第5話 メロディと不思議な雑貨屋
10/9 第8章全話一括公開!
「ルトルバーグ……ルシアナ嬢のところの?」
訝しむシエスティーナにメロディは笑顔で答えた。
「はい。学園舞踏祭では衣装班で補助要員をしておりました」
「衣装班の補助要員……そういえば、君の顔には覚えがあるね。とはいえよく私が分かったね」
「えっと……そのメイド服とウィッグを作ったのは私でして」
「君が?」
「はい。一目見て分かりました。私もシエスティーナ様がその格好で、しかもお一人で男の人達にからまれていたので驚きました」
「まあ、うん、それは……」
ぐうの音も出ないとはこのこと。皇女でありながらちょっとありえないシチュエーションだったことは間違いない。メロディからしてみれば驚き以外の何物でもなかっただろう。
「それであんな演技を?」
「さすがに、走って逃げるのは難しいかと思いまして」
「……見た目によらず豪胆な少女だね、君」
「無我夢中だっただけです」
メロディはため息をついた。自分の時はアンナが男に飲み物をぶつけてその隙に逃げ出したが、皇女を連れてそれはさすがにないと思ったがゆえのお嬢様演技であった。
「あの、本当に護衛の方はいらっしゃらないんですか?」
「あー、その……うん、まあ」
シエスティーナはそっと視線を逸らした。思わずジト目になるメロディ。気まずい時のルシアナにそっくりな態度だったので。
「もしかして、無断外出でしょうか」
「いや、今日はたまたま予定が空いて自由だっただけで、無断とかじゃないから大丈夫さ」
「本当ですか?」
「もちろん!」
(カレナなら私がいなくなっていてもこっそり対応してくれるだろう)
完全に人任せであった。
「問題ないならいいのですが、それにしてもなぜそんな格好をされているんですか?」
「えーと、その……平民区画に着ていけそうな服がこれしかなくて」
「ああ」
腐って、はいないけれど、シエスティーナは皇女である。お忍びに着ていける服など持ち合わせてはいなかったのだろう。その結果がメイド服……すごく目立っていた。
「とはいえ、ここまで来たはいいものの、何をしていいのか分からなくて困るよ」
「分かります。私も今日はお休みなんですが何をしていいのか困っていたんです」
初めて一人で出歩く平民区画に戸惑うシエスティーナと、メイド以外に疎くて何をしていいのか分からないメロディ。二人は身分の違いに関係ないところで親近感を得ていた。
(このままシエスティーナ様を一人にしておくのも不安だし……そうだ)
「シエスティーナ様、よかったら今日は私と王都を散策しませんか?」
「えっ、いいのかい?」
「さっきも言ったとおり、今日の私は暇なんです。よかったらご一緒しませんか?」
そこは元クラスメートゆえの気楽さだろうか。メロディはフレンドリーにシエスティーナを誘った。
「……それじゃあ、お願いしようかな」
「決まりですね! それじゃあ、まずは――」
「まず、どこに行くんだい?」
「まずは、服屋に行きましょう。さすがにメイド服は目立ちすぎます」
「あ、うん、そうだね」
メロディにそう言われて、ここまで堂々と歩いてきたシエスティーナは恥ずかしくなった。
「勘違いしないでください。王都を散策するのに向いていないだけで、シエスティーナ様のメイド姿はとても凜々しく格好良かったですから!」
「そ、そうかい? ありがとう」
「ええ、自信を持ってください。よくお似合いでした。さあ、行きましょう」
「分かったよ……ところでメロディ、今から私のことは、そうだな……シーナとでも呼んでくれるかい? 君と同じメイド仲間とでも思ってくれると助かるんだけど」
「シーナさん……そうですね、一緒に王都を回るのに本名では差し障りますね。分かりました。よろしくお願いしますね、シーナさん」
「よろしく、メロディ」
(私が皇女だと知っているのに、順応性の高い子だな。さすがはルシアナ嬢のメイドか)
こちらの身分を知っていてもまったく物怖じする様子のないメロディに、シエスティーナは好感を覚えるのであった。
◆◆◆
メロディとシエスティーナは平民区画の中層区まで来ると、古着屋でシエスティーナの服を購入した。さっきまでいた上層区だと割高なので、ここまで来たかたちだ。
ちなみに、シエスティーナはお金を持っていないので全てメロディの実費である。
「すまない。後日きちんと返すから」
「結構です……と言えるほど暖かい懐ではないので、そうしていただけると助かります」
メロディは苦笑を浮かべた。ルトルバーグ家でのメイド業務はメロディにとって天職だが、働きに見合ったお給金かと問われれば、現実と理想には多少の差異があるものである。
「それはともかく、まずはどこから見て回りましょうか」
「王国のことは正直不案内だから、メロディに任せるよ」
「そうですね……分かりました。それじゃあ、まずはこの近くの市場を見て回りましょう」
(アンナさん、参考にさせてもらいますね!)
