第11話 メロディの自己分析
10/9 第8章全話一括公開!
(さっき聞こえた声は何だったんだろう……)
レクトとセレーナが同乗する馬車に揺られながらメロディは物思いに耽る。レギンバース邸を去る直前、メロディの耳にははっきりと母セレナの声が聞こえたのだ。
しかし、周囲を見回してもセレナの姿はなく、メロディはガクリと肩を落として馬車に乗ったのである。
(私ったら変なの。お母さんはもうこの世にいないんだから、空耳に決まっているのに)
景色が移り変わる馬車の窓を眺めながらメロディはクスリと微笑む。
(……きっと、そっくりなセレーナが倒れたから、無意識にお母さんを捜してしまったのかもしれないわね)
流行病で母親を失ったメロディにとって、容姿がそっくりなセレーナが倒れたという知らせは、ある意味トラウマ的な事件と言っても差し支えないだろう。無意識下にあった怯えや悲しみが、母親の幻聴をメロディに齎したのかもしれない。
(そう考えると久しぶりにお母さんの声を聞けたのはむしろラッキーだったのかもね)
何事もポジティブに考えることは重要だ。メロディはもう一度クスリと微笑むと、セレーナの方を向いた。
「セレーナ、体調はどう? またつらくなったりしていない?」
「はい、お姉様。魔法を使うのは難しいですが、普通に仕事をする分には問題ないかと」
どうやら先程の魔力供給では満タンにならなかったようだが、日常生活を送る分としては十分な魔力を確保できたらしい。
「セレーナ、もう一度魔力供給ができるかやってみましょう」
「分かりました」
メロディが差し出した手に、セレーナの手が重なる。すると、微弱ながらメロディからセレーナへ魔力が流れ始めた。
「よかった。さっきのは偶然じゃなかったようね。でも……」
「供給が止まってしまいましたね。それに、少し疲れを感じます」
「魔力を補充したのに疲れを?」
「はい。これはおそらく、お姉様から供給されているというより、私が無理矢理吸い取っているせいではないかと」
「要するに、魔力を回復する代わりに体力を消耗してる感じなのね」
細くてながーいストローで水を吸引するようなイメージだろうか。全力で吸っても管が細いため少量しか取り込めず、長さもあるので長時間の吸引も難しいため、最終的にあまり吸い出せないという結果になってしまうようだ。
「あまり何度もできそうにありませんね」
「じゃあ、週末に帰った時に必ず魔力供給をするようにしましょう」
「よろしくお願いします、お姉様」
魔法は使えないままだがどうにか対策を講じることができ、メロディはホッと胸を撫で下ろすのだった。
その後、セレーナをルトルバーグ邸で下ろすとメロディとレクトは学生寮へ戻ることに。
「リューク、今日だけはセレーナにしっかりお休みするよう言ってね」
「ああ、分かってる」
「お姉様、私はもう大丈夫ですから」
「大丈夫なわけないでしょう! ルトルバーグ伯爵夫人として命じます。今日は休みなさい」
「奥様……」
マリアンナに一喝されて、セレーナはようやく休みを受け入れることになった。
「ホントにもう、セレーナったら。働くばかりじゃダメよ、しっかりと休息も取らないと」
「まあ……お姉様からそんなことを言われるなんて、とても複雑な気分です」
「ええ? どうして?」
心底不思議そうに首を傾げるメロディに、この場にいる全員が「ダメだこりゃ」という感想を抱いた事実に、メロディだけが最後まで気付かないのであった。
◆◆◆
その日の夜。ルシアナを寝かしつけ、自身も就寝の時間になってメロディはようやく、魔法を取り戻すための考察をする時間を得た。
(セレーナのためにも魔法を早く取り戻さなくちゃ)
マッチで蝋燭に火を付け、寝間着に着替えたメロディはベッドに寝転がりながら今日の出来事を考える。
(まず、私の魔法がどんな仕組みで封じられているのか考える必要があるわ)
魔法が使えないとっても、その理由が一つとは限らない。当初、メロディは何らかの大きな力によって彼女自身の魔力を封印されてしまったのだと考えていた。
