第2話 アンネマリーの反省
10/9 第8章全話一括公開!
「はぁ、さすがにちょっと反省した方がいいと思うぞ、お前。気が逸るのは分かるけど、独断専行が過ぎるわ」
「……ごめんなさい」
十一月二十三日、夕方。学生寮のアンネマリーの部屋にクリストファーの姿があった。秘密の通路を抜けてこっそりやってきたのである。
そして昨日の魔物との遭遇およびアンネマリーの魔法が封じられた件について報告がされた。
ソファーに肘を突き、不機嫌そうにため息をつくクリストファー。向かい合って腰掛けるアンネマリーはとても気まずそうに彼から視線を逸らした。
元々、昨日のアンネマリーは魔王に取り憑かれているであろう第四攻略対象者、ビューク・キッシェルを捜すために王都を歩いていた。
それだってクリストファーもマクスウェルも同行の都合がつかないので後日という話になっていたのを、アンネマリーが一人で強行したのである。
その結果が魔物の遭遇と、アンネマリーの魔法封印だ。クリストファーが不機嫌になるのも当然と言えよう。
ちなみに、一応クリストファーも拙いながら『静寂』の魔法が使えるので、今日は彼が部屋の防音を担当している。アンネマリーほどの精度はないので要注意ではあるが。
「……んで、お前のそれ、どうやったら治るんだ?」
「……ゲーム設定通りなら自然回復はしないわ。回復アイテムが必要になる」
「すぐに手に入るのか」
アンネマリーは首を横に振った。クリストファーの眉間のしわが深まる。
「どういうこった?」
「ゲームでは『不思議な雑貨屋』っていうお店で色々なアイテムが購入できるの。魔法封印の状態異常を治すアイテムもそこで買えるのよ。だけど……」
「だけど?」
「……お店がどこにあるのか分からないの」
クリストファーはさらに不機嫌そうに表情を歪めた。
乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』には回復魔法が存在しない。そのため怪我を治したり、毒を癒やしたりするには専用のアイテムが必要だった。
それを販売しているのが『不思議な雑貨屋』と呼ばれる店である。
「店の場所が分からないのか? ゲームに登場するんだろ?」
「ゲームでは序盤のシナリオ進行で『不思議な雑貨屋』が解放されてマップ上で使用できるようになるだけで、詳細な位置までは分からないのよ」
「はぁ、マジかよ」
春の舞踏会のイベントが終わり、学園生活がスタートしたあたりで条件解放されるコンテンツ。
それが『不思議な雑貨屋』である。回復魔法が存在しない世界観なので、乙女ゲームでありながら戦闘もこなさなければならないこのゲームでは必要不可欠な存在なのだ。
「でもお前、そんな店、今まで捜してたっけ?」
「……いいえ。捜していないわ」
クリストファーは訝しむ。どう考えても捜しておいた方がいい物だろうに。アンネマリーは悔しそうに表情を歪めた。
「ここは『銀の聖女と五つの誓い』によく似ているけど、それでも現実の世界よ。幼い頃にこの世界の魔法についても勉強して……『不思議な雑貨屋』なんて存在しないって結論付けたの」
「えーと、ゲームの回復アイテムっていうと……」
「体力回復なら『ヒールクッキー』、状態異常回復なら『リフレッシュキャンディー』とかね」
「ああ、うん……」
アンネマリーの答えを聞いて、クリストファーも理解した。
少なくともクリストファーが学んだ魔法理論で、体力や怪我を回復するクッキーや、種類を問わず状態異常を回復してくれるキャンディーなど作ることはできない。
魔法でそんな物が作れるのなら、この世界には回復魔法があってしかるべきで、それがないからアンネマリーは現代医療を再現する魔法『治療魔法』を開発したのである。あくまで怪我をした際に外科治療を再現するための魔法でしかなく、治るには相応の時間を要する。
アニメや漫画のように一瞬で怪我が治ってしまうような魔法は、この世界には存在しないのだ。しかし、『不思議な雑貨屋』の商品は食べるだけでそれを実現する奇跡のアイテムなのである。
「まあ、そんな店が王都にあったらとっくの昔に噂になって確認してるよなぁ」
「……一応、まったく捜さなかったわけじゃないの。正確な位置が分からなくても王都のマップ上で見ることはできるから。だけど……」
「見つからなかったんだな」
アンネマリーは首肯した。記憶を頼りにゲームのマップで場所に当たりを付けて何度か捜したことがあるらしい。しかし、店は見つからず、周辺でもそれらしい噂は耳にしなかった。
だから、アンネマリーは最終的に『不思議な雑貨屋』の存在を切り捨てたのである。
「うーん、まあ、仕方ねえのかなあ」
「……だけど、今なら見つけられるかもしれない」
