第14話 突発イベント発生
10/9 第8章全話一括公開!
「これが当家からの紹介状だ。持って行きなさい」
「ありがとうございます、閣下。それでは行って参ります」
「ああ、先方によろしく伝えてくれ」
「畏まりました。では」
十二月二十日の午後。昼食を終えたレクトは執務室に赴くと、材木商の紹介状を受け取ってルトルバーグ邸へ向けて出発した。
メロディが雪囲いに関する質問の手紙をレクトに送ったものの、レクトもあまり詳しくなかったので屋敷で同僚に尋ねたところ、気が付けばクラウドの耳に届いていたのである。
ルトルバーグ家には世話になっているからと、クラウドが材木商の紹介状を書いてくれたのだ。
まあ、それは名目にすぎず、実の娘だと分かったメロディに何かしてあげたかったからに他ならないのだが、それを知る者はどこにもいなかった。
それからしばらく、仕事に集中していたクラウドに声が掛かる。
「旦那様、セレディア様がいらっしゃったそうです」
「……セレディアが?」
クラウドは怪訝そうな顔でサイラスを見る。
「セレディアは伏せっていたのではないのか?」
「今朝から調子が戻ったようです。お会いして話したいことがあるそうですが」
「……今は仕事で忙しい。夕食を一緒にすればいいからそれまで待つように言ってくれ」
「畏まりました」
執事のサイラスはクラウドの言葉を受け入れ、扉へ向かった。
その間、クラウドは少し強く言いすぎたかと内心で反省していた。
(少し態度がきつかっただろうか。いや、しかし、彼女は……だが……)
セレディアはクラウドの本当の娘ではないことが判明した。しかし、セレナから「見守ってあげて」と頼まれている。クラウドはどう接していいかいまだに分からなかった。
(ふぅ、夕食までには私自身、いい加減心を決めなければな)
「失礼しますわ、お父様」
クラウドの内心の悩みなど知ったことではないとでも言うように、セレディアが入室した。
普段からは似つかわしくない、真っ黒なドレスを身に纏っており、少し異様な雰囲気だった。
「セレディア? 話なら夕食の時に聞くと伝えたはずだが……サイラス?」
「……旦那様、セレディアお嬢様のお話を聞いてあげてください」
「サイラス……?」
クラウドは怪訝な顔で執事を見つめた。いつものキリッとした表情が、随分と柔和な笑顔に見える。それでいて生気が感じられない。急にどうしたというのだろうか?
(少し目を離した隙に何が起きた? ……セレディア?)
彼女がサイラスに何かしたとでも言うのだろうか。この短い時間で何ができたというのか。
「お父様、私、大切なお話がありますの」
だが、困惑するクラウドを無視して事態は進行する。サイラスがクラウドの許可なく執務室の扉を開放し、セブレを筆頭に、レクトを除いた護衛騎士達がぞろぞろと室内に入ってきたのだ。
「お前達、何をしているのだ」
「「「「「旦那様、セレディアお嬢様からお話があるそうです」」」」」
全員が口元に笑みを浮かべ、それでいて瞳には光が宿っていない。極めつけは今の言い草である。まるで心のこもっていない口ぶりに、クラウドは背筋に寒いものを感じた。
「……セレディア、まさかこれはお前が皆をこのようにしたというのか」
眉間にしわを寄せてクラウドが訪ねると、セレディアは嬉しそうに微笑んだ。
「皆さん、誠心誠意私に心を預けて仕えてくれるそうなのです。素敵だと思いませんか」
「お前には、これがそのように見えるのか?」
「ええ、もちろんです。今ではこの屋敷の全ての住人が私に臣従してくれているのですよ」
「……なんだと?」
「そして、最後はお父様も心から私を愛してくれるようになるわ。こんなふうに」
セレディアの全身から黒い靄のようなものが溢れ出した。セレディアがクラウドに向けて手を伸ばすと、靄は意思を持ったようにクラウドへ襲い掛かった。
「これは! ぐううっ!」
「さあ、お父様。私に心を差し出して、父親として私を誠心誠意支えてくださいませ」
「ぐううううううっ!」
クラウドの全身を黒い靄が纏わり付き、その不快感から彼はうめき声を上げた。
(これはまさか魔法なのか? 他者の心を奪う魔法? そんなものが実在すると言うのか!?)
