第20話 約束を半分こ
10/9 第8章全話一括公開!
「お母さん! うえええええええええん!」
泣き止んだと思ったらまたすぐに泣き出してしまうセレスティ。「あらあら」と、セレスティは泣きじゃくる娘を抱き留めるとその背中を優しくポンポンと叩いてやった。
次第にセレスティの心が落ち着いてくると、ようやく泣き止んだセレスティはセレナを見上げた。
「そんなに泣いてどうしたの、セレスティ。お母さんに言ってみなさい」
「なんか、すごくくらくてこわかったの!」
「そう、それは大変だったわね。でも、もうお母さんが一緒にいるから平気よね」
「うん!」
セレスティはセレナの首に両腕を回してしがみついた。母親とふれあいほっと安心するセレスティだったが、セレナの背後、セレスティの視線の先に男の人が立っていることに気が付く。
男性はセレスティと目が合うと急にオロオロしだして挙動不審になった。
セレスティは誰だろうと、首を傾げる。
「お母さん、このおおきい人だーれ?」
「ふふふ、あの人はね…」
セレナはセレスティをしっかりと抱きしめた。
「……あなたのお父さんよ」
「おとうさん?」
「そう、お父さん。ほら、街で一緒に遊ぶ子供達にはいたでしょう。お母さんの他にお父さんが」
「うん、いた……わたしにもいたんだ、おとうさん」
「……ええ、そう、あなたにもいるのよ、お父さんが」
セレスティはじっとクラウドを見つめた。そして自分とお父さんが同じ髪色であることに気が付く。自分の髪とクラウドの髪を何度も見返し、セレスティは感動したように「おお」と言った。
「おとうさん! わたしのおとうさんだ! わたしにもおとうさんがいたんだ!」
パッと嬉しそうな表情を浮かべて、セレスティはクラウドに向かってそう声を張り上げた。
クラウドは瞳に溜まった涙が零れないようにするので精一杯だった。こんな日を夢見ていないはずがなかった。愛する妻と幼い我が子の成長を見守る日々を過ごしたいと、願わないはずがなかった。幼い娘にお父さんと呼ばれ、抱っこを強請られることを喜ばないはずがなかった。
セレナはそっとセレスティを放すと、彼女の背をクラウドの前へと押してやった。
「クラウド、セレスティをお願い」
「あ、ああ……」
セレスティはセレナとクラウドの間に何度も視線を巡らせ、最後にクラウドをじっと見つめた。
ついさっきまで抱きしめてやりたいと思っていたはずが、いざ目の前に娘がいると思うとどうしていいのか分からなくなる、父親初心者のクラウドである。
何度も手を伸ばそうとしては躊躇してしまい、セレスティは次第に表情を曇らせる。やがてそっと視線が下がり、どこかガッカリしたような雰囲気になった。そして、小さな声が零れ落ちる。
「……わたし、きらわれちゃった」
「愛してる、セレスティ!」
クラウドはセレスティを勢いよく抱きしめた。突然のことに驚いたセレスティの口から「ぴゃっ!」という可愛らしい声が漏れ出る。
「ごめんな、セレスティ! お父さん、上手く抱っこできなかったらセレスティに嫌われちゃうかと思ってなかなかできなかったんだ。愛してる、愛しているぞ、セレスティ! お父さんのこと、嫌いにならないでくれ!」
堪えていた涙を抑えることはできなかった。
「……ほんと?」
「ああ、本当だとも。ずっと会いたかった! ずっとこうやって抱き上げたかった! お父さんはずっとお前と一緒にいたかったんだ。お母さんと一緒にセレスティと暮らしたかったんだ!」
それは包み隠さぬクラウドの本音だった。
「おとうさん、わたしのこと……すき?」
「ああ、好きだとも。愛している! 何があっても絶対に、私は娘を愛し続けるとも!」
「ふふふ、そうなんだ」
セレスティは嬉しそうに微笑み、小さな両腕をクラウドの首に回した。
「わたしも、お父さんのこと、すーき」
「……そうか、そうか」
幼い娘に抱擁を返され、クラウドはかつてない幸福を感じていた。セレナへの愛とは異なる愛情がクラウドの心を満たしてくれる。母と娘、どちらも失いたくない。そう思う、不思議な感覚。
そしてこうも思った。
(……この全てが満たされるような幸福を、セレディアは一度も知らずに生きてきたのか)
彼女がこれまでどんな人生を歩んできたのかクラウドは知らない。しかし、レギンバース家に来てからの彼女と向き合えなかったことは事実で、クラウドが今感じた幸せをセレディアが知らないことが悲しくて切ない、そう思うことは傲慢なのかもしれないけれど……。
(私はあの子に何をしてあげられるだろう……?)
