第13話 動き出したセレディア
10/9 第8章全話一括公開!
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「行ってきます、メロディ」
十二月十六日の朝。ルシアナの登校を見送るとメロディはいつも通り仕事に取り掛かった。
掃除や洗濯をパパッと終わらせるが、やはり魔法を使えなくなった分だけ負担は大きくなる。特に水は井戸から汲んでこなければならないので、必要な分を準備するとなると井戸を何度も往復しなければならない。
幸い、ルシアナの部屋は上位貴族寮の二階なのでそこまで大きな負担にはならないだろうが、それでも女性の細腕で水一杯の桶を持って階段を上り下りするのは大変なことだろう。
リュークがいればお願いしたいところだが、今の学生寮にはメロディのみ。彼女が一人で頑張るしかなかった。
「ふぅ、ふぅ、働くって素晴らしいわ」
だが、メロディにとっては苦行ではないらしい。体に負担の掛かりにくい運び方を習得しているので、もちろん疲労はあるが特別つらい仕事という認識はなかった。
むしろ、これまで魔法があったためにできなかった仕事をすることができて、メイドジャンキー的にはご褒美案件であった……ジャンキーって恐ろしい。
(でも、水の質でいうとやっぱり魔法で用意した方がいいのよね。悩ましいわ)
いっぱいになる水瓶を眺めながら、メロディは頬に手を添えてため息をついた。自分の達成感を取るか、質のよい水を用意して実利を取るか。本当に悩ましい……しかし、そこはメロディ。『世界一素敵なメイド』を目指す身として、ルシアナの生活水準を守ることこそが重要と結論付けた。
(やっぱり早く魔法を取り戻して、メイドとしてお嬢様を満足させなくちゃ! やるわよ、私!)
メロディは闘志を燃やすのだった。
十二月九日にセレーナが倒れてから、メロディは魔法を復活させる方法を模索していた。
セレーナへ魔力供給が可能だったことから、メロディはこの魔法封印は彼女の魔力そのものを封じているわけではないと理解した。
また、じっくりと自身の内側へ意識を向ければ、体内を巡る魔力を感じることができた。その魔力を精査したところ、魔法が発動する直前に相殺していることが分かった。これはメロディ自身が無意識に対抗魔法を構築しているようなのだ。
これらの事実から、おそらくシャドウゲッコーが吐いた煙には、魔法使いの魔法制御能力を狂わせる効果があったのではないかと、メロディは推測している。
力で押さえつけるのではなく、その方向性を弄ってやることで魔法の発動を阻害しているのだ。そのおかげか、メロディはほんの少しだが封印の穴を付いて力の一部を取り戻している。
瞳に魔力を集め、目に映る魔力を認知する力だ。いつも黒い魔力を判別する時に重宝している。
このことからシャドウゲッコーの力はメロディの体内で完結する魔法ならば使用できることが分かった。一応確認してみたが、これまでに使ったことがある魔法で使えるものはなかった。
黒髪に染める『黒染』や体を透明にする『透明化』などは肉体に作用する魔法なので使えそうに思えるが、他者の視力に影響を与えるために魔法が体表に放出されているため、使うことはできなかった。
これまでに使った魔法が解除されなかったことは、メロディにとって幸運だっただろう。
そうした理由から魔法の力を取り戻す方法はあるはずだと、メロディは考えていた。
(……今のところ成果は出ていないけど)
窓の拭き掃除をしながら小さなため息が零れる。放出しない限り体内の魔力を操作することはできるので、ここ数日は色々試しているのだが今のところ魔法が復活する兆しは得ていない。
(昨日やった『体内で魔法を発動させる』方法は上手くいくかと思ったんだけどな)
シャドウゲッコーの魔法は外界へ放出することをトリガーとして、その直前で魔法を相殺するよう暗示のようなものが駆けられていると、メロディは考えている。
であれば、体の内側、例えば胃の内部に発動させることはできないだろうかと、一つの仮説を立てた。明かりの魔法『灯火』を体内で発動させ、そこから何かしら手がかりが得られないかと考えたのだが、残念ながら実験は失敗した。
この力がどこまで厳密に判断しているか不明だが、おそらくメロディの肉体以外の場所に発現させようとしている時点で『放出』と認識しているのだろう。体内であっても、空気中に現われるのなら、それはもう体外なのだ。
他にも、魔法の発動と相殺を何度も繰り返して魔力を空っぽにしてはどうかと実践してみた。
しかし、小さな魔法ではメロディの魔力回復速度にまったく追いつかず、強い魔法を使おうとするとブレーカーが落ちたように途中でどちらの魔法も一旦解除されてしまうのだ。
これはシャドウゲッコーのせいなのか、それとも自己防衛反応的なものなのか、メロディにも判断が難しい。だが、どちらにせよ、この方法でも上手くいかなかったのである。
「だけど絶対に諦めないわ! セレーナのためにも、お嬢様のためにも!」
