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31. この世界で、ずっと


「私の部屋……! 本当にそのままですね……!」


 扉を開けて部屋の中に入ったルシンダは、思わず感嘆の溜め息を漏らした。


 机やベッドに鏡台、クローゼットなどの家具はもちろん、こまごまとした小物やぬいぐるみまでルシンダが使っていたときのまま残っていて、まるで当時にタイムスリップしたような錯覚を覚えてしまう。


 けれど、隣に立つクリスはあの頃より背が高く、大人の男性になっているし、何よりもうルシンダの兄ではない。


 ランカスター邸にいると、なぜかそのことを強く意識させられて、ルシンダはクリスから目を離せなくなった。


「ルシンダ、どうした?」

「あ、いえ、そういえばお庭も見てみたいなと思いまして……」

「そうか。では見に行こう」


 庭に出ると、こちらも以前のままの造りだったが、開放感があるせいか少し気が紛れる。


「昔、父と母から逃げたくて、この裏庭に一緒に隠れたことがあったな」


 クリスがふと思い出したように口に出し、ルシンダも当時のことを思い出した。


「そういえば、そんなこともありましたね。クリスが隠れるのが上手だから、誰にも見つかりませんでしたね」

「ルシンダは隠れ方が隙だらけだったな」

「……子供なんて、みんなそんなものですよ」

「そうだな。でもルシンダは転生したから僕より大人だったんじゃなかったか?」

「そ、それはそれ、これはこれです!」

「ははっ、そうか」


 そう言って笑うクリスに、今度はどこか幼い頃の面影を感じて、ルシンダの胸がとくんと高鳴った。


 クリスの穏やかな微笑みも好きだけれど、こんな風に幼さを感じる笑い方も好きだ。


 笑顔だけじゃなく、冷たい顔も、怒った顔も、切なげな顔も、嬉しそうな顔も、全部全部好きだ。


 どんなクリスも愛おしくて、いつだって隣にいたいと思う。

 

 気がつけば、ルシンダの手はクリスの手に触れていた。


「ルシンダ……?」


 クリスが驚いてルシンダを見下ろす。そして、触れられたルシンダの手をさらに上から包み込んだ。


「ルシンダ、君に伝えたいことがあると言っただろう?」

「はい……」

「今、伝えさせてほしい」


 クリスの眼差しが真剣なものへと変わる。

 冴え冴えとした水色の瞳に、普段とは違う熱情が宿って見える。


「昔、妹を亡くした僕は生きる意味を失っていた。何もかもが嫌になって部屋に閉じこもり、すべてから目を背けていた。だが、そんな僕の心をルシンダが溶かして、前を向かせてくれた。あれから、ルシンダは僕の生きる意味なんだ」


 クリスの手にわずかに力がこもる。

 まるで、この手を決して離さないと言うように。


「ルシンダを心から愛している。結婚して、また僕の家族になってほしい。今度は妹ではなく、僕の妻として」


 クリスが自分を愛してくれている。

 妻にしたいと思ってくれている。


 その言葉に、ルシンダは喉の奥が熱くなるのを感じた。

 

 嬉しい。すごく嬉しくて堪らない。

 ……でも、一つだけ心配なことがある。


「……私は普通の貴族令嬢みたいな立派な女主人にはなれないと思います。まだまだ冒険もしたいですし……。そんな私でも、本当にいいんですか?」


 泣きそうな顔で尋ねるルシンダに、クリスが笑って答える。


「僕は、ルシンダに屋敷の女主人になってほしいわけじゃない。僕のただ一人の伴侶になってほしいんだ。魔術師団でもっと冒険したって構わない。そんなルシンダを守るために、こうして召喚術師になって魔術師団に入ったのだから。僕は、冒険好きなルシンダが好きなんだ」


 ルシンダの瞳から、今度こそ本当に涙が流れた。

 嬉しい気持ちが、透明な雫となって、あとからあとから溢れ出してくる。


「……私、クリスと離れてずっと寂しかったです。魔術師団で再会できたときは本当に嬉しくて……」

「ルシンダ」


 しゃくりあげるルシンダを、クリスが優しく抱きしめる。


「私、クリスのことが大好きです。この世界でずっと、クリスと一緒に生きていきたいです」

「ああ、ずっと一緒にいよう。前世を恋しがる暇もないくらい大切にする」


 幼い頃からルシンダを守り、支え、人を好きになるということを教えてくれたクリス。


 誰よりも愛おしくて、大切な人。


 もう前世のことに心迷ったりなどしない。


 この世界で掴んだ幸せを、これから先ずっと守っていこう。


 ルシンダは前世に別れを告げ、新しい未来を思い描いた。

 

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