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24. 予兆


「──と思って。ルシンダは知ってる?」

「……」

「ルシンダ? 聞いてる?」

「えっ……あ、ごめんねミア」


 広い庭園の片隅にある東屋でミアとお弁当を食べていたルシンダは、上の空を指摘され慌てて謝った。


「もしかして疲れてた?」

「ううん、大丈夫。ちょっとだけ考えごとをしちゃって……。それで、何の話だっけ」


 ルシンダが話を戻そうとすると、ミアはなぜか目を逸らし、少しだけ頬を赤らめた。


「だから、ルシンダはユージーン様の好きな食べ物とか知ってるかなと思って……」

「えっ、お兄ちゃんの好きな食べ物?」


 予想外の質問についおうむ返ししてしまうと、ミアが焦ったように早口でまくし立てる。


「べ、別に深い意味はないんだけどこの間魔力の使いすぎで倒れそうになってたしそうじゃなくても仕事が忙しそうで毎日疲れた顔をしてるから特製栄養ドリンクと一緒に何か好物でも食べさせてあげたら元気になるんじゃないかと思っただけで本っ当に深い意味はないから」


 どんどん顔が赤くなっていくミアを見て、ルシンダの頬が緩む。


「えっとね、お兄ちゃんはお菓子なら甘さ控えめのものが好きみたい。家ではナッツクッキーをよく食べてるよ」

「ふ、ふーん、そう。ナッツクッキーね……」

「あと、最近の趣味は美術鑑賞らしくて、今度新しくできた美術館に行ってみたいって言ってたよ」

「へ、へえ〜。私には関係ないけど、趣味は美術鑑賞ね……」


 あくまでさりげない風を装いながらも、教えてもらったことを一生懸命覚えようとしているらしい。

 今まで見たことのない親友の姿が愛おしくて、つい抱きしめたくなってしまう。


「私、ミアとお兄ちゃんってお似合いだと思ってたんだ」

「な、なによ急に!? そういうのじゃないってば!」


 大好きな親友が、大好きな兄と一緒になってくれたらとても嬉しい。それに……。


「ミアがいてくれたら、私がいなくなってもお兄ちゃんは寂しくないだろうな」

「えっ……それってどういう──」


 今まで恥ずかしそうにしていたミアの顔がわずかに強張る。

 しかしルシンダはミアの問いには答えず、食べかけだったサンドイッチを手に取った。


「うん、やっぱり卵サンドが一番好き! ミアも早く食べよう? お昼休みが終わっちゃうよ」

「え、ええ……」


 美味しそうにサンドイッチを頬張るルシンダに、ミアは何も聞くことができなかった。



◇◇◇



「クリス様、ルシンダがおかしいんです」


 仕事を終え、帰宅の途につこうとしていたクリスをつかまえて、ミアが訴える。


 あのあと、ルシンダは何でもなかったかのように明るく振る舞っていたが、無理に空元気を出しているようだった。


 今聞いても、きっと何も教えてくれないだろうと思い、そのまま雑談をして別れたけれど、ルシンダが言った言葉がいやに頭にこびりついて離れない。


「まるでどこか遠くへ行ってしまいそうな口ぶりで……。仕事で遠い国へ行かなくちゃいけないような辞令でも下っているんですか?」

「いや、そのような辞令はないが……」


 ミアの不安げな様子に、クリスが小さく溜め息をつく。


「実は、先日任務で渓谷に行ってから様子がおかしいんだ。悪魔の術で不思議な夢を見たようで、それから何か悩んでいるようだ」

「夢? それってどんな夢だったのか分かりますか?」

「ああ、悪魔を問いただしたところ、ここではない別の世界のような夢だったらしい。瀕死の少女に両親が縋りついているような夢で、もしかしたら並行世界で今起こっている出来事だった可能性もあると──……ミア嬢、大丈夫か?」


 話を聞いているうちに、みるみる青褪めていったミアをクリスが気遣う。


 ミアは締めつけられるように苦しくなる胸を押さえて深く息を吸う。何度か深呼吸を繰り返すと、騒めく心が少しだけ落ち着いた。


「……すみません、大丈夫です」


 吐息まじりにそう伝えると、クリスが何かを探るようにわずかに目を細めた。

 

「ミア嬢は、何か知っているんだな?」

「…………」


 ミアは何も答えない。いや、答えられないのだ。


「これはわたしが勝手に言っていいことじゃないですから」

「……分かった。ルシンダも、人から話されたくはないだろう」


 ミアはクリスが無理やり聞き出そうとしなかったことをありがたく思いながら、彼の目を真っ直ぐに見据える。


「お願いします、クリス様。どうか……どうかルシンダを行かせないでください」


 ミアの懇願が何を意味しているのか、正確には分からない。

 しかし、ルシンダを手放したくないという気持ちは同じだった。


「もちろん、どこにも行かせたりしない」



◇◇◇



 仕事のあと、ジンジャーと一緒に魔術の自主練を終え、屋敷へと帰る途中だったルシンダは、精霊の気配を感じて足を止めた。


「シルフィード?」


 目の前が淡く輝き、小さな風の精霊シルフィードが現れる。


「どうしたの? 何かあった?」


 まさかまた事件でも起きたのだろうか。

 心配そうに眉を寄せるルシンダに、シルフィードが用件を告げる。


「裏庭の胡桃(くるみ)の木のある場所まで来てください。ご主人様があなたをお待ちです」


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