苦しみながらもクラウドはなぜか冷静に状況判断ができていた。
(この魔法があればセレスティの故郷の人間を騙すことも難しくはない。ああ、なんということだ。セレディア、お前は最初からセレスティに成り代わるために我が家にやってきたのだな……!)
胸を押さえて苦しみながら、クラウドはキッとセレディアを睨み付けた。その様子に、セレディアは怪訝そうに首を傾げる。
「……おかしいわ。お父様、なぜ私に心を差し出してくださらないのですか? なぜ?」
スッとセレディアの目が細められ、彼女の瞳に黒い魔力が集まる。メロディやアンネマリーと同じく、瞳に魔力が集まることで魔法を読み解く力を向上させていた。
そして、強化された瞳でクラウドを捉えたセレディアは、驚愕に目を見開いた。
「驚いた。お父様、あなた、白昼堂々と意識を保ちながら……夢を見ているのね」
「ゆ……め……?」
息苦しそうに胸を押さえながら、クラウドはセレディアの言葉を反芻した。
「その夢がお父様を守っているせいで、私の魔法で支配できないのだわ」
「夢……ああ、そうか、夢か……」
クラウドはクスリと笑った。その夢とやらに心当たりがあったからだ。
「そうか、私はまだ、夢を見たままなのか」
セレディアは不機嫌そうに口元を歪める。まるで幸せそうに微笑むクラウドに不快感を覚えた。
「ふんっ、まあ、よろしいですわ。お父様が私に心を差し出してくださらないと仰るなら、せめて私の邪魔にならないよう拘束させていただきますわ」
「――っ!」
騎士達が襲ってくるのかとクラウドは胸を押さえながら身構えた。しかし、彼らは動かない。
「心配しなくとも、彼らはお父様を傷つけたりしませんわ。護衛騎士なのですから」
「では、どうやって私を拘束するというのだ」
「こうやって、ですよ……はあっ!」
「なっ!?」
セレディアの足下から靄というよりも汚泥と言った方が分かりやすい、黒い魔力の塊がなだれ込む土砂のようにクラウドに襲い掛かった。
靄に苦しんだクラウドに避ける暇などなく、一気に全身が埋もれてしまい、一瞬で溺れたように呼吸ができなくなった。
室内から黒い魔力が霧散すると、クラウドはぐったりと意識を失ったまま執務室の椅子に腰掛けて眠っていた。
「黒き悪夢の中でゆっくりお休みください、お父様。悪夢に心が耐えきれなくなった時、またお会いしましょう。それまで、伯爵家は私が差配しますのでご心配なく」
眠るクラウドは答えない。しかし、セレディアは上機嫌でその様子を見つめていた。
そして彼女は次なる手を打つ。
「これで満足する私ではありませんもの……我が名はティンダロス。不完全な聖杯などではなく、完全なる力を手に入れる。そのためには、ヴァナルガンドを我が手に!」
令嬢から魔王へと口調を変え、セレディア、否、ティンダロスは王都全域に感知の網を広げる。
「いつまでも我から逃げ果せると思うなよ、ヴァナルガンド、そして聖女よ!」
そして、とうとうティンダロスはヴァナルガンドの居場所を感知し、驚愕した。
「あそこは……ああ、そうか、お前はずっとあそこにいたのだな!」
ティンダロスが突き止めたのは、ルトルバーグ伯爵家の敷地内だった。セレディアとしてお茶会に参加したあの時、既にあの屋敷に潜伏していたのだ。それに気付かずシュウという男とのお茶会を楽しんでいたのだから、ティンダロスにとっては滑稽な話と思えただろう。
続いてティンダロスは聖女の気配を発見した。その力は王立学園から感じる。
「ヴァナルガンドにしろ聖女にしろ、本当に力を隠すのが上手いことだ。どちらも微々たる魔力しか感じない。今の私が最大限に網を広げてようやくなのだから」
敵ながら大した物だと、ティンダロスは苦笑気味にヴァナルガンドと聖女を褒め称えた。
「……我がヴァナルガンドを手に入れるのに、聖女が邪魔立てする可能性があるか。ふむ、こちらから先手を打っておくか……行け」
ティンダロスは、ヴァナルガンド大森林に残っていた配下の魔物に命令をした。近くの木陰が揺れ動き、魔物が足を入れると引き寄せられるように陰の中へ姿を消してしまった。
「ふむ、相手が真なる聖女であるならば時間稼ぎにしかならぬだろうが、それで十分だろう」
