第63話 元の世界に
ボン太郎お姉さんは渡されたお弁当箱の蓋を持ち上げた。
中にはごはん、焼きトウモロコシ、カボチャの煮つけ、そしてプチトマトが盛り付けられた質素ながらも美味しそうなお弁当が敷き詰められていた。
「うまそうじゃないか。おい、來楓。アレも入れてくれよ。俺の好きな辛いヤツ」
「え? は、はい。かまいませんが「元の世界の作物四品」というお弁当じゃなくていいんですか?」
半信半疑ながら來楓はボン太郎お姉さんの要望で、未調理の生のトウガラマイモもお弁当に加えた。
「よしよし、いいぞ。これで完璧だな」
そういうとボン太郎お姉さんはいよいよお弁当を食べ始めるのかと思われたが───。
持ち上げたお弁当の蓋をそのまま下ろし、きっちりとお弁当箱を閉じると來楓に差し出した。
「これは來楓がしっかりと持っていなさい」
「え───? あの、ボン太郎お姉さん、それはどういうことでしょう?」
來楓はボン太郎お姉さんがお弁当を食べるものだと思っていたので戸惑った。
そんな來楓をよそにボン太郎お姉さんは來楓の背中に回ると両肩をしっかりと掴んだ。
「來楓、見てごらん。今、君には何が見える?」
そういわれて來楓はますます戸惑ったが、言われた通り前を向いて周囲を見渡した。
來楓の前にはゴブリン、精霊水馬、ハーピー、エルフが集まっていた。
全員、來楓がどうなるのか心配し、固唾を呑んで事態を見守っていた。
改めて來楓はその状況を見渡し、ボン太郎お姉さんが聞きたいことの意図を理解した。
「私を心配してくれている仲間が見えます」
「そうだね。みんな來楓を心配しているね。それで他にはどうだい? 何か見えるかい?」
「はい。見えます。仲間と過ごした異世界での生活───その思い出、苦労、楽しさ。それだけじゃありません。これからもずっと皆と一緒にいたい。別れたくない。そんな気持ち───。そして一緒に学校で生活をした家族の絆が見えます」
その言葉にボン太郎お姉さんはとても満足した様子だった。
「完璧だ。來楓。その「想い」を忘れるなよ。そしてお弁当箱をしっかり持て。そして俺の事もしっかり持ってくれ。もう俺の植木鉢を割ったりするなよ?」
「え? ボン太郎お姉さん、それはどういうこと───」
そこで來楓はハッと気付いた。
來楓は旧校舎の園芸部の部室にいた。
一方の手にはお弁当箱を抱え、もう一方の手にはボン太郎の植木鉢を抱えていた。
ボン太郎は人の姿をしていなかった。
元の盆栽の姿だった。
よろめきながらも來楓は立ち上がり、窓から校庭を覗くと、そこに畑はなく、元の校庭の光景が広がっていた。
「あ、あれ……? 私、園芸部の部室にいる? ここで倒れて気を失っていたの?」
來楓が戸惑っていると校内放送が流れた。
『生徒の皆さん、落ち着いて行動してください。地震はおさまりました。先生の指示に従い、焦らずゆっくりと校庭に避難してください』
來楓は頭の中の霧が徐々に晴れるように状況が見えてきた。
園芸部の部室でお弁当を食べようとして、突然、旧校舎が大きく揺れた。
あれは異世界転移の衝撃ではなく、本当に地震だったのか?
來楓が恐る恐る旧校舎を出ると、新校舎から生徒たちが続々と校庭に避難していた。
「あッ! 來楓ッ! どこにいってたのッ!?」
「旧校舎でお弁当食べてたんでしょ? 早く校庭に避難しよ」
クラスメイトが來楓を見つけ、駆け寄ると來楓の手を引いて避難を促してくれた。
來楓はまだ夢心地だった。
これまでの出来事は地震の衝撃で気を失い、夢を見ていただけだったのだろうか?
「ちょっと、來楓ッ! あなたなんで盆栽なんか持ってるのッ!?」
クラスメイトの一人がボン太郎をしっかり抱き抱えている來楓を見て笑った。
「地震にビックリして無我夢中だったんでしょ? 溺れる者は藁をも掴むっていうけど、地震に驚く來楓は盆栽を掴むね」
そうからかわれて來楓は「やめてよ~。だって本当に驚いたんだもん」と応じつつ、ボン太郎の植木鉢が割れていないかを注意深く確認した。
本当に夢だったのだろうか?
來楓はお弁当箱に目を落とした。
その答えはこのお弁当箱の中にある。
來楓は恐る恐るお弁当箱を開けてみた。
そこには海苔の撒かれた俵おにぎりが三つとダシ巻き卵、それに鮭の切り身とブロッコリー、そしてかぼちゃの煮つけとプチトマトが綺麗に詰まった兄・須藤 楓斗が作ってくれた見事な愛妹弁当───。
───ではなく。
ごはん、焼きトウモロコシ、カボチャの煮つけ、そしてプチトマトが盛り付けられた質素ながらも美味しそうなお弁当が姿をあらわした。
久造「ここで終わりじゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ」
ニュウ「ニュッニュゥ~ッ!」
次話でエピローグです!(笑




