第3話 小聖女マイカの活躍
10/9 第8章全話一括公開!
メロディが王立学園へ戻った翌日、十二月一日。
人々が寝静まる夜、ルトルバーグ邸のマイカは自室にてガルムと向かい合っていた。
「ガルム、お願い」
「わひゃん!」
分かったとでも言わんばかりに元気よく吠えると、ガルムは右前足を掲げた。マイカの右手とガルムの肉球が重なる。
「「銀星結界」」
一人と一匹を白銀の光が包み込む。
マイカの桃色の小さなツインテールは白銀に輝く大ボリュームのツインテールへ、瞳は煌めく瑠璃色に変貌した。服装もメイド服からゲームの『銀聖結界』をアレンジした魔法少女風ドレスとなり、黒い豆柴のようなガルムもまた巨大な白い狼へと姿を変えた。
最後にそれぞれの片耳に星形の装飾をあしらったイヤーカフが装備され、この世界に再び『小聖女マイカ』が降臨したのである。
「よし、それじゃあ、王都を巡回しよう、ガルム」
「うん! 行こう、マイカ!」
恥ずかしいと思いつつも小聖女に変身したマイカ。その目的は、『不思議な雑貨屋』の情報収集の一環で訪れた孤児院にて、シスターアナベルから聞いた話を確認するためだった。
『え? 不審者ですか? この辺にそんなのが出るんですか?』
『そうらしいの。遊びに来てくれるのは嬉しいけど、最近は日が傾く時間が早くなっているし、マイカちゃんも気を付けてね』
彼女によると、夜道を歩いていた人が異様に不快な視線を感じ、振り返っても誰もいないのだそうだ。そして、背後から姿なき足音で近づいてくるらしい。振り返っても人影はなく、家に帰り着くまでその足音は続くそうだ。
直接襲われたという被害報告はないものの、似たような恐怖体験をした人が最近王都で増えていると、シスターアナベルは教えてくれた。
(……確か、魔王は自身の封印を解くために王都中に不安の種をばらまいて、人々から負の魔力を集めようとしたんじゃなかったっけ? うーん、でもこれって回避イベントとかないタイプのシナリオなんだよね)
ある種のフレーバーテキストのようなものである。そういう設定をプレーヤーに伝えはするが、実際のゲーム運営には影響を与えないシナリオであった。治安が悪くなると言いつつ、マップ上でヒロインの行動が阻害されるわけでもなければ、学園生活が滞ることもない。
ゲームなら放置しても問題ないだろうが、ここは現実だ。不審者がただの人間ならば王都の衛兵に任せればいいが、魔王が放った魔物の仕業であるなら、メロディが動けない今、同質の力を与えられたマイカが対応するしかないだろう。
「うう、私の思い過ごしでありますように!」
マイカはそう祈りながら自室の窓を開けて外に飛び出していった。
「あわわっ! マイカ、ガルム出られない! 行ってらっしゃい!」
「何それ嘘でしょ!?」
マイカの部屋の窓が小さすぎてガルムが通り抜けられないという、しょうもないハプニングが発生したが、とりあえず二人は夜の王都に繰り出したのである。
「……ガルムって、小さくなれるんだね」
「ガルムも初めて知った! びっくり!」
マイカを背中に乗せて、ガルムは楽しそうに吠える。窓の前で立ち尽くしていたガルムは、ぐっと力むと体が一回り小さくなった。これにはマイカも「ええっ!?」とびっくりである。
おかげで窓を通り抜けられたのだが、ガルム自身もその原理はよく分かっていないようだ。少しだけ小さくなれるが、逆に大きくなることはできないらしい。
「ガルム、黒い魔力の気配って追えたりする?」
「分かんない!」
「あ、そうなんだ。てっきり鼻で追跡できたりするのかと思ってた」
「でも変な魔力の匂いはする! あっち!」
「いやそれ分かってるよね!!? ああ、もう! とりあえずそっちへ行って!」
「分かった!」
ガルムは体重を感じさせない軽やかな足取りで家々の屋根を跳びはねて目的地へ向かった。どう見ても超重量級の巨大生物にしか見えないが、ガルムが着地しても屋根が傷付く様子はない。
まるで羽根のように軽く、ガルムは跳躍していくのであった。
◆◆◆
平民区画の中層区。人通りが少なくなった路地を、男は歩いていた。たらふく呑んだ酒のおかげで気分は上々、いわゆる千鳥足で家路につく最中である。
今日は仕事が上手くいって少しばかり財布に余裕ができたものだから、つい呑みすぎてしまったらしい。鼻歌を歌いながらいい気分でふらついていた彼は、せっかくの酔いを邪魔するような不快な気配に舌打ちをした。
「ああ、だれだぁ?」
男は振り返ったが、そこに人影はなく、静かな路地があるだけであった。不思議そうに首を傾げると、男は再び前を向き鼻歌に興じた。しかし、そんな気分をだいなしにするようにまたしても不快な気配が男を捉える。
「ああん、だから何だっつーんだよ!」
男は振り返った。しかし、そこに人影はない。男は訝しんだ。酔いが回って夢でも見ているのかと思ったが歩き出した途端、背後から足音が聞こえて男はバッと勢いよく背後へ振り向いた。
「……どうなってんだ?」
確かに足音が聞こえたはずなのに、そこには誰もいない。今もなお誰かにねっとりと見られているような感覚がするのに、問い質す相手はどこにもいはしなかった。
「おかしいな。今日は、悪酔いしてなかったと思ったんだが……」
カツ、カツ、カツ……男の足取りに合わせるように足音が響く。思わず早足になるが、背後から聞こえる足音は男の歩調を知り尽くしてるように一定の距離を保っていた。
もう男は振り返ることができなくなっていた。どうせ誰もいやしない。粘着質な視線と足音が迫ってくるだけで、誰もいやしないのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
気が付けば男はすっかり酔いが覚め、息を荒げて歩いていた。背中にどっと冷や汗が流れる。誰かに襲われたわけでもないのに、視線と足音が迫ってくるだけなのに。
(……怖い)
未知なる存在への恐怖心が男の足を動かす。足を止めたら……どうなるんだ? 見えない何かに殺されるのか、それとも何事もなく終わるのか。分からない。分からないから……恐ろしい!
