第4話 メロディとシエスティーナ
10/9 第8章全話一括公開!
「はぁ、今日は何をしたらいいのかしら?」
ため息をつきながら王都の街を歩くメロディの背中を、悲哀の影が差す。この場が公園で、メロディがおっさんだったら、あっという間にリストラされたサラリーマンのできあがりだ。実際には、艶やかな長い黒髪が美しい、私服姿の美少女でしかないのだが。
本日、十二月六日。王立学園は休みで、ルシアナは屋敷に帰っていた。もちろんメロディもそれに同行し、今日のメロディは休日なのである。
つまり、お仕事ができない日……メイドジャンキーにはつらい一日であった。こっそり仕事をしようとするので、毎度のごとくルシアナに屋敷から追い出されてしまった哀れな少女がここにいた。
(もうメイドになって半年以上経つのに、いまだに休日の過ごし方に悩まされるのよね。どこかでメイドのスキルアップ講座とかやってくれていたら、迷わず通うんだけどなぁ)
たとえ存在したとしても即日卒業扱いになることが容易に想像できてしまう。魔法が使えなかろうが、メロディは素の才能がチート染みているので。
お陰様で、現在進行形で必死に『不思議な雑貨屋』を捜しているアンネマリーとは対照的に、メイド業務に困っていないメロディはのほほんとメイドライフを満喫していた。
半面、事情を知るマイカの方が昼はメイド見習い、夜は魔法少女という如何にもアニメ的な二重生活を頑張るはめになっているあたり『無知は罪なり』とはよく言ったものである。
「……しょうがない。これも明日からのメイド業務を堪能するための準備期間だと思って、今日の休日を充実した一日にするしかないわ。メロディ、頑張るのよ」
どうにか気持ちを切り替えて、メロディは貴族区画から平民区画へ移動するのだった。
(うーん、でも実際問題、どこに行こうかな?)
王都に来て半年以上経つが、メイド業務に勤しみすぎるメロディの交友関係はあまり広くない。さらに、休みも極力取らないように画策するので、王都でプライベートを楽しめる場所など全くの管轄外すぎてどうしていいか全く分からないのであった。
(まともに王都を散策したのって……アンナさんと回った時くらいじゃない?)
遡ること五月頃。今以上に王都に不慣れだったメロディを、偶然知り合ったヴィクティリウム侯爵家のメイドのアンナが王都散策に誘ってくれたのである。
(アンナさんからもらった人形がセレーナの基になったり、マイカちゃんがいた孤児院を知ることができたり、いいことづくめだったな)
メロディは当時を思い出し、クスリと微笑んだ。そして、ふと気付く。
(そういえば、この辺りだったのよね。アンナさんと出会ったのは。私がうっかり人にぶつかってしまったせいで相手の服が汚れてしまって)
「どうしてくれんだよ、お嬢ちゃんよう!」
(そうそう、こんなふうに怒られちゃって……え?)
メロディは思わず声の方へ振り返った。そのセリフにも声にも聞き覚えがあったからだ。
「酷えことしてくれるじゃねえか。お前さんがぶつかってきたせいで、俺の一張羅が台無しだ」
「それは、申し訳ないことをしました」
メロディの目に映ったのは、大通りの脇で数人の男達が一人のメイドを糾弾している場面だった。どうやら先頭の男性がメイドとぶつかった際に飲み物が零れて服を汚してしまったらしい。
(……セリフといい声といい、うろ覚えだけど私が遭遇したのもあの人達だったような)
メロディがアンナと出会った場面が、今まさに目の前で繰り広げられている光景とほぼ同じであったことをメロディは思い出す。
後でアンナから聞いた話では、あれはメロディに謝罪を要求するための自作自演の可能性が高かったのだという。いわゆる当たり屋の類いなのだとか。
(状況的に考えて常習犯? どうしよう、あの子、助けた方がいいんじゃ……あれ? 待って)
メロディはメイドをじっと見つめた。
女性にしては長身だが、メリハリのある均整の取れたプロポーションは魅力的だ。女性は憧れ、男性なら見惚れるに違いない。
(メイド服の上からでも体型の美しさが伝わってくる……というかあのメイド服、見たことがあるというか、作った覚えがあるというか)
メロディはメイドの相貌へ視線を移した。中性的でありながら切れ長のアイスブルーの瞳が彼女を凜々しく飾り立てる。手入れの行き届いた金色の髪は、風に靡けばきっとよい絵になるだろう。
(……あの金髪、というかウィッグも覚えがある……あるけど! どうしてあなたがここにいるんですか、シエスティーナ様! それもメイド姿で!)
