彼女のことだから、完全に忘れていたのだろう。

 ミアは「はぁ……」と深いため息をついて、ユージーンに説明した。


 ここが『恋と魔法の学園パラダイス(恋パラ)』という乙女ゲームの世界であること。ルシンダは悪役令嬢で、原作ではルートによっては処刑やら暗殺やら事故やらで死んでしまうこと。アーロン、ライル、クリス、レイが攻略対象であること。ユージーンがラスボスであること。ミアがヒロインであること。ただし自分は攻略対象との恋愛に興味はなく、攻略対象たちは、少なくともアーロンとライルはルシンダを意識していること。そしてルシンダは恋愛よりも魔術師になって旅に出ることに興味があること……。


 話を聞き終わったユージーンは、こめかみに手を当てながら天を仰いだ。


「……なるほど、とんでもない世界に転生してしまったようだね。僕がラスボスというのは不思議でもないけど、まさかルーが悪役令嬢だなんて……。でも、君に話を聞けてよかった。今日アーロンやライルの様子がおかしかった理由がなんとなく分かったよ。もしかしたらクリスも……」


 ミアは「え、わたしの知らないところで何か恋愛イベントでもあったんですか」と聞きたくなったが、ユージーンが深刻そうな顔をしているので、なんとなく聞けなかった。


「君はもうルシンダが死ぬことはなさそうと言っていたけど、それは本当なのかな?」

「ええ、ルシンダの死は、攻略対象から憎まれることが原因なので、攻略対象との仲が良好な現在なら死ぬことはないと思います」


 自信満々で答えたが、ユージーンはあまり納得していなさそうだ。


「……そうかもしれないが、処刑や暗殺という発想が出てくる人間に好かれるというのもまた心配だよ。それに、今の僕はラスボスにはならないだろうけど、別の人間が魔王の器になるかもしれないだろう? ルシンダがそんな戦いに巻き込まれたら危険だ」


 その妹さんは、むしろ積極的に魔王戦に関わりたがっていたのですが、とは口に出さなかった。


「あの子には、今世こそ前世の分まで幸せになってほしいんだ。前世でも今世でも家族に恵まれず、挙句に早死にするかもしれないなんて可哀想だ」

「前世でも……? 十五歳で亡くなったとは聞きましたが、そんなに大変な思いをしてたんですか?」


 ふと尋ねると、ユージーンは暗い顔をして、ルシンダの前世のことを教えてくれた。

 望まれて生まれた子ではなく、家では常に冷遇されてきたこと。寂しさを埋めるようにゲームに没頭していたこと。


 ああ、と色んなことが腑に落ちた。だから乙女ゲームよりも、RPGが好きだったのか。人に好かれようとすることに疲れたから。RPGなら、自分が必要とされる世界で仲間と絆を深めながら冒険ができる。そうしている間は、きっと現実を忘れられたから。


 意外と料理が上手だったのも、家事を手伝って褒めてもらいたかったのかもしれない。あるいは、自分で作らないとごはんが食べられないことがあったのかもしれない。

 実の両親に愛されなかったから、人からの好意に疎いのかもしれない。


 今世の家庭環境で性格が歪まなかったのは、クリスとの仲が良好だったからだと思っていたけれど、前世の両親からの扱いのせいで心が麻痺して、今の義両親に元々期待していなかったこともあるのかもしれない。


「僕がルーの前世の話をしたことは内緒にしてくれるかな。それから、ルーのために協力してもらえたら嬉しい」


 ユージーンからの言葉に、ミアはこれからはルシンダの幸せを最優先に考えようと決めた。


 とりあえず、自分がルシンダと攻略対象のカップリングで楽しんでいたことは黙っていよう。

 こんなに地位と権力のあるシスコン兄に知られたら、こっちが酷い目に遭うかもしれない。


 ミアはいかにも善良そうな笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。

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