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21. 母親


 王宮にはあっという間に到着した。メレクが術を使って転移させてくれたのだ。


「俺、さっきまで瀕死だったんですけど。五人も一気に転移させるとか、人づかいがヤバすぎねえ?」

「傷はルシンダが治してやっただろう」

「そうですけどね。それでももっと労りの心が欲しいというか、普通まずは簡単な仕事から頼むもんだというか……」


 ぶつくさと文句を垂れるメレクを無視し、ライルに乳母の保護を頼むと、ルシンダ、クリス、アーロンの三人で国王の寝室へと向かう。


 入室の許可を得て中に入ると、王妃が安堵の表情で出迎えてくれた。


「おかえりなさい。少し前に陛下の容態が良くなって……。あなたたちのおかげね。本当にありがとう……」


 国王がいるベッドのほうを見れば、まだ眠っているものの、顔色が随分よくなり、呼吸も落ち着いている。


「父上……よかった」


 アーロンがほっとした様子で息をつく。

 不安から解放された王妃とアーロンの姿に、ルシンダの頬も緩んだ。


「見たところ、もう治癒魔法の必要はなさそうです。あとは食事で栄養を摂れば大丈夫だと思います」

「よかった……。さっそく滋養にいい食事を作らせるわ」

「王妃殿下」


 ルシンダと話していた王妃にクリスが声をかける。


「乳母のマーシャ・ブラウンは騎士団に身柄を預けています」


 クリスの報告に、王妃の瞳が寂しげに揺らぐ。

 しかし、一度ゆっくりと瞬きすると、いつもの落ち着いた色を取り戻した。


「──分かったわ。ありがとう。……さあ、二人とも疲れたでしょう。後のことは大丈夫だから、下がって休んでちょうだい。ライルにも、こちらから伝えておくわ」

「ありがとうございます。では私たちはこれで失礼いたします」


 寝室を出て、重い扉を閉めた後、クリスがルシンダの頭に手を置いてぽんぽんと優しく撫でる。


「ルシンダもご苦労だった」

「いえ、クリスがいなかったらどうなっていたことか……。本当にお疲れ様でした」


 やっと緊張が解けたルシンダが笑いかけると、クリスも穏やかに微笑み返してくれた。


「公爵家も心配しているだろう。早く帰って休むといい」

「はい、そうします」


 ルシンダがうなずくと、クリスが(しもべ)となった悪魔を呼んだ。


「メレク」


「……はい、ご主人サマ。──なんだよ、せっかく休もうと思ってたのに」


 すぐに姿は見せつつも怠そうに返事するメレクにクリスが命じる。


「ルシンダを連れて、フィールズ公爵邸まで転移してくれ」

「はぁ? また? 俺はお前らの馬車じゃねえんだけど」

「メレク、早くしろ」

「……はいはい」


 メレクが渋々ルシンダの手を取る。


「……手を繋がなくても転移できるだろう?」

「ちょっ、そんな睨むなよ。なんだよ、こえーな」


 繋いだばかりの手をメレクが慌てて離した。


「ルシンダ。明日は休暇にするから、よく休んでくれ」

「ありがとうございます。クリスもちゃんと身体を休めてくださいね」

「ああ」

「……もういいか? 転移するからな」


 一応タイミングを考えてくれたらしいメレクが、パチンと指を鳴らすと、次の瞬間、ルシンダはフィールズ公爵邸の屋敷の前に立っていた。


「じゃ、ちゃんと送ったぞ!」

「はい、ありがとうございました」


 お礼を最後まで言う前に、メレクはさっさとどこかへ消えてしまった。


 一人になったルシンダが、ほうっと溜め息を漏らす。

 プレッシャーから解放されたからか、どっと疲れが押し寄せてきたのを感じる。


(今日は早く寝よう……)


 そんなことを考えながら屋敷の門をくぐると、温かく柔らかな声が聞こえてきた。


「おかえりなさい。大変だったでしょう?」

「お母さん……!?」


 声のしたほうを勢いよく振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべた義母アニエスが立っていた。


「あ……お母、様……」


 ──自分は今、誰の声だと思ったのだろうか。

 あれ(・・)はただの夢だったのに。

 本当のあの人(・・・)の声は、こんなに優しくはなかったというのに。


 ルシンダが無言のままアニエスを見つめる。


「まあ、大丈夫? きっと疲れてしまったのね。さあ、すぐにお風呂の用意をするから、こちらへいらっしゃい」

「…………」

「ルシンダ?」


 名前を呼ばれ、はっと我に返る。


「あ……ありがとうございます、お母様」

「いいのよ。よく頑張ったわね」


 アニエスがそっとルシンダの手を取って、優しく包み込む。

 その手のたしかな温もりに、ルシンダはなぜだか泣きたいような気持ちになった。


「甘いケーキも食べましょうね」

「……はい、お母様」


 屋敷に入るまで繋がれたアニエスの手は、ずっと温かかった。


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