「へっ?」
目を点にするクリストファーにアンネマリーの真剣な瞳が重なる。
「理由は二つ。一つは今の私。永続的な魔法封印の状態異常が存在しているという事実」
「つまり、対抗手段として『不思議な雑貨屋』の回復アイテムがあるかもしれないってことか」
「そう。そしてもう一つ。今は『不思議な雑貨屋』の解放条件を満たしていることよ」
「解放条件? ……そうか、春の舞踏会」
アンネマリーはコクリと頷いた。彼女が『不思議な雑貨屋』を捜していたのは、王立学園に入学するよりずっと前のことだった。
しかし、ゲームで雑貨屋が解放されたのは春の舞踏会イベントが終了し、学園生活が始まってからである。この世界がゲーム設定に準拠しているのであれば、今なら『不思議な雑貨屋』に辿り着ける可能性がある。アンネマリーは今、そう考えていた。
「というか、時間経過で魔法封印が解除されないなら、私が縋れるのは『不思議な雑貨屋』しかないのよ。魔法が使えないんじゃ私、足手まといになっちゃう」
スカートをギュッと握りしめて、アンネマリーは歯を食いしばった。ただでさえ聖女不在な現状、自分の唯一の武器である魔法まで使えないとなれば、いくらゲーム知識があったところで対処のしようがない。
今回の件は彼女にとって本当に、痛恨の失態なのである。
「……不幸中の幸いは、本物のヒロインちゃんが見つかったことね」
「お前が見たっていう銀髪の少女だな。でも、俺達よりずっと幼いんだろ? ……本物か?」
「だって、そうとしか思えないじゃない!」
アンネマリーは勢いよく立ち上がった。そして少女の姿を思い出す。
なぜか顔を思い出すことはできないが、その格好はゲームにおけるヒロインの最終奥義『銀聖結界』を思わせる姿であった。そして、魔物を倒した魔法もおそらく聖女が持つはずの白銀の魔力。
あれが聖女でなければ何者だというのだろうか……?
「原因は分からないけど、生まれる時期が私達よりずっと遅かったんだわ。だから、そもそも王立学園の入学条件を満たしていなかった。ヒロイン不在は当然のことだったのね」
大きく息をつくとアンネマリーは再びソファーに腰を下ろした。
「雑貨屋捜しと並行して彼女も見つけないと。そして、どうにか接触して協力を仰がなくちゃ」
やや興奮気味に呟くアンネマリー。春以来、ずっと不在だった本物の聖女と思わしき人物を見つけたのだ。こうなっても仕方がないだろう。
だが、向かい合うクリストファーは対照的に冷静だった。
「……その子が本物の聖女だったら、セレディアちゃんはどうなんだ?」
クリストファーの指摘に、アンネマリーはハッと我に返った。
そして思い出す。学園舞踏祭の夜、白銀の魔力に包まれていた彼女の姿を。
「それは……」
「ゲームの設定では、ヒロインちゃんはレギンバース伯爵の娘なんだろ。俺もその小さな聖女に接触することは賛成だけど、その子が本物の聖女だって決めつけるのは早計じゃないか?」
「……そうね。ごめん、やっぱり私今、平常心でいられないみたい」
「ま、それもしょうがないんじゃねえの」
クリストファーにニカリと笑いかけられ、アンネマリーは眉尻を下げて苦笑を浮かべた。
転生したのが自分一人でなくて本当によかったと、彼女は改めて思う。秘密を共有してくれる幼馴染の存在がこんなにありがたいと思ったのは今日が初めてかもしれない。
本人は自覚していないが、それほどに今日のアンネマリーは情緒不安定だったのだろう。一日で消化しきれない出来事が起きすぎたのである。
クリストファーの笑顔のおかげか、ようやく落ち着きを取り戻した気がするアンネマリーは、ソファーに深く背中を預けると大きく息を吐いた。
「セレディア様と話が出来ればいいんだけど」
「今日も休んでたもんな」
ルトルバーグ家でシュウとのお茶会をした翌日、つまりは十一月九日から本日二十三日に至るまで、セレディアはずっと体調不良で学園を休んでいた。今は学生寮ではなく、王都の屋敷に戻って療養中らしい。
「学園舞踏祭が終わってから何だかそわそわして少し様子がおかしかったのよね。もしかするとあの時から体調が思わしくなかったのかもしれないわ」
「こういう病弱なところはゲーム設定にない部分んだな。だから判断に悩んじまうんだよ」
「ヒロインちゃん関係は色々もうぐちゃぐちゃで考えがまとまらないわね。ホント、何がどうしてこうなっちゃったのかしら?」
「さあな。もしかすると俺達が転生したせいかもよ」
「うわぁ、笑えない冗談だわぁ」
二人してうんざりした顔を浮かべ、しばらくして室内にぷっと吹き出す音が響いた。
「やめやめ。とりあえず悔いて悩むのは一旦終わりよ。とにかく、私は明日から『不思議な雑貨屋』と小さな聖女……言いにくいから小聖女って呼ぶわね、小聖女の捜索を始めるわ」
