114:八年分の羞恥心
情報過多ですわ……。
謁見の間で行われた怒濤の展開に、わたくし一人が取り残されてしまいました。
皇城に大神殿の皆さんが迎えに来てくださると聞いて、始めはとても喜んでいましたのに。
迎えに来たメンバーに、なぜか、知らない人が混じっていたのです……。
最初は、『あれ、もしかしてベリーが髪を切ったのかしら』と思いました。そういえば以前ショートカットにしたいみたいな話をしていましたし。ベリーなら美人だから短い髪も似合うと思っていました。
でも、なんだか違うのです。わたくしが想像していたショートカット姿のベリーではなかったんです。
何かがおかしいですわ。ベリー、もしかして素っぴん……? しかも男装してらっしゃる……?
ベリーの上から下まで、じっくり何度も観察してようやく気付きました。彼女の骨格が、わたくしが思っていたよりもゴツいことに。
今までベリーが着ていた見習い聖女のワンピースは、わたくしのものよりも生地が分厚くて、デザインも違う箇所が多かったのですが。神託の能力者は特別仕様なのね、と納得していたそれは、くびれのない体型を隠すのが目的の服だったようです。
首元にいつもストールを巻いていましたが、それも喉仏を隠す為だったみたいです。決して寒がりだったわけではなく!
つまり、ベリーは、本当は男の子……。
自分が乙女ゲームの世界に転生してしまったことに気付いてしまった時以来の衝撃が、ズガンッとわたくしを貫きました。
あまりのショックに立っていることが出来ず、その場にへたり込んでしまいます。
リコリスとハンスが心配してくれて「大丈夫ですか、ペトラお嬢様!?」「顔面蒼白になっちまってますよ、お嬢様!?」と声をかけてくださったような気も致しましたが、頭に入ってきません。
そんなわたくしに追い討ちを掛けるように、目の前の事態が進行していきました。
ベリスフォードって?? 初めてお聞きするお名前ですわ??
どうして皆さん、さも当たり前のようなお顔でベリスフォード君とやらを囲んでいらっしゃるのでしょう??
皇帝陛下の息子とか、皇位継承権とか聞こえてきましたけど??
……そういえば領主様が初めてベリーにお会いした時、彼女……いえ、彼の顔を見て固まってしまったことがありましたけれど。あれはベリーの両親が誰なのか、外見から察してしまった故の反応だったのですね……。
え。アーヴィンお兄様、『名前を呼びたくもない例のあの人』が脱税ってどういうことでしょうか?? やりそうな男ですけど。
待ってください。2世様が皇太子??
ちょっと本気で待って!! セシリア皇后陛下!! ベリーに酷いことしないで!!!
……アスラー大神御光臨ですって……?
色んなことが次々に起こり過ぎて、わたくしはもう立ち上がれそうにありませんでした。
呆然としていると、ベリーがわたくしの元までやって来て、「ペトラ、立てる?」と尋ねてきましたが、答えることも出来ません。
そんなわたくしをベリーはお姫様だっこし、
「落とさないから、心配しないで」
と言って、馬車まで軽々と運んで行きます。
一体いつの間にそんなに男の人になってしまったのですか、ベリー……。
近くで見ても、ベリーが全然知らない青年に見えます。
手も大きくて、腕も力強くて、首の辺りも女性とはまったく違いますわ。触れ合っている箇所には女の子らしい脂肪の柔らかさが無く、骨張っていて硬いです。
でも、ベリーから漂ってくる匂いだけはいつもと同じでした。やはりこの青年は、わたくしが知っているベリーなのです。
どうしてわたくしは彼が男性であることに、今まで一度も気付かなかったのでしょうか?
