皇帝、耳を塞ぐ
「陛下、災害の森で……」
「聞きたくない」
馬鹿な貴族の領地の切り分けが終わってようやく仕事が安定してきた。あとは雑務を適度に宰相に振り分けて、ついでに最近頭が薄くなってきたとか言ってたから育毛剤も送りつけておけばしばらくは急ぎの仕事もないはずだった。
そんなわけでたまには書類を眺めるだけの簡単な仕事をお茶を飲みながらしていると最近よく見るようになった忍の一人が傍で膝をついてなにか報告をしてこようとしたからボクは耳を塞いで拒否した。
忍が姿を現す、即ち緊急事態な訳だけど聞きたくない。
面倒だから宰相に仕事を回してほしい。
いや、いっそのこと宰相を皇帝にしたらどうだろう? そうすればボク働かなくてもいいよね?
「馬鹿なこと考えてるんだろうが仕事しろ」
現実逃避しているボクの仕事用机の上にレオンの声と共に山のように書類が積み上げられた。
どれくらいの山かというと前のレオンの姿は見えないし、かなり頑丈に作ってあるはずの机から軋むような音が聞こえるくらいに大量だ。
「……えらく用意がいいね」
適当に何枚かを選んで軽く目を通すと今後の対応が色々と書かれている。
これは不測の事態が起こってからでは対応できない量だ。
「宰相、各騎士団、有力貴族との連携を密にしてあるからな。災害の森に規格外の存在が住んでいるんだ。なにが起こってもおかしくはないだろう」
「まあ、確かにそうだよね」
エンシェントドラゴンに大精霊、それに忍の報告ではなにやら真っ白なひよこのような存在も見られたらしく、世界樹の周辺に住み着いているらしい。
魔王軍とやらも今の災害の森の状況を見る限り、森に侵攻した分は壊滅したか撤退したのだろう。
「王国の跡地には魔族が国を作って大変だっていうのにまだトラブルを持ってくるのか」
魔王軍幹部、サロメディスが襲撃したロイゼント王国は致命的なダメージを受け、ほぼ壊滅状態だったのだが、そこに魔王軍を名乗る軍勢が攻め入り、すでに防衛力が皆無であったロイゼント王国の跡地はあっさりと魔王軍に陥落した。
そのゴタゴタがまだ落ち着いていないというのにあの災害の森は、いや、あの森に住むおそらくはエルフの少女が何かやらかしたのだ。
はぁ、現実逃避をしていても仕方がないみたいだ。
「はぁ、それで今度は何が起こったのさ」
聞きたくないけど聞かなきゃ対策も立てれない。
仕方なしに待機している忍へと声をかける。
「は、世界樹に住むエルフの元に新たな精霊、しかもおそらくは高位の精霊が姿を現しました」
「ふむ、それくらいなら問題じゃないよね?」
過剰な戦力が集まるというのはあまり歓迎できないことではあるけど、最早この国ではあの災害の森は例外だ。
なにせ隠密能力に長ける忍ではあるけどあの災害の森の中では普通に精霊に見つかっている。
見つかっているのは大精霊ではなく普通の精霊ではあるが、普通の精霊に見破れて大精霊にバレていないとは考えられない。つまりは見逃されているわけだ。
「はい、確かにそれだけならば報告書にて上げるだけに止めようとしたのですが……」
あぁ、つまりはそれ以上の事が起こったわけね。
横に控えるレオンに目をやると、そこには多分、私と同じように疲れた様子の姿が眼に入った。
「一応、騎士団は動けるようにしてはいるぞ」
「さすがは頼れる騎士団長だね」
「皮肉にしか聞こえんな」
まあ、あの森の戦力が外側に向けられたら帝国の防衛力なんてあって無いに等しいわけだし。でも帝国でこれなんだから他の国なんて目も当てられないんじゃないかな。
「それでなにが起こったの?」
レオンとの会話を打ち切り、忍の方へと向き直ったボクは話の先を促す。
「は、それが……信じられない事なのですが」
「よい、ありのままに報告せよ」
あの森に関しては常識という物を捨てて考えていかないとまともに対応できない気がする。
ボクの言葉に忍はホッとしたような表情を浮かべる。どんだけおかしな報告をする気なんだろ?
「森の中に突然、城が現れまして」
『は?』
忍からの思いもよらぬ報告を聞いてボクとレオンは間抜けな声を上げてしまった。
そしてジワジワと頭に告げられた言葉が染み込むように認識し始めると胃がキリキリと痛み出した。
とりあえず、胃薬、もしくは治癒魔法使いを呼んで。




