第12話 マイカとアンネマリー
10/9 第8章全話一括公開!
時間は少し遡る。同日の夕方。変装を解いたアンネマリーとマクスウェルの姿が王立学園のサロンにあった。
「今日もお付き合いいただきありがとうございます、マクスウェル様」
「構いませんよ、アンネマリー嬢。とはいえ、なかなか見つからないものですね、例の雑貨屋は」
「ええ、本当に……」
アンネマリーはアンナ、マクスウェルはマルクという平民に扮して放課後に『不思議な雑貨屋』の捜索を行っているが、成果は芳しくない。つまり『不思議な雑貨屋』は見つかっていなかった。もちろん小聖女の手がかりもない。
アンネマリーが漏れ出そうなため息を我慢していると、マクスウェルが口を開いた。
「一旦、捜索を打ち切った方がよいかもしれませんね」
「えっ!?」
「そろそろクラスメートの誘いを断り続けるのも限界なのではありませんか?」
「うっ、それは……」
先月の終わりから放課後はずっと『不思議な雑貨屋』捜しに時間を当てていたので、クラスメート達との付き合いを断り続けていた。気が付けばもう三週間近く経っており、確かにマクスウェルの言う通り、いい加減彼らも痺れを切らす頃かもしれない。
「来週は期末試験もあります。根を詰め過ぎてもよくありません。一旦気持ちを切り替える意味で捜索は休まれてはいかがですか」
「……分かりました」
「私はこれまでに集めた情報を整理しておきます。平民区画で広まっている噂話も気になりますし」
「ええ、それはおそらく魔王の暗躍でしょう。そちらもどうにかしないと……」
「アンネマリー嬢」
「あっ、はい」
「気持ちは分かりますが、今はできることをしていきましょう。大丈夫、まだきっと間に合います」
「……そう、ですね」
アンネマリーはどうにか笑顔を取り繕って、サロンを後にした。そして、明日は王立学園が休みの日なので、彼女はこの後、王都の屋敷へと帰って行った。
(……眠れない)
侯爵邸の自室で、天蓋を眺めながらアンネマリーはため息をつく。なかなか寝付けないようだ。
ゆっくり起き上がると、アンネマリーはベランダへと歩を進めた。
ベランダから王都の闇夜を覗く。暗い夜空を淡い月の光が照らして、アンネマリーの心情とは裏腹に王都の空は穏やかだった。
(綺麗な空……なんだか、あの夜のことを思い出すわね)
それは学園舞踏祭の夜のこと。アンネマリーとクリストファーが協力し、魔法で花火を実現した直後に起きた不思議現象。王都の空に敷かれた白銀の魔法陣。彼女にできる『凝視解析』を使っても、何の魔法なのかさっぱり理解できなかった。
「規模が大きすぎて全然分からなかったのよね。こんなふうに『凝視解析』を使っても何が何やらで……え?」
アンネマリーはついいつもの癖で『凝視解析』を使おうとした……ら、使えてしまった。彼女の双眸に魔力が宿り、魔法を読み解く瞳が顕現する。
「どうして? シャドウゲッコーに魔法を封じられたはずなのに……あっ、もしかして、これってステータス表示!?」
乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』では、主人公である聖女やクリストファーなどの仲間のステータス情報をいつでも見ることができた。それはこのゲームだけでなく、一般的なゲームであれば当たり前の機能で、疑問に思う余地すらなかった。そのはずだった。
しかし――。
「……もしも、ステータス表示が『凝視解析』みたいな鑑定系の魔法なのだとしたら」
各キャラクターのステータス表示、アイテムの鑑定、魔物のステータス情報など、ゲームでは仕様で説明がついた力が、現実世界では魔法の一種なのだとしたら。
「……シャドウゲッコーの魔法封じには、何か穴がある? 『凝視解析』が使えるなら、他の手がかりを見つけることだって――あれは?」
まさかの気付きを得て、ベランダから夜空を眺めながら考え事をしていたアンネマリーは、視線の先で何かが光った気がした。
アンネマリーの『凝視解析』は一瞬だけ、とある認識阻害の魔法を看破したのだ。
「まさか、今のは……!」
ほんの一瞬だけ見えたそのシルエットは巨大な狼。『凝視解析』が視力も強化してくれたようで、アンネマリーはそれを、狼の背にのる幼い少女の姿を見逃しはしなかった。
「あれは、小聖女!」
(ずっと見つけられなかった小聖女があんなところに! 取り逃がしちゃダメ!)
慌ててクローゼットから上着を取り出すと、アンネマリーは寝間着の上に上着を羽織ってこっそりと屋敷を飛び出した。もちろん小聖女を追うためだ。
「確か、こっちの方だったはず」
アンネマリーは周囲を見回しながら貴族区画の路地を走った。既に真夜中に差し掛かる頃で人気はなく、アンネマリーは一人で暗い路地を進む。
(もうどこかへ行っちゃったのかしら?)
見えたのは一瞬。大体の方角を頼りに小聖女を目指したが、そう簡単に事は進んでくれないらしい。アンネマリーが小聖女を完全に見失ってしまったと、肩を落とした時だった。
カツ、カツ、カツと、背後から足音が近づいた。
(……こんな時間の貴族区画に誰が?)
