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11. エドワードの愛


 ルシンダとユージーンは、あれからまたいくつかの記憶を辿った後、夢の世界から戻ってきた。


 ユージーンは意識を取り戻してからも、しばらくの間、無言でうつむいたままだった。


 頭がひどく混乱して落ち着かなかった。


 夢の世界へ入ることを申し出たのは、自分を呪おうとした女の正体を探るためでしかなかった。その中で、もしかしたら自分にとって嫌な記憶も見ることになるかもしれないとは思っていた。


 しかし、あんな記憶を見ることになるだなんて考えもしなかった。


(──母は、ナディアという名前だったのか……)


 父が愛おしそうにその名を呼ぶ声が頭から離れない。


 父と母の関係は火遊びだったのだと思っていた。

 しかし、そうではなかった。


 父エドワードは、オリヴィアとの婚約が決まる前から、母ナディアと恋仲だった。母を本当に愛していて、ユージーンのことも心から大切に思っていた。


 ひっそりと隠すように育てられたのは、王妃の乳母や同類の輩からユージーンを守るためだった。


 王弟である公爵夫妻が子に恵まれない中、ユージーンを我が子として迎えたいと申し出たときに拒否することなくうなずいたのも同じ理由だ。


《公爵家の嫡男》という立場にしたほうがユージーンを安全に、のびのびと育てられると判断したから。


(自分は愛されずに生まれ、邪魔になって捨てられたのだとばかり思っていたのに──)


 ユージーンは誕生の直後から自意識があった。

 初めはさすがに混乱して認識が曖昧だったが、やがて自らの立場や状況を把握できるようになった。


 だから、深夜にエドワードが赤子用のベッドで眠るユージーンの元を訪れ、しばらく眺めてはすぐに帰っていくことにも気づいていたが、わざと無視していた。


 もし何もできない赤子だからと窒息でもさせようとしたら、すぐに大声をあげてやろうとさえ思っていた。


 しかし、あのときの彼は、一体どんな目で自分を見つめていたのだろう。


「──お兄ちゃん、大丈夫……?」


 何も言葉を発しないユージーンを心配してか、ルシンダが声をかけてきた。


「……すまない。少しぼうっとしてしまった」

「ううん、仕方ないよ。……いろんな記憶があったもの」

「ああ、まだ少し考える時間が必要だが……まずは呪いの主のことが先だ」


 ユージーンは、兄思いの優しい妹の頭を優しく撫でると、立ち上がって王妃へと向き直った。


「王妃殿下、呪いをかけた人物が誰か分かりました」


 ユージーンの隣でルシンダもうなずく。

 王妃は両手を固く握ってユージーンを見上げた。


「誰? 誰が夜会で呪いなんてかけようとしたの……!?」


 ユージーンが少しだけためらいながらも、王妃の目を真っ直ぐに見据えて答える。


「呪いをかけたのは……王妃殿下の乳母でした」

「え……わたくしの……?」


 思いもよらなかった返答に、王妃の目が呆然と見開かれる。


「陛下と、僕の母が恋仲だったことに恨みを持っていたようです」

「そんな……」


 思考がまとまらず、うまく言葉が出てこない。

 まさか、自分の乳母が犯人だったなんて。


 ユージーンに向ける青い瞳が小さく揺れる。


 このような状況でユージーンが嘘をつくはずがない。

 そう分かってはいるが、とても信じられない。いや、信じたくなくて、王妃は縋るようにルシンダを見た。


 しかし、ルシンダが否定してくれることはなく、悲しそうな目で見つめ返されるばかりだった。

 王妃が力のない声で返事する。


「──そう……わたくしの乳母がやったのね……。本当にごめんなさい……」

「母上……」


 うつむく王妃の震える手に、アーロンがそっと手を重ねる。


「いえ、王妃殿下のせいではありません。王妃殿下もまた、王家の政略結婚に巻き込まれただけなのですから……」


 王太子に求められるのは、優れた美貌、優れた教養、そして優れた血筋を持つ令嬢との婚姻。


 だから、エドワードの相手としてナディアは許されず、オリヴィアが選ばれたのだ。大切なのはエドワードとオリヴィアの気持ちではなく、ステータスの組み合わせ。


 多くの令嬢は王太子妃となることを喜ぶかもしれないが、オリヴィアもそうだったかは分からない。だから、ユージーンは「巻き込まれた」と言ったのだった。


 けれど、王妃はゆるゆると首を横に振った。


「気遣ってくれてありがとう、ユージーン。でもね、わたくしは覚悟のうえで嫁いだの」


 王妃がわずかに口もとを緩める。


「それに、ナディア様のことは知っていたのよ」

「そうなのですか……?」

「ええ。それでもわたくしはエドワード様との婚約を進めることにした。王太子妃、そしていずれは王妃としてこの王国を支えていくのだと決意して。だから、エドワード様には愛情よりも信頼関係のほうを求めていたくらいよ」


 王妃が寝台に眠る国王を見やる。

 婚約者だった頃から今まで、エドワードはオリヴィアのことを尊重してくれた。


 それは愛情ではなく敬意からだったのだろうとは思うが、オリヴィアにとっては充分だった。息子たちを大切にし、夫婦の記念日も覚えて贈り物をしてくれる。


 政略結婚だったわりには幸せな日々だった。

 恋愛で結ばれたのではなくとも、きっと、家族愛はたしかに存在していた。


 王妃の目が国王を慈しむように細められる。


「ユージーンのことを、エドワード様はわたくしとアーロンには話してくれた。それが彼なりの誠意だったのでしょうね。でも、わたくしたちや公爵夫妻以外には一切伏せて、あなたへの接触も最低限にしていた。それは、わたくしやアーロンのためもあったのかもしれないけれど、やっぱりユージーン……あなたを守るためというのが大きかったのだわ」

「……はい」


 今ならよく分かる。

 自分には、分かりにくく遠回りな、けれど見返りを求めない無償の愛が注がれていたのだと。


 ユージーンが顔を上げる。


「……陛下を決して呪いの犠牲にはしません」

 

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