メロディは自身の意気込みを示すように、力一杯窓拭きに精を出した。その際、外の景色がチラリと見える。視界の端に、学生寮の前に広がっている庭園が見えた。中には四阿もあって、時折生徒達が屯する場所でもある。
そこでは多くの庭師が集まって作業をしていた。複数の細長い木材と縄を使って庭園の木々を囲い込んでいるのだ。いわゆる雪囲いというやつである。
(そういえば、最近よく見かけるようになったかも。学園内の他の庭園でも作業をしてたような)
そこでメロディはハッとした。つまりこれは、ルトルバーグ家でも必要なのではないだろうか。
「王都ってどれくらい雪が降るのかしら。以前お嬢様と話した時は、王都の雪は時々程度って聞いたけど、雪囲いをするならどれくらい降るのか確認しておかないと」
どうやら、魔法の力を取り戻すことで頭がいっぱいで色々と見落としていたようだ。メロディは早々に窓拭きを終えると、昼休みになったので使用人食堂へと歩き出した。
◆◆◆
「雪囲い? 確かに毎年やってるわね。多分、インヴィディア家ではもう終わってるはずよ」
食堂で同席したサーシャからの回答がこれである。
「そんなにたくさん降るんですか? 時々降る程度と聞いていたんですが」
「うーん、一年を通したらそんなに多くないんだけどね。毎年じゃないけど、降る時はどかんと積もったりするのよ。その冬の最初の雪でそうなることが多いわね。だから大体のお屋敷が雪囲いをやるのよ。この時期の庭師はひっぱりだこね」
「今からで間に合うんでしょうか?」
メロディが尋ねるとウォーレンが答えてくれた。
「やるなら早い方がいいよ。大体一月に降り始めることが多いけど、早ければ十二月の下旬の時もあるからね。でも、今から庭師を呼べるかな。どこも手一杯だろうし」
「最悪、素人でも何でもやっておいた方がマシなんじゃないか」
「ブリッシュの言う通りかもね。サーシャ、ブリッシュ一人くらいなら手伝いによこせるんじゃない? 力仕事は得意だし」
「ウォーレンは手伝う気ないんだな」
笑顔のウォーレンにブリッシュはジト目を向けた。だが、ウォーレンには効果がなかった。
「ほら、小柄でか弱い俺に力仕事は無理だから」
「いやお前、水汲みとか普通にやるだろ」
「どのみちウォーレンは学生寮で一人なんだから手伝うのは無理でしょ。ブリッシュ、お嬢様に許可をもらえたら手伝ってあげなさいよ」
「……まあ、いいが」
「ありがとうございます。でも、とりあえず、一度お嬢様と相談してみますね」
とても協力的な三人から情報を得ることができ、メロディは笑顔でお礼を言った。
◆◆◆
「――ということなんですけど、どうしましょうか?」
「ええ? そんな話になってるなんて知らなかった」
ルシアナが帰宅した夕食後、メロディが相談するとルシアナも困ったような顔で返事をした。
「うちって誰も王都でちゃんと暮らしたことがある人がいないものね。全然気が付かなかったわ」
「旦那様や奥様がお気付きということは……」
「もう! あのうっかり夫婦にそんな気配りができるなら、私は幽霊屋敷に来てないわ!」
メロディは思わず「ですよねぇ」と言いそうになる口をどうにか押さえ込むことができた。
「とりあえず、私からお父様に手紙を送ってみるわ。実際にどうするか決めてもらわないと。庭師が用意できないなら最悪私達でやらないといけないわね」
「それは構いませんが、問題は木材を用意できるかですね……私の魔法が健在なら、保管していた森の木を活用できるんですけど」
メロディはため息をついた。魔法が使えれば材木も人員も確保に困ることはなかったのだ。大したことはないと考えていた頃の自分を叱ってやりたいと、メロディは思うのだった。
「人員はともかく確かに材木がなくちゃ作業ができないわね。お父様に伝手があるかしら?」
「うーん、私も相談できる相手となると……レクトさんくらいでしょうか。王都の慣習とか、手紙で質問してみますね」
「……癪だけど仕方ないわね。まあ、使えるものは騎士でも何でも使いましょ」
その後、手紙を受け取ったレクトを通じて、レギンバース伯爵が懇意にしている材木商への紹介状を書いてくれることになるのだが、今のメロディは知る由もなかった。
「ところでお嬢様、期末試験はどうですか」
「うっ、ま、まあ、何とかやってるわ」
雪囲いの相談に一段落ついたところで話題が切り替わった。
十二月十四日から十八日までの五日間は、期末試験期間である。今日はちょうど真ん中の三日目である。
「歯切れが悪いですね。どこか難しかったですか」
「いやぁ、そういうわけじゃないんだけど……」
メロディのことは大大大好きなルシアナだが、同時にメロディはスパルタ家庭教師の申し子でもあるので、勉強関連の質問をされるとついどもってしまうのである。
「とりあえず手応えは十分あるから問題ないわ」
「それはよかったです」
特に気にした様子もなくニコリと微笑むメロディに、ルシアナはホッと安堵の息をついた。しかし、気になることでもあるのか少しだけ表情が陰る。