メロディは、以前アンナと一緒に回ったデートコースを利用することにした。とはいえ、時期の違いは如何ともしがたい。前回はまず、上層区のアイスクリーム屋に入るところから始まったが、当時は五月で今は十二月だ。寒い冬にアイスクリーム屋は少々厳しい。
(こたつでもあれば話は別だろうけど、こっちにそんなものはないだろうし)
というわけで、中層区の市場を見て回ることになった。
「へえ、いろんな物が売っているんだね」
「以前、友人と来た時は雑貨屋でお人形を買って贈り合ったりしたんですよ」
「それは素敵だね。私も……してあげたいところだけど、持ち合わせがないんだったね」
「えっと! 私の所持金を今日は半分こしましょう! 後で返してもらえれば大丈夫ですから、自由に使ってください。それに、お金を使わなくても見ているだけで結構楽しいですよ」
メロディはさっと所持金を半分に分けると、一方をハンカチにくるんでシエスティーナに渡した。
「大した額じゃないので申し訳ないですが」
「いや、そんなことないよ。ありがとう、メロディ。ホント、ちゃんと返すからね」
「そこは疑っていませんから。さあ、再度気を取り直して市場を見て回りましょう、シーナさん」
「ふふふ、そうだね」
まるで本当の友達のようだと、シエスティーナは思った。身分を気にしないよう伝えたところで普通は態度に出てしまうものだが、メロディはシエスティーナを本当にシーナとして扱ってくれるようだ。
シエスティーナはメロディの背中を追って歩き出した。
「もぐもぐ、これはジューシーで美味しいね」
「はい。焼きたてで美味しいです」
一通り市場を見て回った二人は、近くにあった屋台で串焼きを買って昼食をとった。周りにテーブルなどなく、屋台のそばに立ったままの食事である。皇女のシエスティーナには新鮮な体験であった。
「「ごちそうさまでした」」
「ああ、よかったらまた買ってくれよな!」
屋台の店主に串を返し、二人は再び市場を歩き始める。
「平民の食べ物もバカにできないね。あんなに美味しいとは思わなかったよ」
「立ったままかぶりつくのはちょっとはしたないですけど、出来たての料理は美味しいですよね」
「今日はありがとう、メロディ。君のおかげでとてもいい気分転換になったよ」
「それはよかったです。どうですか、シーナさん。こうやって市場を回ってみて、どこか行ってみたい場所とか思い浮かんだりしました? 何かあればそちらに行ってもいいですよ」
「そうだな。できれば、今日の記念に何かお土産を買いたいところだけど……」
「お土産ですか。何がいいですかね?」
歩きながらメロディは「うーん」と悩む。その隣で、シエスティーナはお金が入ったハンカチを広げた。メロディから受け取ったお金はそれほど多くない。何か購入するとしたら次が最後ではないだろうか。
(できれば今日の思い出を忘れられなくなるような物だと嬉しいんだけど……あっ)
メロディ同様、少し思案した時だった。残り少ない硬貨が一枚、ハンカチから転げ落ちてしまった。石畳の上を跳ねたと思ったら、コロコロと転がっていってしまう。
「あっ、ちょ、待って!」
「シーナさん!?」
思いの外見事に転がっていく硬貨をシエスティーナは追い掛けた。メロディも驚き慌てて跡を追い掛ける。
「よし、捕まえ」
「あっ」
「ああっ!」
そろそろ転がる勢いがなくなったと思ったその時、通りの脇から出てきた男の爪先が見事に硬貨を蹴り飛ばしてしまった。反対側の路地へと硬貨が転がっていく。