アンネマリーは今の自分が大変無防備な姿であることを思い出し、身構えながら背後を振り返った。しかし、そこに人の姿は見当たらない。少女の細い喉がゴクリと鳴る。
(これってもしかして、平民区画で広まってる噂話のやつなんじゃ……)
つまり、魔王による刺客だ。アンネマリーはゆっくりと後退り、そして反転して走り出した。
カツ、カツ、カツと、足早にアンネマリーを追い掛ける足音が響いた。
(くっ、一体どこから……見つけてやる! 『凝視解析』!)
アンネマリーの瞳に魔力が宿り、彼女は周囲の魔力を探った。そして、少し離れた物陰から大きなトカゲを象った影を目にすることが出来た。反応は近くに二つと少し離れたところに一つ。
(またシャドウゲッコー!? 魔王ってばシャドウゲッコーを重用しすぎよ! きゃっ!)
悪態をつきながら走っていたのが悪かったのだろう。アンネマリーは転んでしまう。どうにか膝に怪我を負わないよう受け身を取ることはできたが、魔物は待ってはくれない。
噂では直接危害を加えられることはないという話だったが、信用できるはずもない。こちらの不安を煽るように、シャドウゲッコーは足音を鳴らしながら影を伝って近づいてきた。
飛び込んできたらぶつけてやる、と履いていた靴に手を掛けようとした時だった。
アンネマリーの頭上から輝く白銀の光弾が影に潜むシャドウゲッコー目掛けて降ってきた。隠れていようがお構いなしに、白銀の力が二体のシャドウゲッコーを襲う。
そして、アンネマリーを悩ませた魔物は、彼女の手に掛かる前にやられてしまったのである。
(これが、小聖女の力……彼女の力を借りられれば!)
アンネマリーは光弾が降ってきた方を見上げた。大きな白い狼に乗ったままの少女がこちらを見下ろしていた。
何か声を掛けなければ。アンネマリーはそう思ったが、何を話せばいいのか分からなかった。
しばしこちらをじっと見つめる小聖女だったが、彼女は踵を返しこの場を去ろうとする。アンネマリーは慌てて小聖女を呼び止めた。
「待って! 魔物はあと一体残っているわ!」
アンネマリーの叫びを聞いた小聖女はピタリと足を止めた。そしてゆっくりと振り返り、アンネマリーに尋ねる。
「……まだ一体残ってる?」
「あっちよ!」
アンネマリーが指差した方を、小聖女はじっと見つめた。そして魔法を放つ。
「『誘導魔弾』」
あちらでも魔物を見つけたようだ。小聖女が放つ光弾が影に潜んでいたシャドウゲッコーを打ち抜いた。
「グエエエエエエエエッ!」
断末魔の叫びを上げながら、三体目のシャドウゲッコーは消えてしまうのであった。
やがて周囲に静寂が戻る。他に魔物の姿はなくアンネマリーはホッと息をついた。そしてハッと我に返ると小聖女に話しかけようとして、思わず目を見張った。
小聖女の全身が白銀に輝いていたからだ。
(何事っ!?)
パッと周囲を白銀に染められ、アンネマリーは思わず腕で視界を隠した。光が消える頃には、小聖女の姿を見つけることはできなかった。
周囲を見回すが小聖女の姿はどこにも確認できない。
(今のは何だったのかしら……?)
勧誘とか質問とか、全くそんな余裕はなかった。おそらくもう小聖女を見つけることはできまい。
アンネマリーは少しばかり肩を落として、トボトボと屋敷へ帰るのであった。
◆◆◆
一方、アンネマリーの救助をしたマイカは大急ぎでルトルバーグ邸の自室に戻ってきた。
「ま、間に合った……」
部屋に入った瞬間、マイカの全身を覆っていた白銀の光が失われ、彼女は出発前の寝間着姿に戻っていた。そして、マイカはベッドにダイブする。
「はぁ、つかれた~」
「わひゃひゃん!」
「ああ、ガルムはもうしゃべれないんだねぇ」
ガルムを抱き上げ、マイカはベッドの上を寝転がった。天井を見つめながら、口を開く。
「まさか、変身が勝手に解けるなんて」
アンネマリーの前で放たれた光。それはマイカの変身が解ける予兆であった。
「『魔法使いの卵』に蓄えられていたメロディ先輩の魔力が、残り少ない……」
王都巡回のために魔力をかなり使ってしまったらしい。いつの間にか、変身を長時間維持できないほどに、魔力を消費してしまったようだ。
(どうしよう、魔力が有限だってこと全然頭になかった。メロディ先輩がまだ復活してない状態で私まで魔力が枯渇しちゃったら……)
おそらくシャドウゲッコーが相手ならまだ何度か戦えるだろうが、いわゆるボスモンスターが相手となると、残存魔力量はかなりギリギリだと、マイカは判断した。
(まだ『不思議な雑貨屋』も見つけてないのに……でも)
今魔力を失うべきではない。マイカは苦渋の決断をして、王都の巡回を取り止めることにした。
だがそれは、マイカのおかげで多少抑止されていた例の噂話を加速させる結果に繋がってしまうのである。
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