「どうかしたんですか、お嬢様」
「うーん、私のことじゃないんだけど、セレディア様がずっと休んでいて、とうとう期末試験になっても戻ってこなかったから大丈夫かなって……」
ルシアナとしては、シュウとのお茶会で会ったのが最後であっただけに、お茶会に不手際でもあったのではという心配もあるが、レギンバース家から苦情が来るわけでもなく、ルシアナもお見舞いの手紙を送ったが断られていたのでやはりセレディアの病状が心配であった。
「早く良くなってくれればいいんだけどねぇ」
「……そうですね」
セレディアは初めて会った時から儚げな印象の少女だった。だけど、シュウとのお茶会では終始楽しそうで、これからも学園生活を満喫するのだろうと思っていたのだが、現実とは非情である。
「本当に、早く元気な姿が見たいですね」
メロディはそう言いながら、窓の外に目をやった。雪こそ降っていないが、既に十二月も半ば。窓を揺らす外の風はとても冷たそうで、セレディアが暖かくして休んでいるか少しだけ心配するメロディであった。
◆◆◆
それは、マイカが小聖女の活動を自粛し始めて一週間ほど経った頃だった。
十二月二十日。今日は王立学園が休みの日である。
レギンバース伯爵邸で働く侍女は、自分が仕える主の部屋を訪れて目を見張った。
「まあ、セレディアお嬢様!」
「おはようございます」
「おはようございます。ですが、ベッドから立ち上がったりして大丈夫なのですか!?」
慌てた様子で侍女はセレディアの下へ向かった。昨夜まで慢性的に高熱で予断を許さぬ日々だったというのに、今日のセレディアはとても顔色がよかった。
「お嬢様、失礼します。熱は……ございませんね。どこかつらいところはありませんか」
侍女はセレディアの額に手を触れると、平熱であることを確かめた。他にも体調に問題がないか確認するが、セレディアは笑顔で「大丈夫よ」と答えるだけであった。
「そうですか。ですが、お嬢様の体調がお戻りになられて本当にようございました」
安堵したように微笑む侍女へ、セレディアもまた笑みを返した。
そして――。
「あなたの献身に感謝するわ。おかげでほら、こうして自由に力を使えるようになったの」
「え? な、なにを、あああああ、あああああああああああっ!?」
突然、セレディアの全身から黒い靄のようなものが噴出した。思わず後退る侍女だが、靄は彼女の全身に纏わり付き、彼女は頭を抱えながら悲鳴を上げ始めた。
「安心なさって。それはあなたを害する物ではないわ。ただちょっと私に身を委ねてくれればいいのよ。もう、嫌々私の世話をする必要はないの。心から仕えられるようになるわ」
「ああああああっ! 私は、そんな、私はお嬢、様を……あああ……ああ……」
怪我をしたわけでもないのに、何かに襲われたような不快感とともに、侍女は次第に静かになった。侍女の肩がガクリと落ち、やがてゆっくりと姿勢を正してセレディアにカーテシーをした。
口元で笑みを浮かべる侍女は、先程までと異なり、その瞳は虚ろで暗い。まるで人形のように瞳から光が失われていた。
「お待たせいたしました、セレディアお嬢様。これより私はあなた様に誠心誠意お仕えいたします」
「ええ、よろしくね。まずは湯浴みの準備をしてくださる? 最近、ずっと寝たきりだったからさっぱりしたくて」
「畏まりました。すぐに準備いたします」
侍女が部屋を出ようとした時、扉をノックする音がした。
「セブレです」
虚ろな侍女がセレディアへ視線を向けると、彼女はニコリと微笑んで頷いた。侍女はそれを肯定と捉え、部屋の扉を開けてセブレを招き入れる。
「おはようございます、セレディア様……っ、起き上がってよろしいのですか?」
「ええ、もうすっかりよくなりましたの」
「それはよかったです。おや、侍女殿はどちらへ」
セレディアへ挨拶をするセブレを余所に、侍女は部屋を出ていこうとしていた。護衛騎士とはいえ男性のセブレと女性のセレディアを二人きりにするのはよくないことだと、侍女は理解しているはずなのにどうしたのだろうか。セブレは首を傾げた。
「お嬢様の湯浴みの準備をして参ります」
「そ、それは……コホン、では、私は一度退室いたしましょう。後ほど伺うということで」
「あら、セブレ様。私、少しあなたにお話がありますの。よろしいですか?」
「ええ、もちろん構いませんが」
「では、もう少し近くに来てください」
「それは、しかし……」
「大きな声を出すのはまだ少しつらいのです。ダメですか?」
「わ、分かりました。そちらに参ります」
そんなやり取りがあるうちに、侍女はこっそりと部屋を後にした。扉を閉め、セレディアの命令通り湯浴みの準備に向かう。
「ああああっ! お嬢様、何をおおおおおおおおっ!」
扉の向こうからセブレの悲鳴のような声が聞こえたかもしれないが、虚ろな瞳で歩く侍女が気にすべきことではなかった。
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