平民区画の大通りに、野生のメイド皇女が現われた。メロディは……逃げられない。
(放置できるわけないでしょう!)
◆◆◆
「……やはり、シュレーディンは見つからないか」
「全く足取りを追えませんでした。さすがはシュレーディン殿下としか申し上げられません」
学生寮の自室にて、侍女兼諜報員のカレナから報告を受けたシエスティーナはため息を隠せなかった。
先日の学園舞踏祭に、ロードピア帝国第二皇子シュレーディンが現われた。
彼は、現在シエスティーナが実行中のテオラス王国侵略作戦の発案者であり、本来の実行予定者である。しかし、作戦が承認された日にシュレーディンは謎の失踪を遂げ、シエスティーナが代役に名乗りを上げたのだ。
ロードピア帝国における皇女の扱いはそれほどよいものとはいえない。皇位継承権を有してはいるが、男系皇族が優先されるため皇帝の娘であっても優先順位は低い。
シエスティーナは帝国における自身の立場を強めるため、この作戦を利用したのだ。留学生として王立学園に編入し、テオラス王国を内側から切り崩す作戦だ。
今は勉学に励み、学園の行事に積極的に参加するなど、生徒や教師から信頼を得る活動を行っている最中で、本格的な調略は二年生以降になると考えられていた。
だというのに、このタイミングでシュレーディンが現われるとは。さすがのシエスティーナも全くの想定外な事態であった。
「この情報は、漏れていないね?」
「シエスティーナ様直属のみで共有しております」
「ああ、それで頼むよ。全ての随行員が信頼できるわけではないからね」
ソファーに深く腰掛けながら、シエスティーナはこめかみを押さえる。
彼女がテオラス王国に留学するにあたって、外交官と称して多くの随行員が派遣されている。今回の作戦を補助するために集められた者達だ。
彼らが全員、シエスティーナの味方かと言えば、もちろんそんなことはない。なぜなら、随行員の半数は元々シュレーディンが選定した者達だからだ。つまり、シュレーディンの配下と言って差し支えない者達であった。
シエスティーナから見れば、シュレーディンは優秀を鼻に掛ける傲慢な男だが、配下からすれば頼もしい上司である。もし、彼がこの王都に潜伏していることがバレれば、きっと彼らはシュレーディンの下へ集まろうとするだろう。
それどころか、主の作戦の邪魔になる存在として、シエスティーナの排斥に乗り出すかもしれない。シュレーディンは帝国における最有力後継者候補の一人だ。彼がいるのならシエスティーナを担ぎ上げる必要などないのである。
第二皇女シエスティーナと第二皇子シュレーディン。同い年の兄弟で容姿も似ており、次男次女という共通点がありながら、シエスティーナとシュレーディンの間には埋めようのない大きな溝が存在していた。
「それにしても、あれだけ堂々と王立学園に潜伏しておいて誰の記憶にも残っていないとは。どんな手品を使ったんだ?」
「同感です……一応、容姿の特徴に近い人物の情報は入っているのですが、何でも終始ヘラヘラと笑って随分と情けない雰囲気の男だったとか」
「それは別人だろう。あいつは優秀だがプライドが高い。いくら演技のためとはいえ、他人に見下されそうな人間を演じるなんてできっこない」
「そう、ですね……」
これは、シュレーディンを知る者なら当然の判断であった。おそらくシュレーディンの配下ほどその意見に賛同することだろう。
