103:皇城に監禁
後半にベリスフォード視点があります。
「ペトラお嬢様ったら、もう~。急に皇太子殿下に食って掛かるから、ビックリしちゃいましたよぉ。見ているこっちはハラハラでしたよ?」
「……驚かせてごめんなさいね、リコリス」
わたくしはソファーに腰掛け、リコリスに謝りました。
リコリスは部屋の中にあったティーポットやお茶菓子を調べながら、「ペトラお嬢様は時々ものすごく豪胆になるんですから、もうっ」と唇を尖らせます。
「あんまり刺激しちゃダメですよ。ああいうタイプの相手は、怒らせたらどう出てくるか分かりませんから」
「不敬罪で捕まれば、大神殿への幽閉になれるかと思ったのですけど……」
「そりゃあ、普通の状況で不敬罪になれば、治癒能力者のペトラお嬢様を大神殿幽閉処分にするかもしれませんけれど。この状況ですよ? 大神殿の許可なく見習い聖女を連れ込んで婚姻を結ぼうとしてる相手が、ペトラお嬢様の幽閉先を大神殿にするわけないじゃないですか」
そう言われると、確かにその通りですわね……。
幽閉先を大神殿にするなんてお優しいことはせず、この皇城の中に幽閉するかもしれません。
皇城のどこかにわたくしを幽閉し、后としての執務をさせ、世継ぎを生ませる。外交など人前に出る執務も、ゼラ神官やドローレス聖女に課せられている首輪を着ければ逃亡が防げます。
というか、この部屋に閉じ込められている現状が、幽閉と同じではないでしょうか?
「しくじりましたわ……」
「とりあえず、ハンスさんとレオがこの部屋の奥を今調べてるんで、落ち着いて紅茶でも飲みましょうよ。ずっと気を張りつめていたら疲れちゃいますから」
部屋の扉を外側から施錠されたので、レオとハンスが部屋の様子を探りに行ってくれています。
この部屋の奥にもまだほかの部屋が続いているようですが、ほかに扉があったとしてもすべて封鎖されているでしょう。もちろん部屋には窓もありますが、この部屋は四階なので脱出することは出来ません。
「はい、紅茶ですよ、ペトラお嬢様。毒味もしたので大丈夫です。茶葉もお菓子も滅多にお目にかかれない高級品ですよ。さすが皇城」
「ありがとうございます、リコリス」
「私、扉の前に居た近衛騎士の方々に話しかけてみます。ペトラお嬢様を后にしたいって向こうが言ってるんですから、食事や入浴無しなんてことは無いでしょうし。その準備のためにメイドの私なら部屋の外に出られるかもしれません」
「そうですね。リコリスだけでも部屋から出ることが出来れば、そのまま逃げてください」
「もぉ~! だから、お嬢様、私は一人で逃げたりしませんって! ペトラお嬢様を見捨てたら、うちの家族だって私を見捨てますよ!? とにかく、私が皇城でどこまで動いていいか聞いてきます!」
リコリスが勇ましい様子で部屋の扉に向かい、向こう側にいる騎士に話しかけました。ちゃんと返事を返してもらえたようで、彼女はそのまま扉越しに騎士と会話を続けている様子でした。
わたくしが手持ちぶさたに紅茶を飲んでいると、部屋の奥を調べていたハンスとレオが戻ってきます。
「ハンス、レオ、部屋の奥はどうでしたか?」
「寝室が一つに、洋間が一つ、あとは浴室とトイレがありました。でも脱出経路はまったくありませんでした。刃物は鋏一つありません。火はランプ用のマッチだけですね。そのマッチも、火事を起こされないようにか、数本しか用意されてませんでしたよ」
「寝室にあるシーツやカーテンを集めても、四階からオジョーサマを脱出させられるだけの長さのロープは作れそうにないっす。壁や床や天井も、ぶっ壊せそうなところはなかったっすね。こっちが考え付きそうな脱出方法は全部封じられてる感じです」
向こうもそれだけ本気と言うことなのでしょう。馬鹿げていますが。
「ペトラお嬢様、ダメでした」
リコリスが扉の方からトボトボと戻ってきます。
「食事や入浴の準備は、皇城のメイドが部屋に入って用意してくれるそうです。私が部屋から出入りしなくてもいいように」
「そうですか。あちらも周到ですわねぇ」
「これからどうします、ペトラお嬢様?」
リコリスの問いかけに思考を回しますが、良い解決策はなにも思い浮かびません。
どうすればベリーのもとに帰れるのでしょう?
皇城から抜け出す方法が思い付きません。
だいたい、抜け出せたとしても皇城から追っ手がつくはずです。わたくしの逃亡先など大神殿だと父も分かっていますから、きっとラズーまでの道々に御触れが出されるでしょう。
ただでさえ一月もかかる道のりなのに、追っ手をかわしながらベリーのもとに帰れるのかしら?
