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【書籍2巻&コミカライズ企画進行中】悪役令嬢ペトラの大神殿暮らし ~大親友の美少女が実は男の子で、皇室のご落胤だなんて聞いてません!~(WEB版)  作者: 三日月さんかく
第5章 神託の能力者の成長(14~16歳)

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71:黒い海岸

前半はベリスフォード視点です。



 目が覚めると、私の体の左側にペトラがぺったりとくっついて眠っていた。道理で、暖かいと思ったわけだ。


 首をぐるっと回して、ペトラの寝顔を眺める。

 いつもしっかり者のペトラが、寝ているときだけは幼い雰囲気になるのがとても好きだ。見飽きない。

 小さい頃も、彼女の部屋に忍び込んでは夜の暗がりのなかでペトラの寝顔を見ていた。朝まで眺めていたときもあったし、私もつられて眠ってしまうときもあった。

 あの頃の私はペトラのことを『まくら』と呼んでいた。

 私はもともとあまり眠りを必要としない体だけれど、あの頃はさらに酷かった。現実と夢の区別がなく、自分のいる場所が神の領域なのか人間の領域なのかも曖昧だった。そのなかでただ一つ、ただ絶対に自分のものだと思っていたのが『まくら』だった。とても懐かしい記憶。


 ふと、ペトラの口許に視線を落とす。小さな頃の私はペトラの唇に紅を塗るのが好きだった。本当に、熱心に、好きだった。

 ペトラがきれいだと、私の胸のなかもキラキラと輝いた。ペトラを見ているだけで嬉しい気持ちになった。


 あのときの濁りのない気持ちは、今、私の中のどこにあるのだろう。


 今の私はペトラの美しい姿を見ても、喜びのあとに寂しさを感じてしまう。

 少女から女性に変わっていくあなたのすべてを隣で見ていられる喜びと、どうしようもない寂しさ。

 相反するこの想いがなぜ私の胸に同居するのかは知らない。


 無意識のうちに、私の右手がペトラの小さな頭に触れていた。

 まるい頭蓋骨の形、つるつるすべすべの細く柔らかい彼女の髪の感触が、指先から手のひら全体で伝わってくる。


 ずっと、こうしていたい。

 眠っているペトラを見守っていたい。


 でもそれはいけないことだと、私の中のなにかが言う。

 たぶん理性? とか、もしくは本能? とか。


 私はペトラの頭を撫でてあげたい気持ちを振り払い、手を遠ざけた。彼女の眠りを妨げないように、体を起こす。


「……もう少しおやすみ、ペトラ」


 首に巻いていた布を外して、ペトラの体にかける。

 ペトラは小さく寝返りをうち、胎児のように丸まって、安らかな寝息を吐いた。





 ……うっかり寝過ぎてしまったみたいですわ。


 隣で寝ていたはずのベリーが居ません。

 彼女のストールだけがわたくしの体の上に残っていました。

 小さな作業部屋のなかをサッと見回しますが、彼女の姿はありません。


 けれど、ベリーの行く手を教えるように、隅にあった扉が開け放たれておりました。

 扉に近付いて中の世界を覗けば、そこは眠る前に見た“砂漠”ではなく、汚染された真っ黒な海が広がる海岸でした。この場所も以前見たことがあります。


 ベリーが居るのだろうと思い、わたくしは扉の向こうへ足を踏み出します。

 まるで灰のような砂浜がどこまでも続き、歩く度に砂に足が埋もれそうになりました。


 波打ち際でザッパーン、ザッパーンッと飛沫を上げる海は墨汁のように黒く、鼻が曲がってしまいそうな刺激臭です。思わず、手に持っていたベリーのストールをぐるぐる巻いて、鼻や口を保護しました。ストールに染み込んだ彼女の香りだけが清涼剤です。


 何度も砂に足を取られながらも海に近づけば、ようやくベリーの木苺色の髪が見えてきます。今日のベリーは黒いワンピース姿だったので海の色に同化し、見つけ辛かったのだと気付きました。


「ベリー!!」


 大きな声で彼女の名前を呼べば、波打ち際にしゃがみこんで何か作業をしていたベリーが振り返りました。

 ベリーの長く赤い髪が風に煽られ、燃える炎のように揺らめきました。


「ペトラ、起きたんだね」

「ベリー、体の調子はどうですか!?」


 わたくしは一生懸命砂浜を走って、彼女のもとに駆けつけました。

 ベリーはにっこりと笑います。


「ペトラが治癒を掛けてくれたお陰で平気。ありがとう」

「どういたしまして。ああ、そうですわ、ストールをお返ししますね、ベリー。貸してくださってありがとうございました」

「まだペトラが使ってて。ここ、嫌な臭いだから」

「ベリーだって鼻や口許をストールで覆った方が……」

「大丈夫。すぐ終わらせるから」

「終わらせる?」


 よく見ると、ベリーは先程作ったばかりの『浄化石』を、波が被って真っ黒く濡れた砂浜に設置していました。足元も、革靴を脱いで裸足になっています。白くて大きな足でした。美少女は爪の形まで綺麗ですわね。


「何をしているんですの、これ?」

「試運転。この海を浄化できるか確かめようと思って」

「まぁ!! すごい大規模実験ですわね!!」

「ペトラは少し離れていて」

「はい」


 わたくしはベリーの革靴が波に浚われないように回収すると、少し離れたところで彼女の実験を見守りました。


「《All》」


 ふたたびベリーが祈祷すると、『浄化石』の内側から微かな稼働音が聞こえ出しました。

 動き出した『浄化石』は、己の周囲から浄化していきます。

 灰色だった砂浜が白く変わり始め、『浄化石』に打ち付ける黒い波がどんどん透き通っていきます。小さな円を描くように始まった浄化はみるみるうちに大きな円となり、いつのまにかわたくしが立っていた場所の砂も白く変わっていきました。


「すごいっ! 凄いですわ、ベリー!! 本当にちゃんと浄化されていますよ!!」


 相変わらず単純な褒め言葉しか出てこないわたくしは、それでも喜びと感動をベリーに伝えたくて、必死になって言いました。


「ベリーなら、世界さえも変えてしまえそうですわね!!」

「ペトラが望むなら」


 ベリーの向こう側に広がる海が、黒い部分がどんどん減って、青く美しい海へと姿を変えていくのが見えます。

 なんて美しい海なのでしょう。人間が生まれる前の原始の海のように美しいです。


「どんな世界でも、作ってあげる」


 低く静かなベリーの声が、波の音にまぎれながらもしっかりとわたくしの耳に届きました。

 大袈裟な言葉なのに、それがとてもとても嬉しいです。


「わたくしも、……世界はちょっと作れませんけれど、その代わりにベリーが望むものなら、何だって叶えて差し上げますわ」


 胸を張ってそう言えば、ベリーの青紫色の瞳が一瞬だけ見開かれました。

 そして何事もなかったかのように、また微笑みます。


「きみが一等大好きだよ、ペトラ」

「わたくしも。ベリーが一等大好きです」


 わたくしたちはそう微笑み合い、女の子だけの美しい友情を確かめました。





『浄化石』が汚染された海のすべてを浄化したあとで、ベリーのお腹の虫が鳴きました。そういえばお昼も食べずに能力をたくさん使ったのですから、お腹の虫が暴動を起こすのも仕方がありません。


 わたくしたちは『浄化石』を持って、大神殿へ戻りました。


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