シエスティーナは知らない。シュレーディンが転生者として半覚醒し、性格がチャラいナンパ野郎になってしまったという事実を。さすがにあの時の短い再会で察することなど不可能であった。
「とにかく、引き続き秘密裏にシュレーディンの捜索を続けてくれ。最低限、今も王都にいるのかどうかだけでも知りたい」
「承知しました。そうなりますと今後の作戦スケジュールはどうなさいますか」
「……奴の目的が分からない以上、あまりこちらも派手に動かない方がいいか。こちらで進めた作戦を奪われる可能性もあるからな」
「まさか、シエスティーナ様を陥れるためにわざわざ失踪したと?」
「それはないと思うが……当時の私はシュレーディンの政敵とはとても言える立場ではなかった。今だって、最低限この作戦を私の力で成功させなければ、同じ盤面に立つことすらできない。本当に、奴はなぜ失踪し、自ら立てた作戦を放棄したうえで王国に潜入したんだ? 理解できない」
眉間にしわを寄せて語るシエスティーナをカレナは無言で見つめた。返事はしなかったが、その表情からシエスティーナに同意していることが分かる。
「となると、シュレーディン殿下の配下にも監視が必要ですね。しかし……」
「私の直属だけではそこまで人員を用意できないな。それに、彼らの監視に使っていては本命の作戦に手を出せなくなる。最低限に留めるしかないだろう」
「畏まりました。そのように手配します」
カレナは深々と一礼するとシエスティーナの自室を後にした。
部屋に一人になった彼女は、ソファーに深々と背中を預け脱力した。
「あいつには振り回されてばかりだ……今日は暇になってしまったな」
元々は直属の部下を集めて作戦会議を執り行う予定だったのだが、部下達はシュレーディンの影響で出払っているため、会議をする時間が取れなくなってしまったのだ。
「今日は何をしよう?」
何かしていないと落ち着かないのは皇女としての職業病だろうか。突然生まれた自由な時間にシエスティーナは戸惑う。
そしてふと、思い出した。時間が出来たら学園舞踏祭を一緒に見て回ろうと約束を交わしたセレディアのことを。
「もう一度、お見舞いの手紙でも書こうかな」
机に向かい、改めてセレディアの見舞いが可能か伺う手紙を認めた。
「……そういえば、あの時あいつが現われたりしなければ、一緒に色々見て回れたのかもな」
学園舞踏祭の昼の部は結局、シュレーディンを捜し回るだけで何もできなかったのだ。どこまで行ってもシュレーディンはシエスティーナの人生の障害になる。そう思うと、眉間のしわがなかなか解けないシエスティーナであった。
(おかげで、せっかく女性らしい格好をしたはずだったのに……)
不慮の事故とはいえ、長い髪のウィッグとメイド服によってシエスティーナは人生で初めて女の子らしい格好をすることができた。
それがシュレーディンを追って走り回るだけなんて。シエスティーナはそれが悔しかった。
気が付けば、シエスティーナは姿見の前に立っていた。ウィッグを被り、メイド服に着替えた姿で。誰も部屋にやってくる予定のない自由な時間が、シエスティーナの衝動を後押ししたのかもしれない。
鏡の前に立つと、シエスティーナは思わず長い髪を指先でクルリと回して弄んだ。普段の短い髪ではできなかった仕草につい感動してしまう。
(……みんな、私と気付くだろうか?)