要は、力で押さえつけられている状態だ。しかし今回、セレーナへの魔力供給が可能だったことからその可能性は低いと判断できた。
(よく考えたら、私の魔力を力押しで封じ込めるなんて、そう簡単にできることじゃないんだわ)
メロディはもう自分の魔力が他者よりも圧倒的に強いことを知っている。
その力が世間に知られれば、メイドなんてやめて王城の魔法使いになることを強要される可能性が高いと、以前ルトルバーグ伯爵家の会議で結論付けられたのだから。
(だからきっと、何か別の方法で私の魔法は封じられているはず……)
仰向けで腕を組みながらメロディは唸る。そう簡単に答えが分かれば苦労はしない。
(……ちょっと魔法を使ってみよう)
メロディは火が灯っていない蝋燭に指先を向け、魔法の言葉を紡ぐ。
「優しく照らせ『灯火』」
しばらく待っても指先に光は灯らず、魔法は不発に終わる。メロディは自身の魔力へ意識を向けながら、それから何度も『灯火』を唱えた。
他者の魔力に鈍感なメロディだが、逆に自分の魔力を把握する力には優れていた。魔力に覚醒した直後に暴走を抑えられる程度には、彼女は優れた魔法制御能力を有している。
そんな彼女が本気になって魔法を分析してみれば――。
「……分かった」
――答えを見つけるのは簡単なことであった。
(発動する前に魔法が完全に相殺されてるんだ……私自身の魔力によって)
メロディが『灯火』を発動しようとすると、彼女の中では『灯火』とは完全に術式が反転した対抗魔法が構築され、魔法が外部に放出される前に体内で対消滅しているのである。
セレーナに魔力供給ができたのは、セレーナがメロディの魔力に干渉したからだろう。メロディが魔法を使おうとしたわけではないから、勝手に動く魔力に対して何も反応しなかったのである。
(あのトカゲ型の魔物が吐いた煙は、ある種の神経毒だったのかも。あの煙を吸うと無意識に『魔法を相殺する魔法』を構築する命令が脳に刻み込まれてしまうんだわ。一度下された命令は、正しい手順で訂正しない限りずっと効果を発揮したまま。だから、いつまで経っても魔法が使えるように戻らない……恐ろしい毒だわ)
自身の魔力の流れから一応の推測を立てたメロディ。あくまで仮説だが、いい線行っているのではと彼女自身は考えている。そして、もう一つ。
「もしかして、魔力を外部に放出しない魔法なら使えるんじゃ」
タイミング的に、相殺の魔法は発動する直前、つまりは魔法が体外へ放出される際に相殺されることが分かった。では、体内に魔力が留まるタイプの魔法ならば使うことができるのではないだろうか。
「体内に魔力を留める魔法となると……」
メロディは瞳に魔力を集め始めた。それは魔法というには基本的な力だった。魔力を瞳に集めることで、普段は見えづらい魔力の流れを感知しやすくなる。
そしてそれは、成功した。
「使えた!」
魔力を見るだけの魔法だ。それが役に立つかは分からない。しかし、大きな一歩であった。このまま上手い感じで魔法の力を取り戻したいところだが。
「問題は、どうしたらこれを治すことができるかだけど……うーん」
原因は分かったものの、さすがのメロディもそう簡単に対抗手段は思い浮かばなかった。
時刻はそろそろ真夜中に差し掛かる。天井を見上げてため息をつくと、メロディは蝋燭の火を消すと布団に体を預けた。魔法の対策はまた明日だ。
(あーあ、こういう毒に効く治療薬でもどこかで売ってればなぁ)
思わず心の中で愚痴が零れる。そんな都合のいい物があれば苦労はない。もう一度ため息をつくと、メロディは瞼を閉じて夢の世界へ旅立つのであった。
◆◆◆
暗い部屋の中、仮眠を終えたマイカは目をこすりながらベッドを降り立った。
部屋のカーテンが閉まっていることを確認すると、寝間着姿のまま呪文を唱える。
「「銀星結界」」
ガルムの肉球と手のひらを重ねて、マイカは小聖女へと変身した。
「よし、今日も行くよ、ガルム」
「うん! 行こう、マイカ!」
豆柴みたいな黒い犬から巨大な白い狼へと変身したガルムの背に乗って、マイカは王都の闇夜へと飛び出した。
「ふわぁ」