……一緒にお風呂に入ったせいですわね。
あの時ベリーの上半身だけを見て、わたくしはベリーを女の子だと思い込んだのです。
そして彼が成長期を迎えてどんどん大きくなっても、前世で刷り込まれたジェンダー意識だとか多様性のせいで、「そういう女性がいても変なことじゃない」と自分に言い聞かせ続けたのです……。
前世の知識がすべて仇となっているじゃないですか、わたくしぃ……! 知識だけで思考が停止してしまっていたのですわ……。
わたくしはベリーに何も言うことが出来ないまま、トルヴェヌ神殿に移送されました。
▽
部屋まで送ってくれたベリーが、
「ペトラ、私が男だと知ってびっくりしたよね。ずっと黙っていてごめんなさい。
私も色々ペトラに伝えたいことがあるし、ペトラからも皇城で起こったことを教えて欲しいけれど、ペトラはずいぶん疲れているみたいだから。今日はもう部屋でゆっくり休んでいて。明日話そう」
と言ってくれました。
確かに聞きたいことも話したいことも山程ありましたが、衝撃が強すぎて、頭が真っ白です。
きちんとした会話が出来ないと判断し、わたくしはベリーの言葉に甘えて部屋に入りました。
そして、お行儀が悪いですが、すぐさまベッドにダイブし、枕に顔を埋めて叫びます。
「(うわあああぁぁぁぁん!!!!!)」
謁見の間で聞いたベリーの生い立ちから、彼がどうして女の子の振りをして暮らしていたのか、察することが出来ます。
男の子だったのに女の子の振りをするのは、とても嫌だったでしょう。辛かったでしょう。
ベリーに対する切ない同情心が湧いてきます。
と同時に、今までベリーが女の子だと信じきって、わたくしは彼にどれだけ無防備な所を見せてきたのか思い返すと、羞恥心で死にそうですわ!!!!!
わたくし、ベリーに唇を齧られたこともありますし、お風呂に一緒に入った時なんて、気を失ったわたくしの体を洗ってもらいました……!!!!
まだ九歳だったからセーフだと思いたい気持ちと、「いくつでもアウトですわ!」と泣き叫ぶ淑女の自分が胸の内で暴れまわります。
あっ!
去年ベリーと夜通し部屋でお菓子を食べまくった時に、わたくし、彼の前で着替えようとしてしまいました……!
ネグリジェをガバッて脱ぎました……。
あの時ベリーは慌てた様子で部屋から出ていかれましたけれど、いったいどこまで見えていたんでしょうか……?
うっ、うわぁぁぁぁん……っ!!!!
上層部の方々やマシュリナさんは、もちろんベリーの性別をご存知だったのでしょう。
……そういえばわたくしがベリーとお風呂に入った際、マシュリナさんがとても狼狽えておりましたわね。そういう意味だったのですね……。
アンジー様もご存知だったのかしら?
わたくしがベリーとレオの関係を誤解していた時に、嗜めてくださったのですが。
二人が実は同性同士だと分かっていたから、わたくしに茨の道を大っぴらに応援してはいけないと言っていたのでしょうか?
もしかするとレオも、ベリーの本当の性別を知っていたのかもしれません。そう考えるといろいろ辻褄が合うような気がします。
わたくしだけ、なんと滑稽な……!!
ベッドの上をジタバタする足が止まりません。
自分のやらかしを見つける度に愧死寸前です。息も絶え絶えになり、何度も泣きました。
もう、これからベリーにどんな顔をしたらいいのか分かりませんわ。
わたくしは羞恥に身悶えし続け、そして最後には力尽きたように眠ってしまいました。
▽
翌日、イライジャ大神官から事情聴取を受けました。
皇城でわたくしがどのような監禁生活をしていたか話し、イライジャ大神官が「私が千里眼で見たものと一致しておりますな」やら「私が確認していない間にそのようなことが……」などと言いながらメモを取られます。
どうやらイライジャ大神官の能力のお陰で、大神殿側にわたくしの状況をずっと把握して貰えていたみたいです。
「では、この情報を元に皇室へ賠償金請求していきましょう。あとでまた何か思い出したら、私の元まで来てください」
「分かりました。イライジャ大神官、皇城まで助けに来てくださって本当にありがとうございました」
「貴女がご無事で何よりです。それに礼などは、私よりベリスフォード見習い神官に言ってやってください。彼が貴女の危機を神託し、返還要求の為に動いたのですからな」
「……はい」
昨日は恥ずかしすぎて一言もベリーに話せなかったけれど、……まだ話し合いをする覚悟が決まりませんけれど。
お礼だけは早くベリーに伝えなくちゃいけませんわね。いくら羞恥で死んでしまいそうでも、人としての礼儀は忘れてはいけませんわ。
ああ、でも、本当にどんな顔をしてベリーに会いに行けばいいのかしら。
そんなふうにウジウジするわたくしの元に、アーヴィンお兄様が会いに来てくださいました。
なぜかアンジー様の同席を所望して。
トルヴェヌ神殿の客室で三人で向かい合うと、アーヴィンお兄様がわたくしにこう仰いました。
「ペトラ、アンジー聖女様の養女になる気はないかい?」
「は……い……?」
情報過多(パート2)ですわ、お兄様……。