ついそんなことを考えてしまったのがいけなかったのか。手櫛でサッと前髪を下ろして目元を隠すと、シエスティーナは使用人通路を通って学生寮の外へ出ることができてしまった。
(案外、気付かれないものだな)
メイド服に着替えてしまった高揚感だろうか、そのままシエスティーナは王立学園の外まで何事もなく出てしまえたのである。
興味の赴くまま、貴族区画を抜けて平民区画まで来てしまった彼女は、余所見をしていたところで男性にぶつかってしまったのだ。
「酷えことしてくれるじゃねえか。お前さんがぶつかってきたせいで、俺の一張羅が台無しだ」
「それは、申し訳ないことをしました」
そして、現在に至る。
「謝って済むなら騎士も兵士もいらねえんだよ。親御さんに言って弁償してもらわねえとな」
「……少々難しい相談ですね」
残念ながら謝罪するだけでは許してもらえないらしい。とはいえ、平民の服を汚したくらいでシエスティーナの父、つまりはロードピア帝国皇帝を引っ張り出すなど不可能である。
もちろん相手がそんな事実を知るわけないのだが、シエスティーナはそう答えるしかなかった。
「ああん?」
「せめて洗濯代を弁償したいところですが、生憎持ち合わせがありません」
これでも生粋の皇女である。普段から金銭を持ち歩く習慣はなかった。今の彼女は無一文である。
(少々はしゃぎすぎてしまったな。カレナを連れてくるべきだったか)
悩むシエスティーナに、男達はニヤニヤとした笑みを浮かべて口を開いた。
「まあ、俺だって別にあんたを責めたいわけじゃない。要するにこの一張羅がどうにかなればいいのさ。例えば……俺んちに来て、あんたがこれを洗ってくれるとかな」
「私が洗う? あなたの服を?」
「おう。あんたメイドなんだから、それくらいできるだろう?」
「おいおい、こんな美人のメイドが洗濯なんてできんのかよ。もっと違うことをしてもらった方がいいんじゃねえか」
「あはは、そりゃあいい!」
何やら楽しそうに語り合う男達をよそに、シエスティーナは一人思案していた。
(洗濯か。経験はないが、せっかくこんなところまで来たんだ。何か新しい経験をしてみたいな)
「その服を洗えば、許していただけるのですね?」
シエスティーナがそう尋ねると、男達はニヤリとほくそ笑んだ。もう少し警戒心のあるメイドかと思ったが、予想以上に純粋な女だと彼らは思った。
まさか、帝城でしっかり護身術を学んだ彼女にとって、彼ら程度は雑魚でしかないと認識されているとは思いも寄らない男達である。シエスティーナは油断しているのではなく、単純に余裕があるからこその対応であった。
「それじゃあ、行こ――」
「やっとみつけた。こんなところにいましたのね!」
「「「え?」」」
そんな現場に、謎の人物の声が割込んできた。シエスティーナを含む全員がポカンとなる。
現われたのは美しい黒髪を靡かせて近づく、愛らしい少女だった。服装は平民のそれだが、品のある優雅な足取りは、彼女が上流階級の出身であることを明確に物語っていた。
少女は不機嫌そうな表情でシエスティーナの下へ歩み寄る。
「私を置いてどこへ行っていますの。本当に困ったこと。こんなところで何をしているのかしら」
シエスティーナと少女の視線が合う。キリッと見つめる少女の瞳は、その奥で『私に合わせて』と語っているようだった。
「……も、申し訳ございません。こちらの方とぶつかってしまい、服を汚してしまいまして」
「まあっ、あなたときたら私どころか他の方まで困らせて」
少女は服を汚した男へ向き直った。
「うちのメイドが失礼しましたわね。こちら、洗濯代ですわ。受け取ってくださいまし」
「え? あ、ああ」
少女は男に数枚の硬貨を握らせた。一応、一般的な相場の二倍ほどの額である。
「さあ、行きますわよ。ゆっくりしていたら日が暮れてしまいますわ。それではご機嫌よう」
「は、はい。申し訳ございません。ご機嫌よう」
少女とシエスティーナは優雅なカーテシーを見せるとそそくさとその場を立ち去ってしまうのだった。男達が一蓮のやりとりを理解し、我に返った頃には二人の少女の姿はどこになかった。
シエスティーナは少女の後ろを付いて歩いた。やがて、少女は大通りからそっと小道に入り、人影がなくなると大きく息を吐いてシエスティーナへ振り返った。
先程まで、まるでお忍び中の高飛車な貴族令嬢に見えていた少女の雰囲気が唐突に変わった。柔和で優しそうな少女に見える。そして彼女は小さな声で言った。
「お怪我などはございませんか、シエスティーナ様」
「君は、私を知っているのかい?」
さすがに驚きを隠せないシエスティーナである。同時に警戒した。まさかシュレーディンの回し者だろうか。
「ルトルバーグ伯爵家でメイドをしております、メロディ・ウェーブと申します」
黒髪の少女はそう名乗ったのである。
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