貴族区画のお屋敷の屋根を軽やかに跳ねるガルムは、背中で大きな欠伸をしたマイカに気付く。
「眠いの、マイカ?」
「うーん、ちょっとね」
セレーナが倒れた事件から三日が経過した十二月十二日。いや、そろそろ真夜中を迎え十三日になりそうな頃。
マイカが深夜の王都巡回を始めて既に二週間近くが経とうとしていた。
一晩あたりの巡回時間はせいぜい二時間程度だが、それが十日以上続けば子供の体にはかなりの疲労が蓄積される。
今日まで巡回をして魔物に遭遇しなかった日はなく、必ず一体か二体は遭遇していた。その都度マイカは小聖女の力を使って魔物を駆逐してきた。
借り物とはいえさすがは聖女の力だ。メロディの魔法『誘導魔弾』で一発である。しかし、それでも毎晩魔物と戦闘ともなれば緊張しないわけにはいかず、マイカは少しずつ疲労を感じていた。
「でもまだ大丈夫! 限界が来る前に魔物を倒しながら『不思議な雑貨屋』を捜して、さっさとメロディ先輩を復活させよう。そうすれば私なんてお払い箱だもの」
「分かった! 頑張ろうね、マイカ。それで、今日はどこに行く?」
屋根伝いにぴょんぴょん跳ねながら、ガルムは楽しそうに尋ねる。
マイカは少し考えて、方針を伝えた。
「今日は少し貴族区画も回ってみようか」
今日まで全ての魔物は平民区画で見つかっている。また、ゲームのマップ設定を考慮すれば『不思議な雑貨屋』があるのもおそらく平民区画だ。
だが、今日のマイカは貴族区画を巡回すると言う。
「この一週間、平民区画を結構見て回ったけど成果がないんだもん。もしかしたら『不思議な雑貨屋』が貴族区画にある可能性もゼロじゃないでしょ。少し見て回って、なさそうなら平民区画に行きましょう」
「分かった!」
ガルムは貴族区画のお屋敷の屋根を軽やかに跳躍した。月の光に照らされた白き狼の姿は神秘的で、一目見たら見惚れてしまうことだろう。
しかし、それを捉えられる者はきっと少ない。マイカ同様、ガルムもまた認識阻害の魔法に守られているからだ。その姿を目にしたとしても、具体的な容姿を思い出すことはできず、いずれは忘れてしまうことになる。
今日までの巡回で遭遇した魔物は、多くの場合誰かを陥れている最中であった。目撃者もいるはずだが今日に至るまでマイカのことが噂になったことはない。それもこれも、変身時にかかる認識阻害の魔法のおかげであった。これがなかったらきっとマイカは小聖女として活動できなかったことだろう……羞恥ゆえに。
(私の噂が広まらないのは助かるけど、毎日巡回して魔物を倒しているわりには例の噂話が収まる気配がないのよね)
ガルムの上でマイカは小さくため息をついた。結構頑張っていると自負するマイカだが、明確な成果を得ているとは言いがたく「現実って厳しい!」と内心で愚痴るのだった。
それからしばらく、ぴょんぴょん跳ね回りながら王都を見て回った二人だが、残念ながら『不思議な雑貨屋』を見つけることはできなかった。
「うーん、やっぱり平民区画なのかな?」
「まだ見てないところいっぱい! 行く?」
「……どうしよ。今日はもう終わりに――っ! ガルム!」
「うん! 魔物の匂い、近い!」
「行って!」
「うん!」
そろそろ巡回を終えようと考えた頃、二人は貴族区画の中で魔物の気配を察知した。ガルムが方向転換し、大きく跳躍する。王都でも中心部、上位貴族の屋敷がある方角だった。
「まさか王城に魔物が巣くったとかじゃないでしょうね?」
「マイカ、いた!」
「あ、よかった。思ったよりは近い……って、うそ!」
マイカは魔物に襲われている人物を見つけて驚愕した。
「どうしてあの人が……アンネマリー・ヴィクティリウム様がこんなところに!?」
真夜中の貴族区画の路地にいたのは、真紅の髪を靡かせて走るアンネマリーであった。今までの魔物同様、彼女の背後に足音が迫り、アンネマリーは逃げる途中で躓いてしまう。
そして、影からシャドウゲッコーが姿を現した。
「と、とにかく助けなくちゃ! 『誘導魔弾』!」
マイカは白銀の光弾を撃ち出した。
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