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14. 突きつけられた差


「……今のところ、人がいるような痕跡は見当たらないな」


 周囲を注意深く観察しながら、ライルが呟く。

 足跡でも残っていたら居場所が探りやすくなるが、なかなかそうもいかないようだ。


「もっと奥深い場所にいるのでしょうか」

「そうかもしれないな」


 ライルとルシンダの会話を聞き、アーロンの顔に焦りが浮かぶ。きっと、一刻も早く悪魔を探し出したいのだろう。


「で、でも、この渓谷にいるのはたしかですもんね。犯人だって潜伏のプロというわけではないですし、きっと見つかりますよ!」


 ルシンダが明るく振る舞うと、アーロンの表情がわずかに和らいだ。


「……そうですね。まだ捜索を始めたばかりなのに、少し神経質になっていたようです」

「いえ、アーロンにとってはお父様とお母様のことですから、仕方ないと思います。それに、昼食をとってからずっと休みなしで歩いているので疲れも溜まってきたのかもしれません。あと少ししたら日が暮れますし、そろそろ野営の準備を始めませんか?」


 ルシンダが提案すると、クリスも同意してくれた。


「そうだな。暗くなる前に準備したほうがいいだろう」

「では、私は薪になりそうな枝を──」

「待ってくれ。今、何か音が聞こえた……!」


 薪集めに行こうとしたルシンダをライルが制止する。

 皆が周囲を警戒した瞬間、空気を切り裂くような鋭い咆哮が聞こえたかと思うと、こちらが構える間もなく黒い影が襲いかかってきた。


 すんでのところで攻撃をかわしたルシンダだったが、あと少し反応が遅れていたら危ないところだった。


「ルシンダ、大丈夫か!?」

「はい! クァールですね!」

「ああ、動きが素早いから気をつけろ!」


 クァールは黒豹に似た魔獣で、鋭利な爪としなやかな体躯を持つ。今は真っ黒な双眸をこちらに向け、攻撃を避けたルシンダたちを観察しているようだった。


(たしか弱点は炎属性。場所的に延焼が心配だけど、発動方向を調整すれば大丈夫なはず。先手必勝!)


 ルシンダが即座に攻略法を計算して、狙いを定める。


「ファイアランス!」


 上空に炎の槍が発現し、クァールの背に突き刺さる。炎はそのままクァールの体全体を包み込んで燃え盛り、クァールの絶命とともに消滅した。


「やりました──!」

「ルシンダ、左!」

「えっ?」


 アーロンの声に左を向くと、もう一匹のクァールがルシンダに向かってきていた。


「今助けに──」


 アーロンがルシンダを助けに飛び出そうとするが、クァールの角から雷撃が放たれ、近づくことができない。


(雷属性の攻撃!? さっきのクァールよりもレベルが高い……!)


 仲間の仇打ちのつもりか、ルシンダひとりを標的にし、近づこうとする者を雷撃で牽制してくる。


(私ひとりで片付けないと……。でも、スピードが速すぎて上手く狙えない……!)


 一発で仕留められなければ、攻撃を食らってしまうかもしれない。ルシンダがそう覚悟したとき、背後から誰からの足音が聞こえてきた。


(だめ! 雷で攻撃されちゃう!)


 ルシンダの心配どおり、クァールがまた雷撃を放った。


 しかし、足音は止まることなくルシンダの横を通り抜ける。すれ違いざまに低く冷たい声がルシンダの耳に響いた。


「アイスエッジ」


 それと同時に、クァールの躰には無数の氷の刃が突き刺さった。


 どうっと音を立ててクァールが地面に倒れ込む。明らかに即死だった。


「大丈夫だったか?」

「クリス、ありがとうございます……!」


 もう一匹のクァールを倒してくれたのは、クリスだった。

 安堵してクリスに笑顔を向けたルシンダだったが、クリスの顔を見て驚いた。


「クリス! 頬を火傷しています!」

「ああ、少し雷撃が当たってしまったようだ」


 クリスのことだから、自分の身の安全も当然確保しているものだと思っていたが、実際はぎりぎりのところで何とか避けただけのようだった。


「こんな無茶をするなんて……」


 綺麗な顔に傷を負ってまで自分のことを助けようとなんてしなくていいのに。


 クリスの痛々しい火傷についそんなことを思っていると、クリスがふっと小さく微笑んだ。


「何があっても必ず助けると言っただろう?」

「クリス……」


 どうしたのだろう。クリスの言葉に、嬉しさと愛おしさが込み上げてくる。


「……クリス、火傷を見せてください。すぐに治癒しますから」

「分かった。ありがとう」


 ルシンダがクリスの火傷に手をかざし、治癒の魔術をかけると、火傷はたちまち跡形もなく綺麗に治ってしまった。


「ヒリヒリしたりしませんか?」

「ああ、大丈夫だ。こんなに綺麗に治るのは流石だな」

「いえ……。そういえば、アーロンとライルは大丈夫ですか?」


 この二人ももしかしたら雷撃が当たったりしてしまったかもしれない。そう思って尋ねたのだが、アーロンもライルも平気だと言って治癒を受けようとはしなかった。


「本当に大丈夫ですか? アーロンは顔色も悪いし、どこか怪我してるんじゃないですか?」

「……大丈夫です。どこも怪我なんてしていないので」


 なぜか自嘲するように笑うアーロンにルシンダは首を傾げたが、本人が怪我などしていないと言うのだから、これ以上訊くのも失礼だろう。


「分かりました。もし治癒が必要になったときは言ってくださいね」

「はい、お気遣いありがとうございます」


 その後は、魔獣の出現で中断していた野営の準備に改めて取りかかった。


「すみません、私が最初に結界を張っておくべきでした」


 ルシンダが野営地を囲うように魔獣除けの結界を張る。


「ルシンダとアーロンはここで火を起こしていてくれ。俺はクリス先輩と今夜の食糧を狩ってくる」

「分かりました。行ってらっしゃい!」


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