「そんな時間あるのか?」
「しばらく放課後はアンナに変装して捜してみるつもり。本当はしばらく選択授業を休んでしっかり捜索時間を確保したいところだけど……」
「さすがにそれは悪目立ちが過ぎる。誤魔化しきれないぞ」
「ええ、だから少しずつ、でも着実に捜索の手を広げていくつもりよ」
「……分かってるとは思うけど、一人はダメだからな」
「それじゃあ、クリスがついて来てくれる?」
クリストファーは腕を組んで悩む。できれば同行したいが、王太子という立場上かなり難しいと言わざるを得ない。
「……マクスウェルに頼んでみる」
「まあ、それしか選択肢はないわよね。お願い」
そして翌日の放課後――。
「アンネマリー嬢。あなた、何しているんですか」
「ご、ごめんなさい」
――当然のように、アンネマリーはマクスウェルから叱責を受けることになった。
アンネマリーはマクスウェルに魔物に遭遇したことと魔法を封じられたこと、小聖女について報告した。そして、夢を見たと称して『不思議な雑貨屋』についても。
報告を受ける際、現場にはアンネマリーだけでなくメロディも居合わせていたことを知らされたマクスウェルは眉根を寄せて質問した。
「メロディも煙を吸ったんですよね? 大丈夫なのですか?」
「あの煙は魔法を封じるだけだから、魔法が使えないメロディには実質影響はないはずです。でも念のため、『不思議な雑貨屋』を見つけられたら彼女にも『リフレッシュキャンディー』を舐めてもらいましょう」
「そうですね。そうしてください」
こうして、クリストファー、アンネマリー、マクスウェルの当面の目標が定まるのであった。
◆◆◆
十一月三十日の朝。休みが明け、メロディはルシアナとともに王立学園へ向かうことになった。ホームシックならぬメロディシックになりつつあったルシアナの希望でもある。
魔法を使えなくなって一週間。屋敷で生活してみた結果、魔法がなくても特に困らないことが分かった。元々学園でもほとんど魔法を使わずに仕事をしていたのだから、当然と言えば当然だろう。
メロディを含めて誰もが魔法の件で混乱してしまったが、メロディは魔法がなくても十二分にメイドとして優秀は少女だ。困るはずがなかったのである。
そして、この一週間でマイカは小さいながら『灯火』の魔法を習得することができた。あとは本人の努力次第であり、メロディが付き添って魔法の指導をする必要はもうない。
そういった理由から、メロディはルシアナの下へ戻ることが決まったのである。
学園に向かう使用人はメロディのみ。セレーナはもちろんのこと、マイカとリュークも屋敷に残ることとなった。
メロディと入れ替わりで戻ってきたセレーナは当然として、マイカは魔法訓練を続けたいという理由で残留が決まった。内心では、王都のどこかにあるはずの『不思議な雑貨屋』捜しも理由の一つとして数えられる。
マイカもまたアンネマリー同様、ゲーム知識から王都のどこかに『不思議な雑貨屋』が存在する可能性を考えていた。
一週間経ってもメロディの魔法が復活する兆しは見えない以上、シャドウゲッコーの魔法封じはゲーム設定通り永続的な効果である可能性が高い。このまま放置することはできなかった。
(暇な時間を見つけて捜さなくちゃ。ゲームのマップだと、方角的に孤児院のある方面だと思うけど、どこまで当てになることやら)
リュークは屋敷の護衛のために残ることになった。魔法が使えないメロディだけでは無防備ではという意見もあったが、幸いなことに以前彼女が制服やドレスにかけた守りの魔法は健在だ。そのうえ、ルトルバーグ邸より王立学園のセキュリティーの方がしっかりしていることを考えれば、王都の街中に魔物が現われたことも含めて屋敷の護衛をするべきという結論に至ったのである。
そして二人は、リュークが御者をする馬車に運ばれて王立学園に戻ってきた。
「送ってくれてありがとう、リューク。お屋敷のこと、よろしくね」
「ああ……そっちも気を付けろよ」
返事こそ素っ気ないが、しっかり頷くとリュークはルトルバーグ邸へ戻った。続いてルシアナの登校を見送る。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「うん、行ってきます! えへへ、メロディに見送られるなんて久しぶりね!」
「美味しい夕食を作って帰りをお待ちしてますね」
「楽しみにしてるわ!」
テンション高めにスキップしながら登校していくルシアナを、メロディは微笑みながら見送った。
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