ティンダロスは部屋の角に向かって歩き出した。そして、その姿は影に吸い込まれて消えてしまうのだった。
◆◆◆
「う、うーん、こんな感じだろうか……?」
同じ頃、王立学園の女子上位貴族寮で一人、シエスティーナはウィッグを被っていた。メロディに選んでもらった平民用のドレスを身に纏い、姿見の前で何度もポーズを決める。
王立学園が休みである本日、敷地内ならばという条件で侍女さえ排してシエスティーナは一人で過ごす権利を得ていた。
侍女のカレナ達はシュレーディンの捜索などで忙しくしている。シエスティーナはシュレーディンの動向を把握できないと身動きが取れないため、このような状況になっていた。
「静かなものだな」
休日の王立学園を散歩するシエスティーナ。王都に実家がある者の多くは、休日になるとそちらへ帰ることが多いので、その分学園内は人が少なくとても穏やかな時間が流れていた。
(まあ、あまり人が多いとこうして気軽に歩けないし、ちょうどよいのかもね)
メロディと王都を散策できたおかげか、ウィッグ姿への抵抗感は大分薄れていた。今日は、先日にメロディと入った雑貨屋で購入した花柄のバレッタで髪をまとめている。
それだけで新しい自分になったみたいで、しばらく姿見から離れられなかった。他の人には絶対に見せられない光景だなと、少し頬を赤らめつつシエスティーナは散歩を続けた。
やがて彼女は学園の最奥にある庭園に到着した。学園舞踏祭でクリストファーとアンネマリーが花火の魔法を披露した場所である。
「しばらくここでゆっくり過ごすの悪くないかな……おや?」
庭園にある四阿で少し休もうかと考えていると、そこには先客となる三人の男女の姿があった。
「え? シエスティーナ様?」
「アンネマリー嬢にクリストファー殿下、それにマクスウェル殿まで。こんなところで何をされているのですか」
「いやあ、ちょっとした話し合いというか団らんといいますか……」
「私達は幼馴染で、久しぶりに三人でお茶会をしていたところなのですよ」
曖昧な言い方になったクリストファーを補足するように、マクスウェルが教えてくれた。シエスティーナには幼馴染はいなかったので、少し羨ましくある。
「そんなことよりシエスティーナ様、その格好はどうされたのです?」
興奮気味のアンネマリーが尋ねた。
「先日、友人に見立ててもらった服なんだ。自分では似合うと思うのだけどどうかな?」
「とてもよくお似合いですわ。この髪が学園舞踏祭でメイド姿になった時に付けていたものですか。まるで本物の髪のよう。今日は後ろをまとめていますのね、美しいわ」
アンネマリーはうっとりした表情でシエスティーナを見つめていた。美少女大好きアンナちゃんは健在である。
前に後ろにとシエスティーナの周りを回りながら、アンネマリーはシエスティーナを褒めちぎった。学園舞踏祭で彼女のメイド姿を見られなかったことが相当悔しかったようだ。初めて見るロングヘアのシエスティーナを心に刻みつけようと必死である。
そして当然、それについていけない男性陣は呆れ顔だ。
「あいつ、ああなるとなかなか戻ってこないんだよな。今日の話し合い、どうする?」
「こちらの方が静かに話し合いができるかと思ったのですが、完全に想定外でしたね」
二人はこっそりため息をついた。そして、その時だった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「「「「――っ!?」」」」
庭園の奥、木々の影から獰猛な雄叫びが響き渡った。その低くも猛々しい声音にクリストファー達は思わず身構えた。そして、現われた魔物に驚愕する。
見た目は地球のグリズリーに似ているが、大きさはさらに二回り大きかった。
「あれはまさか、タイラントマーダーベア!? ヴァナルガンド大森林の魔物がどうしてここに?」
よく勉強しているのだろう、シエスティーナは魔物の種類を言い当てた。
そして、メロディの魔力で作られたウィッグを被る少女を、タイラントマーダーベアはロックオンしたのである。
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