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20. 魔王よりも


 クリスがシルフィードを呼び出し、血の匂いを頼りに追跡させていた悪魔は、案外早くに見つかった。


 戻ってきたシルフィードに乳母を任せ、悪魔の居場所として教えられた崖へと向かうと、そこには大きな岩にもたれて苦しそうにしている悪魔メレクの姿があった。


 ルシンダたちに気づいたメレクが、出血している脇腹を押さえながらチッと舌打ちする。


「お前、召喚術師だったのか。しかも精霊を何体も使役しやがって、卑怯じゃねえか」

「悪魔に卑怯呼ばわりされる筋合いはない。お前の力が足りていなかっただけだろう」

「ふざけんな。上級精霊を三体相手にしたんだぞ。俺だから死なずに済んでるんだ」


 減らず口を叩く悪魔に、クリスが命令する。


「マーシャ・ブラウンとの契約を解除し、国王陛下にかけられた呪いを解け」

「無理だ。契約も呪いも解除なんかできない」


 メレクが吐き捨てるように答える。


「……では仕方ない。最後の手段だな」

「最後の手段?」


 眉をひそめるメレクを無視して、クリスがルシンダに顔を向ける。


「ルシンダ、悪魔を浄化してもらえるか。そうすれば、契約も呪いも無効になるはずだ」

「……は、浄化?」

「前に魔王を浄化できたのだから、瀕死の悪魔などすぐに消えるだろう」

「な、魔王を浄化って……お前聖女だったのか!?」

「分かりました。すぐに浄化します」

「おい、ちょっと待て、待て待て待て」

「では、いきます……!」


 聖なる力を溢れさせたルシンダに、メレクがたまらず降参の声を上げる。


「分かった! 分かったからやめろ!」

「分かったとは?」

「くそっ、契約も呪いも解く! だから浄化はやめろ!」

「悪魔の口約束ほど信用できないものはない」

「じゃあ、どうしろって言うんだ」

「そうだな……」


 むっとした様子のメレクを見下ろし、クリスが口元に指を添える。


「お前の血と魔名を捧げて僕に誓約しろ」


 クリスの言葉にメレクが「はぁ!?」と大声で叫ぶ。


「そんなことしたら、俺はお前の下僕扱いになるじゃねえか! そんなのお断りだ!」

「では、やはり浄化するか」

「なっ、お前ふざけんな!」

「僕に従うか、浄化させられるか。どちらか選べ」


 完全に不利でしかない二択を迫るクリス、そして両手から浄化の光を放とうとしているルシンダを交互に見て、メレクは大きな溜め息をついた。


「こんな奴らが来ると知ってたら関わらなかったのに……。魔王より冷酷無慈悲じゃねえか」

「それで、返事は?」

「はいはい、従うよ! 従ってやるよ!」

「よし、では誓え」


 メレクが「くそっ」「ムカつく」などと悪態をつきながら、よろよろと身体を起こし、クリスの前にひざまずく。そして自分の血がべったりと付いた両手を掲げると、誓約の言葉を唱えた。


『……我、メレク・ベリト・フラウロスは、貴公に我が血と魔名を捧げ従属の証とすることを誓約する』


 クリスとメレクを丸く囲むように地面から魔力の光が湧き、二人を包み込む。


 やがて光が消えると、クリスがメレクの名を呼んだ。


「メレク」

「……はい、ご主人サマ」


 メレクの表情にはまだ不満げな色が残っているが、クリスを「ご主人サマ」と呼ぶあたり、誓約は成功したようだ。


「マーシャ・ブラウンとの契約と国王陛下の呪いを今すぐ解け」

「……かしこまりました」


 メレクは、どこからか契約書のようなものを出し、その場で燃やし尽くすと、右手の指をパチンと鳴らした。


「これで契約も呪いもなくなりました」

「……そのようだな」


 クリスが目を閉じ、納得したようにうなずく。

 誓約すると、従者となんらかの繋がりができるらしいため、それでメレクの契約と呪いが解かれたことが分かったのかもしれない。


 クリスがルシンダたち三人のほうへと向き直る。


「では、乳母を連れて王宮に戻ろう」


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