第17話 小聖女のラストバトル
10/9 第8章全話一括公開!
「グルル、グルルルルッ!」
「……やっぱり、ダメか」
マイカは眉根を寄せてタイラントマーダーベアを睨んだ。あの魔物が相手では『誘導魔弾』の威力では致命傷にならないらしい。残りの魔力を考えるとちまちま攻撃している間にマイカ魔力の方が先に尽きてしまう可能性が高かった。
(やるなら全力、一点集中しかない。できるよね、ガルム!)
(できるよ! だけど、時間がかかっちゃう。マイカが狙われちゃう)
(時間か……)
マイカはクリストファーの方を見た。
「あいつの動き、止められない?」
「動き? ……俺達には無理だ」
クリストファーは首を横に振った。そして言葉を続ける。
「そういうのは魔法が得意なアンネマリーの方が向いてる。だけどあいつ今、魔法が封じられちまってるから」
「……魔法が封じられている?」
(まさか、アンネマリー様もシャドウゲッコーに? そういえば、この前の夜、彼女は魔物に襲われていたのに魔法を使っていなかった)
「一緒に来て」
「へ? うおおおおおっ!?」
クリストファーはガルムに咥えられ、思わず叫んでしまった。彼を咥えたままマイカはアンネマリーの方まで後退する。それに気付いたマクスウェルは慌てて彼らの下へ駆け出した。
警戒しているのかタイラントマーダーベアはその場から動かない。
ガルムとともに降り立ったマイカに、アンネマリー達は言葉が出なかった。神々しい白銀の姿に息を呑んだとも言える。ガルムは口を開き、クリストファーは地面に落とした。
そしてマイカは、ドレスの袖口から何かを包み込んだハンカチを取り出し、それをアンネマリーに差し出した。
「えっと、これは?」
「……舐めて」
「え? ……ええっ!?」
渡されたハンカチを広げると、中に入っていたのはアンネマリーがずっと捜していた物。『不思議な雑貨屋』でしか手に入らない回復アイテム、リフレッシュキャンディーであった。
「それを舐めたら魔法が使えるようになる。そうしたら、奴の動きをしばらく止めて。私が一撃で仕留める」
「……分かったわ。だけど、私一人で止めきれるかどうか」
「だったらシエスティーナ殿下、俺の剣をお貸しするのでアンネマリーに協力していただきたい」
「私に?」
了承しつつも躊躇うアンネマリーの傍らで、クリストファーはシエスティーナに銀剣を手渡していた。
「この剣を介して魔法を撃てば、奴にも魔法が通じるはずだ。二人で協力して奴の動きを封じてほしい。マクスウェル、奴の牽制を頼む」
「そうだね、攻撃にならなくとも目くらましくらいにはなってみせるよ」
「アンネマリー、頼む」
クリストファーに見つめられ、アンネマリーは首肯した。そして、リフレッシュキャンディーを口に入れた。
その瞬間、飴であるはずのそれは、一気に体中に浸透するように口内で溶けて消えてしまう。
アンネマリーはせき止められていた魔力が戻ってきた感覚を得て、不敵な笑みを浮かべた。
「我が手に来たれ『限定転移』!」
スカート裏、太ももに隠してあった銀の短杖が一瞬で手元に引き寄せられた。
「マクスウェル様、目くらましを! わたくしは上空から行きますのでシエスティーナ様は先程の魔法で奴の動きを封じてくださいませ! 我が身に軽やかなる足取りを『浮空歩』」
「承知した」
「あ、ああ、分かった!」
魔法で作った空気の足場を使って空中を駆けるアンネマリー。マクスウェルは『火矢』を連射してタイラントマーダーベアの視界を塞ぎ、シエスティーナはクリストファーから借りた銀剣に魔力を通して、それを地面に突き立てた。
「凍てつく大地に繋ぎ止めよ『縛霜』!」
先程よりも離れた場所から、まるで蛇が這うように強烈な冷気を宿した霜がタイラントマーダーベアに向かって延びていった。距離があるため、タイラントマーダーベアは回避しようとするが、アンネマリーがそうはさせない。
「星屑よ、連なり撓り打ち据えよ『星屑鞭』!」
短杖の先から、小さな星形の魔力が鎖のように連結し、鞭の形を成した。タイラントマーダーベアへと鞭が振り下ろされる。鞭は魔物を打ち据えるのではなく、足首をさらって八の字を描くように両足に巻き付いた。攻撃でないことが予想外だったようで、タイラントマーダーベアはうっかりすっころんでしまう。そしてそこにシエスティーナの『縛霜』が到着した。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
地面に仰向けに転がったことで、タイラントマーダーベアは下半身どころか腹と口以外の部分が霜で氷漬けにされてしまった。身動きが取れず、魔物の咆哮が周囲に響き渡った。
魔法の霜を維持しようと奮闘するシエスティーナ。氷の中で動こうとするタイラントマーダーベアを『星屑鞭』でどうにか拘束しようとするアンネマリー。二人の尽力でギリギリまでタイラントマーダーベアの動きを封じることができた。
その間、マイカは目を閉じ、ガルムの背に跨がったまま祈るように両手を組んでいた。そしてガルムが空を駆け上がった。アンネマリーと同じ魔法なのか、空中に足場を作って軽やかに天空を駆けていく。
アンネマリーより高く上がり、やがてガルムはタイラントマーダーベアの真上にやってきた。
魔物の拘束に集中する三人とは異なり、銀剣をシエスティーナに預けたクリストファーはじっとはるか上空のマイカを見つめていた。彼には、昼間の空に輝く星が現われたように見えたかもしれない。
極限まで高められた魔力がマイカの組まれた両手の中に集まり、指の隙間から強烈な光が漏れ出ていた。
そして、その時はやってくる。
マイカは両腕を広げた。手のひらの中にあった白銀に輝く光球は、バチバチと紫電を迸らせながらガルムの前に浮かんでいる。
(行くよ、ガルム!)