走ったところで追いつかれる。体力がなくなれば追いつかれる。転ぶなんてもってのほかだ。
「は、早くうちに帰っ――がっ!」
だが、男は躓いた。前ばかり見ていた彼は足下を疎かにしてしまった。地面にできた小さな出っ張りに引っかかり、男は転がった。動きが止まってしまった。
「あ、ああ、あああ」
カツ、カツ、カツ――背後から聞こえる足音は、男が止まったのに合わせて止ま――カツ、カツ、カツ――足音が、止まらない。
「あああ、ああああ……」
恐ろしくて男は背後を振り返れない。
(こ、殺される……いや、本当に? それで済むのか? 何をされる? 殺されるよりもっと恐ろしい何かをされるんじゃ。死んだ方がマシだと思うような……ああ、あああああああ!)
未知ゆえに想像力がもたらす恐怖はあまりにも大きかった。瞬間、男の内側から何かがブワリと溢れ出したような感覚がしたが、今の彼はそれどころではなかった。
「あああ、あああああ――」
男は叫びそうになって。
「安息の眠りを『よき夢を』」
何かから解放されるように、男は意識を手放した。
◆◆◆
「うーん、間に合ったのかなぁ?」
「なんかぶわっと出たけど、包み込んだからたぶん大丈夫?」
「そう? だったらいいんだけど」
マイカが到着した時、路地を歩く男性は何かから逃げるように必死な形相をしていた。魔物を見つけられればよかったのだがなかなか捕捉できず、そうこうしている間に男性は転んでしまい、限界そうな顔に見えたので魔法で眠らせたのである。
「魔法の知識によると本当はこれ、子守歌の魔法みたいだけど歌わなくても何とかなるみたいでよかったよ。子守歌なんて歌えないもん」
「ガルムはマイカが歌うなら聞きたいよ」
「恥ずかしいからイヤ。私、カラオケって苦手だもん……で、いる?」
「うん、いる!」
月明かりに照らされた建物の影にガルムの鋭い視線が突き刺さる。ガルムとマイカは『魔法使いの卵』によって一つの魔力を共有している。つまり、ガルムが感じた魔力の気配はマイカにも伝わっているということだ。
ガルムの鋭い嗅覚が捉えた黒い魔力の気配をマイカは見逃さなかった。一瞬、影が揺らめく。
「そこ! 当たれ! 必中の弾丸『誘導魔弾』!」
マイカの右手から魔力の弾丸が放たれる。影から逃れるように姿を現したのはシャドウゲッコーだった。攻撃から逃れようとするが、自動追尾する白銀の魔力弾から逃れる術を、この魔物は有してはいなかった。
着弾と同時にシャドウゲッコーは消滅してしまった。そしてマイカは次弾を放つ。ガルムの嗅覚が二体目のシャドウゲッコーを捉えていたのだ。前回も二体いたので今回もそうだろうという予測はあった。そして無事、二体目のシャドウゲッコーを倒したのである。
「これで全部かな?」
「うーん、だと思う?」
「何よ、はっきりしないわね」
「匂いはしないからいないのかなぁ?」
「ならいいじゃない。他の場所も見に行きましょう。ついでに空から見つけられないかな、『不思議な雑貨屋』」
マイカを背中に乗せるとガルムは再び軽やかな足取りで夜の空を駆けていくのだった。
ちなみに、眠らせたおっさんは放置である。
マイカ達が去ってからしばらく経って、先程の戦場から少し離れたところの影が小さく揺らめいた。シャドウゲッコーは三体一組で行動し、三体目は非常時に備えて常に情報収集の役割を任されている。その三体目が姿を現したのである。
(聖女が動き出したか……)
シャドウゲッコーの瞳を通して、セレディアは聖女の戦闘を観察していた。そして内心でニヤリとほくそ笑む。
(力は強いが、戦闘センスは皆無といっていいだろう。聖女の魔力のゴリ押しに過ぎない。今はまだ厳しいがいずれ負の魔力が集まりきれば……ふふふ)
これから聖女が動くのであれば、今後も配下の魔物は何体も倒されていくだろう。しかし、聖女はたった一人。いくらか魔物を倒せてもそれ以上のペースで魔力を集められれば、いずれ目標量の負の魔力を得ることができるだろう。
(それも、それほど遠い未来ではない)
恐怖は伝播する。いずれセレディアが動かずとも人々は自らの意思で負の魔力を生み出してくれることだろう。聖女にできることはそれをほんの少し遅らせることだけ。
(ああ、その日が楽しみだ……)
ベッドに伏せ、意識を朦朧とさせながらセレディアは小さく微笑んだ。
そして、シャドウゲッコー越しに路地で寝息を立てている男を見やった。
(あれはもう無理だな)
シャドウゲッコーの瞳が不機嫌そうに細められた。
(夢を見せる魔法か。心に干渉する白銀の魔法が負の魔力からあの男を守っている。あの男から負の魔力を回収することはできないだろう。いずれは勝つつもりだが、恐ろしい力だ)
シャドウゲッコーは影の中へと姿を消してしまうのだった。
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