クラウドはそう考えるようになっていた。
「ふふふ、よかったわね、セレスティ」
「うん! ねえ、おかあさん。ここ、くらくてこわいの。もうおうちにかえろ?」
「まあ、暗い? そうねぇ……でも、明るいところもあるでしょう?」
「あかるいの? どこ?」
セレスティは周囲をキョロキョロ見回したが、よく分からずに首を傾げてしまった。
「ほーら、よく見てご覧なさい。どこかちょっと明るいところがあるんじゃない?」
「うーん? えーと……あっ! おとうさんとおかあさん、くらいのにみえる!」
「でももう一つ、暗いのに見えているものがない?」
「もうひとつ? うー、うー? ……あっ、わたしもみえる!」
「大正解♪ よくできました」
「やったー」
拍手をするセレナにつられ、クラウドに抱っこされたままのセレスティも手を打ち鳴らした。
「セレスティ、あなたはこの暗い悪夢の世界に堕ちて、心が幼く退行してしまっても光を失わなかった。だってあなたには、何にも代えがたい素敵な夢があるんだもの」
「すてきなゆめ?」
首を傾げるセレスティに、セレナは優しく微笑む。
「ええ、そう。お母さんとセレスティが交わした大切な約束よ」
「おかあさんとやくそく?」
「あなた自身の誓いであり、私との約束……知ってる、セレスティ? 約束は一人では成立しないのよ。あなたの夢は、あなた一人だけのものではないの。あなたは誓いを立てた時、私と約束を半分こにしたの」
「はんぶんこ……」
セレナの言葉が理解できず、セレスティは首を傾げてしまう――その時だった。
「お姉様あああああああああああああ!」
「うっ?」
遠くから誰かの声が聞こえた。不思議とセレスティはその声の主を知っているような気がした。
セレスティは声の聞こえた方へ視線を向けた。少し遠くからこちらへ近づいてくる仄かな光が見える。黒いドレスに白いエプロンを纏った少女が、こちらに向かって駆けてきていた。
真っ黒な悪夢の世界において、白黒のドレスは正直見えづらい。
そのはずなのに……。
「おかあさん」
セレスティが纏う光が少し強くなった。
「なーに、セレスティ?」
「……あのきれいなひとは、だーれ?」
セレスティを包み込む白銀の光が一際強くなった。
セレナはそっとクラウドに目配せをした。それを察すると、クラウドはセレスティをそっと地面に下ろしてやる。セレナはセレスティの背を押して、そして彼女の問いに答えた。
「綺麗な人? ああ、あれはメイドさんよ」
「……メイド」
気が付けばセレスティは……いや、メロディは歩き出していた。少しずつ早足となり、そしてとうとう駆け出した。彼女の後ろでセレナとクラウドが静かに見守っているが、メロディはそれに全く気が付いていないようだ。
前世の記憶を取り戻したせいだろうか、ついさっきまでセレスティとして両親と接した時間は、今のメロディには残っていないようである。
「……約束を半分こだったか、セレナ」
「私が死んで、セレスティは私との約束を自分の中に抱えるしかなかった。だけど、あの子を生み出したことでセレスティとセレナの約束は、メロディとセレーナで半分こにされたの。彼女はセレスティが、いえ、メロディが『世界一素敵なメイド』になることを助けるために生まれた、約束の半身だから」
「セレーナ!」
「お姉様!」
「さあ、私の可愛いセレスティ……いいえ、メロディ。もう一度、約束を交わしましょう」
暗闇の中、メロディが差し出した手にセレーナの手が重ねられる。その瞬間、分かたれていた約束が、大いなる誓いが一つに戻る。
手と手が触れあった瞬間、二人には何をすればいいのかが分かった。
「「銀清結界」」
二人の関係はある意味、マイカとガルムの仕組みによく似ていた。魔力はあるが魔法が使えないメロディと、魔法は使えるが魔力が足りないセレーナ。
二人の力は同調し、魔法感覚が共有された。それは同時に、シャドウゲッコーによって乱されたメロディの魔法制御感覚をも強制的に上書きする行為であった。
メロディはリフレッシュキャンディーを使うことなく、セレーナという外部端末の力を借りることで、自力でシャドウゲッコーの魔法封じを打ち破ったのである。
セレーナの姿は輪郭を失い、メロディと一つになる。以前、ガルムの力を借りて実現した変身を今度は約束の半身であるセレーナが受け持つのだ。