(いつでもいいよ、マイカ!)
マイカは両手を上へ掲げると、やがて閉じていた目を開き、合図をするように両手を一気に振り下ろした。
「「『銀星結界』タイプ・ミーティア」」
それは地上にいる者達にとっては一瞬だった。空から一条の光がタイラントマーダーベアへ向けて放たれたのだ。極限まで高められた小聖女の最後の魔力が、仰向けに倒れるタイラントマーダーベアの心臓を射貫いた。
瞬間、タイラントマーダーベアを中心に高熱が生じ、それは爆発となって周囲に衝撃波を生む。
((((まずいっ!))))
近くにいたクリストファー達が死の危険を感じる威力だった。タイラントマーダーベアを抑えていたアンネマリーの『星屑鞭』も、シエスティーナの『縛霜』も、一瞬にして蒸発してしまった。
このままでは地上にいる全員が犠牲になる。本能的にそう理解した四人だが、そうはならなかった。いつの間にかタイラントマーダーベアの周囲には結界が展開され、爆発に伴う熱エネルギーのほとんどは結界内に押し留められたのである。
とはいえそれでも完璧とはいえず、強風が吹き荒れ土煙が周囲に広がった。衝撃に耐えるようにクリストファー達は両腕で顔を守るなどの防御姿勢を取らざるを得なかった。
やがて土煙が晴れた頃、彼らが上空を見渡しても小聖女の姿は見つけられなかった。
上空で魔法を見守っていたマイカは、さすがにやりすぎたかとちょっとドン引きしていた。
「うわぁ、ちょっと想像以上かも」
「でもみんな守れたみたいだよ」
「ガルム、見えるの?」
「匂いで分かるよ」
ガルムがそう言った時だった。マイカは体がふらつき、ガルムからずり落ちてしまった。
「マイカ!」
落下したマイカを追おうとするガルムだったが、全ての魔力を使い切ったガルムは、白い大きな姿から、普段の豆柴くらいの大きさにポンと戻ってしまった。
マイカの変身も解けてしまい、彼女もまたガルム同様自由落下に身を任せるしかなくなっていた。
(ど、どどど、どうしよう! さすがにこれは想定外なんですけどおおおおおおお!?)
このままでは死んでしまうと慌てるマイカ。しかし、最早マイカに小聖女の力は残っていない。体力も限界のため身動きすらままならない中、幸運は訪れた。
「我が背を押すは疾風の御手『女神の息吹』」
「きゃあっ!」
「わひゃん!」
マイカとガルムは空中で何者かに抱き抱えられた。その人物は空中を飛翔したのではなく滑空するような体勢だったので、二人を担ぎ上げたまま勢いよく空を滑っていった。
やがて二人と一匹は現場から離れた木の上に足を止めると、リュークはマイカとガルムを木の根元へ下ろした。見上げたマイカはその人物に目を見開く。
「リューク! どうして?」
「……お前が帰ってくるのが遅いから迎えに来ただけだ」
リュークは表情を崩すことなく、マイカからそっと目を逸らしてそう告げた。
「……何も聞かないの?」
「……必要ないだろう?」
「ふーん、そっか……助けに来てくれてありがとう、リューク」
「……疲れただろう。運んでやるから少し休んでおけ」
「うん、分かっ――」
ホッと安堵したのも本当に束の間だった。
ドンッ! と大きな音が立ち、マイカとリュークは慌ててその方向を見た。
「……何あれ?」
マイカの呟きに答えを返せる者はいなかった。貴族区画のどこかから大きな黒い柱が立ち上り、それは王都全体を包み込む黒い半球状の結界を形成していたのだ。
「一体何が起きて……リューク?」
見ればリュークが倒れていた。どうしたのかと慌てるが、彼は寝息を立てて眠っているだけのようだ。それはガルムも同じで、ぐったりと意識を失っている。
そしてそれは、マイカにも訪れた。
「ねむい……」
疲労もあって耐えきれず、マイカは黒く染まる空を見上げながら意識を手放してしまった。
◆◆◆
「皆様、ごきげんよう」
「……セレディア様」
真っ黒なドレスに身を包むセレディアが優雅に微笑む。相対するメロディ、ルシアナ、レクト、セレーナ、そしてグレイルは硬く身構えるのであった。
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