第44話 精霊水馬の本性
「ど、どう言うことじゃ? 精霊水馬は背に乗せた者を泉に引き込むのではなかったのか?」
「ニュッニュゥ~?」
「確かにそのようなことはする。だがそれは心に穢れがある不届きな者のみだ。我々、精霊水馬はそうでない者を泉に引き込んだりはせんぞ。
そうだな。例えばこのような話がある。
ある精霊水馬の泉のほとりで木こりが木を伐っていたそうだが、するとその木こりは誤って大切な斧を泉に落としてしまったそうだ。その泉の精霊水馬は木こりを泉に引き込んでやろうと女神の姿となって木こりの前にあらわれると、金と銀の斧を差し出してどちらかを選ぶよう誘惑した。しかし、なんとその木こりは申し出を断ったそうだ。感銘を受けた精霊水馬は金と銀の両方の斧を木こりに授け、泉に戻ったそうだ。
その話を後で聞いて、その精霊水馬は「手痛い出費だった」と嘆いておったが、正直で清らかな心の木こりに出会えてとても嬉しそうだったぞ」
久造とニュウは顔を見合わせた。
確かに精霊水馬はその姿が千差万別で水馬や女神、他には巨大な魚やナマズ、龍、それに河童や濡れ女、泣き女など様々だった。
「そ、それでは來楓ちゃんをプールに引き込んだりはせんのだな?」
「ニュッニュゥ~?」」
「もちろんだ。そのようなことはせん。
我々が最初に出会った時のことを覚えているか? 我は泉の水を失い、身体の泥汚れを払う気力さえ失うほど弱っていた。そんな時、どこからともなくお前たちがあらわれ、我に水を飲ませてくれた。おかげで我は命拾いをしたのだ。さらにこのようなプールという名の泉まで与えてもらい、大恩を感じている。そのような者を泉に引き込んだりするものか。我々、精霊水馬をみくびらないで欲しいものだ」
心外だと言わんばかりに精霊水馬は鼻を鳴らした。
「そうだったのね。精霊水馬。ありがとう」
來楓は優しく精霊水馬の首筋をさすった。
「礼を申すのはこちらの方だぞ。我は其方を我が背を許す主と認めている。精霊水馬が主を背に乗せると、どれ程の力を発揮できるか見せてやろう。振り落とされないようしっかり掴まっているがよい」
そう言うと精霊水馬はプールの水面を駆け回り始めた。
すると徐々にプールの水が渦を巻き、やがて天高く伸びる巨大な竜巻となってうねり始めた。
「まずは邪魔者を一掃するとしよう」
竜巻は生き物のようにうねるとマンドラゴラ忍じん者に襲い掛り、次々と巻き取り始めた。
竜巻に呑まれたマンドラゴラ忍じん者は、宙高く巻き上げられ、そしてプールに落とされていった。
「こ奴らは後でいただくとしよう」
そう言って笑う精霊水馬の笑みは不気味だった。
來楓、そして久造とニュウは決して精霊水馬を怒らせてプールに引き込まれたくないと身を震わせた。
「最後はあの者にお仕置きをしてやらねばな。我が主を捕らえ、痛めつけたことを後悔させてやろう」
そう言って精霊水馬が水面を蹴ると、蹴りだされた水の固まりが水球となりニングを襲った。
「な、なんやこれはッ!?」
ニングは成す術もなく水球の直撃を喰らうと首だけ水球から出した状態で身体を閉じ込められ、身動きが取れなくなった。
「ありがとう、精霊水馬。あなたのことを誤解していてごめんなさい。元の世界に戻ってテレビのインタビューを受けたら私はこう言うわ。精霊水馬の背に乗っても大丈夫です。心の穢れがなく、精霊水馬に認められれば素晴らしい景色を眺めることができますよ、って」
來楓は精霊水馬の背から学校を見渡した。
そこには戦いに勝利し、学校が───そして皆の幸せが守られたことを喜び合う仲間の姿があった。