「す、すまん!」
「待ってくれ、私のお金!」
「シーナさん、待ってください!」
男の謝罪は耳に届いていないのか、シエスティーナは路地の奥へと進む硬貨を追った。メロディが制止の声を上げるが、シエスティーナには聞こえていないのだろうか。気が付けば、二人は市場の喧噪が届かない脇道の奥へと入っていた。
「やっと捕まえた!」
「はぁ、はぁ、やっと追いつきました」
「あっ、すまない、メロディ。お金を追い掛けるのに夢中で」
「いえ、それはいいんですけど……ここ、どこでしょう?」
「……どこだろうね?」
二人は周囲を見回した。本当にいつの間にこんなところまで来たのか、メロディの背後には細い十字路があり、シエスティーナを追い掛けるのに夢中だったメロディは、どの道から来たのかなぜか思い出すことができなかった。
(こんなに入り組んだ道だったかな? 帰り道はどっちだろう?)
両側を塀に囲まれた細い道が迷路のように広がっている。メロディにはそんなふうに見えた。
(こういう時に『天翼』か『通用口』の魔法を使えたら便利なんだけど)
仕事では特になくても困らないが、時折困ってしまうメロディである。元来た道をじっと見つめるメロディだったが、シエスティーナが声を掛けた。
「メロディ、反対側の道の先に店があるみたいだけど」
「え? こんな細い路地にお店ですか?」
シエスティーナが指差したのは、硬貨が転がっていった方向だった。どうやらこの先を見てきたらしい。シエスティーナの後をついていくと、細い道を抜けた先に開けた場所があった。
そこには、広場の広さに見合わぬ小さなお店が一軒だけポツンと立っていた。
「こんなところにお店があったんですね。知りませんでした」
「なんというか、随分と可愛らしい外観だね」
(前にアンナさんと来た時、こんなお店あったかな?)
メロディは首を傾げつつもまじまじとその店舗を見つめた。
うっかり入った小道を抜けた先の開けた場所にポツンと佇むその店は、小さいながら二階建ての木造家屋だ。石や煉瓦の家が一般的な王都では珍しいつくりをしている。白く塗られた壁と桃色の屋根が鮮やかで、店の正面に大きく張られたガラス窓から店内を覗くことができた。
淡い色調の内装は大変可愛らしく、商品棚には女の子向けのぬいぐるみやティーセットなどが並んでいた。
「女性向け、というか女の子向けの雑貨屋でしょうか?」
「女の子向け……」
シエスティーナは一瞬、パッと喜色を浮かべたがすぐに躊躇うような表情になる。今まで皇子のように振る舞ってきた弊害だろう。興味はあるが気が引けてしまうようだ。
メロディはその様子を見逃してはいなかった。そして、シエスティーナの手をそっと握る。
「入ってみましょう、シーナさん」
「えっ、でも……」
「帰り道を聞きたいですし、それに私、お店を見てみたいんです。付き合ってください」
「……わ、分かったよ。メロディが入りたいと言うなら仕方ない……付き合うよ」
「ふふふ。シーナさんに似合うアクセサリーがないかも見てみましょうね」
「えっ!? い、いや、私は」
「さあ、行きましょう!」
メロディはシエスティーナの手を引いて歩き出した。戸惑った様子を見せるシエスティーナだったが、店の扉を潜り抜けるまで彼女が足を止めることはなかった。
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