第52話 須藤 楓斗
來楓はポロポロと涙を流した。
「でもどうしてお兄ちゃんが異世界に?」
來楓は嗚咽で言葉を詰まらせながら、なんとか言葉を出した。
「來楓が異世界に転移したようだったから、僕も來楓を追って異世界にやってきたんだよ」
楓斗は事情を説明した。
「そ、そうなの? でもどうやって?」
來楓は尚も涙を流しながら兄の手を頬にあて、愛おしそうに頬ずりした。
「トラックに飛び込みまくったのさ。そしたら異世界に転生できると思ってね。最初は失敗ばかりだったよ。大怪我をして何回も入院したんだ。そのうち気付いたんだ。異世界に転生するには単にトラックにはねられるだけじゃダメだ。誰かを助けるため、正義の心を持って飛び込まないといけないことに。そしてあちこちの道路でお婆さんや子供が事故に遭わないか見回りをして、ついにその現場に遭遇して見事、異世界にやってきたというわけさ」
楓斗は誇らしげに弱々しく笑ったが、來楓は呆れた。
「もう、お兄ちゃんはいつもどこか一本抜けてるんだから。
そんなふうにトラックに飛び込むなんてしちゃだめだよ。そうやって異世界に行きたい人がトラックに飛び込むもんだから全国のドラック運転手の皆さんが困ってるんだから。
ただでさえ人手不足でトラック運転手さんの仕事が激務なのにさらに迷惑をかけちゃだめじゃない」
來楓は兄を諭したが、そうまでして自分を探しに異世界に来てくれた兄に心の底から感謝した。
「でもお兄ちゃん。どうしてこんなお爺ちゃんに?」
「どうやら異世界と僕らの世界では時間軸にズレがあるみたいだね。僕は異世界に転生して赤ん坊からやり直したんだけど、來楓が来るまでにすっかりお爺ちゃんになってしまったよ。
そしてこちらの猫族系獣人の女性と結婚してね。娘を三人も授かってすっかりお父さんになったんだよ」
楓斗は妻、ついで三人の娘たちを順番に來楓に紹介した。
「王都でお弁当屋を営んだのは、僕のお弁当屋が有名になり、異世界中に名前が響けば來楓の耳に入るだろうと思ったからさ。そして來楓が「スロー弁当屋」と「あいまい弁当」と聞けば、絶対に意味を理解してくれる。そしてすぐに僕に会いに来てくれると思ったのさ」
「そうね。お兄ちゃんは毎朝、私にお弁当を作ってくれて「今日も須藤弁当屋の愛妹弁当が出来上りました!」って渡してくれてたものね。
あ、そういえばお兄ちゃん。私が異世界に転移する時に渡してもらったお弁当。お箸を入れ忘れてたよ。おかげで私はお弁当を食べられなかったんだから」
來楓が文句を言うと、楓斗はこうして妹に怒られることを懐かしく思い「そうだったかい? ごめんよ、來楓。次からは注意するよ」と言って弱々しく笑った。
來楓はこれまでにあったことを兄に詳しく話、いかに自分が元の世界に帰りたいと思っていたか、いかにこれまでの出来事が大変だったかを伝えたかったが、楓斗に残された時間はわずかであることを悟り、本題に切り込むことにした。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは元の世界に帰る方法を知ってるのよね?」
そう問われると楓斗は「知ってるよ。僕が転生する時に女神様に授かった能力───それは異世界転移者や転生者が元の世界に帰る方法を知ることができるというものなんだ」
「私が元の世界に帰る方法は『帰りたい世界の作物四品でお弁当を作り、帰りたい世界の植物に捧げよ』だよね?」
「どうやらそのようだね。よくわかったね」
楓斗は來楓が自分が言わずとも、元の世界に帰る方法を知っていることに驚いた。
「これってどういうことなの? どうすればいいのか教えて欲しくて来たんだけど」
「すまない、來楓。僕の能力は方法がわかるだけなんだ。『帰りたい世界の作物四品でお弁当を作り、帰りたい世界の植物に捧げよ』ということはわかるけど、それがどういうことかまではわからないんだ。
でも『帰りたい世界の作物四品』というなら、まずここに一品あるよ。僕は転生して産まれた時、ずっと手を握っていたそうなんだけど、両親が手を開いてみると種籾となるお米を握っていたそうなんだ。
それから米を植えて収穫して、一部を種籾として残し、大切に数を増やして保管していたのさ」
來楓は種籾を受け取るとしげしげと眺めつつ「そういえばニング先生もトウモロコシの種を握っていたと言っていたわね」と思い出した。
「そのエルフの事は覚えているよ。僕がお弁当屋を初めてまだ間もない頃にやってきた人だね。確かにその人も元の世界に帰る方法は『帰りたい世界の作物四品でお弁当を作り、帰りたい世界の植物に捧げよ』だった。その人と協力すればお米とトウモロコシで二品が揃うね。あと残るは二品だけど、來楓もこの世界に転移する際に、何か元の世界の物を持っていたんじゃないのかい?」
そう言われて來楓は異世界に転移した時の事を思い返した。
「私が転移した時に持っていたのは───……」
來楓は懸命に記憶を振り絞った。
「私が転移した時に持っていたのは───……。ボン太郎とお兄ちゃんのお弁当だったわ」