メロディのメイド服は糸状にまで戻り、新たなシルエットを構築していく。
やがて変身は終わり、白銀のメイド服に身を包んだ銀の髪と瑠璃色の瞳を持つ少女が降臨した。
「メイド魔法奥義『銀清結界』タイプ・ハウスメイド再臨です。白銀の祝福の名のもとにあなたの汚れを徹底洗浄して差し上げます」
メロディは天高く右手を掲げた。すると白銀の光が溢れ出し、その手に銀の箒が顕現した。メロディは箒を両手で持つと地面に這わせてグルリと一周させる。
箒を掃いた地面に円の軌跡が描かれると、それは強烈な白銀の光を放ち始めた。光は一気に広がり、まるで悪夢を消し去る勢いで白銀の光が暗闇を打ち払っていくのだった。
◆◆◆
一方その頃、夢を繋いだとある場所にて、狼の姿を取り戻したグレイルとティンダロスの姿があった。
そこは清浄な気配が漂う神秘的な森の中。片耳と四肢、そして尾の先に黒い模様が入った、全身白銀の体毛を持つ巨大な狼が、大きな木を背にして鎮座していた。
グレイルこと乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』のラスボス、魔王ヴァナルガンドである。
対するは、全身を真っ黒な体毛に包まれた巨大な狼。自称魔王こと第八聖杯実験器ティンダロスである。
ティンダロスは目の前の光景に困惑していた。
「どういうことだ?」
ティンダロスはヴァナルガンドから負の魔力を核ごと奪うことで新たな力を得ようとしていた。
完成体であるヴァナルガンドと異なり、ティンダロスは魔力が飽和すれば自壊してしまう。そのためヴァナルガンドを取り込み、自分こそが完全なる魔王としてこの世界に新生するつもりだったのだ。しかし、グレイルは浄化された魔力と、負の魔力が混在している、もはやティンダロスとはまったく異なる存在になっていたのである。
普通、魔力が浄化されれば肉体を安定させることはできない。聖杯実験器とは負の魔力の集合体だからだ。ガルムでさえ、浄化された後は自力で残ることは難しく、メロディの『魔法使いの卵』で形を保ってどうにか長らえていたほどだ。
ヴァナルガンドは構造そのものがその状態を受け入れられるようになっていたのだ。
今、ヴァナルガンドを取り込めば、彼が有する浄化された魔力とぶつかり合い、むしろ弱体化する危険性さえある。完全に当てが外れてしまったわけだ。
ギリリと歯を食いしばるティンダロス。そして皮肉げに嗤う。
どのみち、今のヴァナルガンドは負の魔力の大半を失っておりほとんど無力だ。
敵とはなりえない。
(完全に当てが外れたが、我の勝利は揺るがない。これからは他にもいるはずの聖杯を捜して取り込む作戦へ切り替えればいいのだ。王都は我に陥落し、駒が増えることに変わりはない。我は何も失敗などしてはいないのだ)
「ふっ、ヴァナルガンドよ。お前は我が研究材料として生かしてやろう。いっそその核を抜き取って調査をしてもいい。お前はどちらがいい?」
ティンダロスが狼の口を嗜虐的に綻ばせると、グレイルは不敵に口元を歪ませた。
「……お前はあの聖女の恐ろしさを何も分かっていないのだな」
「なんだと? それはどういう――っ!?」
次の瞬間、二人がいる森の空間に強烈な白銀の光が差し込んだ。ティンダロスは驚愕するが、グレイルは若干呆れ顔だ。
「まったく、派手な娘だ。ほれ、抵抗できるものならやってみるがいい」
グレイルが光に包まれる。その瞬間、女性の細い腕がグレイルの頭を撫でた気がして、グレイルは光に包まれながらそっと瞳を閉じるのだった。
「何だと!? こんな力、我にかかれば! はああああああああああああああ! ……あ?」
ティンダロスは全力で白銀の魔力に抗おうと躍起になった。しかし、その力はあっさりと光の中へとかき消されてしまった。強烈な光の下では影が呑み込まれてしまうように、あっさりと。
こうして、魔王ティンダロスの黒い魔力はメロディの魔法によって白く浄化され、世界へと還ってい――。
『少しだけ待ってもらえるかな?』
夢の世界に、そんな声が木霊した。
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