「まぁ、このまま皇城で待機しててもなんとかなるんじゃないっすか? オジョーサマが大神殿へ戻らなかったら、ベリーの奴が気付きますって」
そうだ、レオが居ました。
わたくしでは大神殿に辿り着けそうにないですけれど、レオがこの状況をベリーに伝えに行ってくれたら、ベリーが助けに動いてくれるんじゃないかしら。
わたくしが逃亡した場合より、レオの方が追っ手の数も少なそうですし。
レオの案通りここで待機していても最後にはベリーが助けに動いてくれるでしょうけれど、正直、何ヵ月かかるかわかりません。
大神殿がハクスリー公爵家に問い合わせても、父がまともな返事をするとは思いませんし。皇都と距離がある分、事実確認をするのも時間がかかると思います。
けれどレオが真実をベリーに伝えてさえくだされば、彼女が助けに来てくださるに違いありません。
だってベリーは神託の能力者です。皇帝陛下だって扱いを間違えることは出来ない立場の人間です。
わたくしの状況を知ったら、ベリーは絶対に迎えに来てくれます。そう信じています。
だって、だってベリーだもの。
他力本願と言われても仕方がないほどの全幅の信頼で、そう思いました。
「レオ、まだ脱出方法は思い浮かばないのですけれど、逃げるときはあなた一人で逃げてください」
「はっ!? なんでっすか、オジョーサマ!?」
「わたくしも逃げた場合、追っ手の数が多くなってしまいます。追っ手をかわしながら大神殿まで一月もの旅が出来るとは思いません。けれどレオ一人なら、まだ可能性が高いと思うのです」
わたくしはレオの青黒い瞳を見つめました。
「どうか大神殿に戻って、ベリーに伝えてください。『わたくしを助けて』って」
「……大神殿以外の場所に、逃げちまうことは考えられないんすかね、オジョーサマ」
レオにそう尋ねられて、ああそういう道もあるのか、と思いました。
別の地に逃げ込めば、父もわたくしの行く先を予測出来ないでしょう。
だけど、わたくしの帰る場所は一つしかありません。
「ベリーの居る大神殿が、わたくしの帰る家ですから」
「ああぁぁぁ、もぉぉぉ……!」
わたくしの答えに、レオは両手で頭を抱えてしまいました。
「こっちはオジョーサマをお守りする為なら一生を捧げてもいいって、本気で思ってんのに! オジョーサマはもう守ってくれる相手を決めちまってんだもんなぁぁぁ……!! 俺の方が先にオジョーサマに出会って、先にオジョーサマの男になるために努力したのに、オジョーサマはあんな女の格好をした奴のほうを無自覚に選んじまってるんだもんなぁぁぁ……!!」
「れ、レオ? 急にどうしたのです?」
急に叫び出したレオに、わたくしは目が点になります。
いったいレオはどうしてしまったのかと、リコリスとハンスへ助けを求めるように視線を向けると。二人は「ライバルっぽいですね」「振られたっぽいな」とヒソヒソ言葉を交わしていました。
わたくし、今は女友達の話をしているのですけど?
「でも! 俺は選ばれなかろうが、オジョーサマのことをお守りするって決めてるんで! 大神殿に行ってベリーに助けを求めて来いと言われれば、その命令に従うまでっす! 了承しました、オジョーサマ!」
「あ、はい……? 了承してくだるのなら、良いのですけど……」
よく分かりませんが、レオが引き受けてくださって良かったです。
「では肝心の脱出方法を、これから考えていきましょう」
▽
「……うーむ」
思ったより長い時間、千里眼を使用していたイライジャの瞳が、ようやく赤から水色に戻る。そして彼は腕を組み、低く唸った。
「それだけ長い時間ペトラの確認をしていたのだから、状況は良くないってことだよね、イライジャ?」
「……その通り。誠に良くない」
イライジャは私の方へチラチラ視線を向けたけれど、最後には諦めたように口を開いた。
「ハクスリー公爵令嬢は現在、皇城の一室に閉じ込められている。監禁だ」
「は……?」
「……やめてくれ、ベリスフォード見習い神官。私を睨んでも状況は変わらんぞ」
「ペトラは無事なの? 暴力とか振るわれてない? どうしてそんな状況になってるわけ?」
「ハクスリー公爵令嬢のことは、神殿騎士と公爵家の護衛、メイドが守っているようだ。……父親であるハクスリー公爵閣下が彼女を殴ろうとしたが、騎士と護衛が止めてくれた。だが、グレイソン皇太子殿下の物言いはあまりにも酷いものだった。紳士の風上にも置けぬ」
「異母弟はペトラになんて?」
「…………」
「イライジャ。なんて言ったの、あの男は」
「……『シャルロッテを皇后にするのは諦めてもいい。代わりにお前を娶り、お前に皇后としての仕事をさせ、お前に僕の世継ぎを生ませる』…………『お前はシャルロッテの姉だからな、髪と目の色は彼女と同じだ。お前なら抱いてやってもいい。シャルロッテは血が穢れているから、子を成しても後々面倒だっただろう。お前は正妻から生まれているから、そういった意味でも都合が良い』と、言っていた。ああ、こんなことを己の口で言うのはおぞまし過ぎる」
私の大切な人が傷付けられた。そして今、皇城に囚われている。
ペトラは今どれほど悲しい気持ちだろう。辛いだろう。
彼女が傷付いていると思うと、自分の中のあたたかなものが、全部凍りついていく感じがする。臓物の中に氷の塊が落っこちてきて、血も心も冷えきっていく。
普段使わない物騒な言葉が頭の中を埋め尽くし、なにもかも壊してしまいたくなる気持ちを、私はどうにか押し殺した。
「イライジャ、上層部を全員、大会議場へ呼んで」
私が低い声で命じれば、イライジャは頭を下げた。
「引き受けよう、神託の能力者よ。皇室は我々大神殿の人間を蔑ろにした。これは由々しき問題である」
イライジャが執務室から出ていくのを見届けてから、私は一人大会議場へと向かった。




