ルシアナと不思議な雑貨屋
「さあ、ここに座って待ってて。今、お茶を淹れてくるわね」
カウンターの前に椅子が用意され、白髪の老婆は店の奥へ姿を消した。まだ少し混乱気味のルシアナは、言われるままに腰掛けると周囲を見回す。
(このお店は一体……?)
店内は女性向けと思われる可愛らしい内装をしていた。棚にはデフォルメされたクマやウサギのぬいぐるみ、花柄のハンカチ、靴や傘など商品のジャンルは多彩だ。
カウンター越しの棚には瓶詰めにされたクッキーや飴などのお菓子も用意されており、店内にはほんのり甘い香りが漂っていた。
「なんだか美味しそうなお店ね」
「あら、褒められたと思っていいのかしら」
お茶の準備を終えた老婆が戻ってきた。
呟きを聞かれたルシアナは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「えっと、ここって雑貨屋よね? お菓子も置いてあるんだなって思って」
「ええ、当店ではお菓子が一番の売れ筋よ。例えばこれ」
そう言って、老婆は棚からクッキーの瓶をカウンターの上に置いた。蓋を開け、三枚ほど皿にのせるとルシアナの前に差し出す。
「……もらっていいの? 売り物でしょう?」
「どうぞ召し上がれ。当店の売れ筋商品『ヒールクッキー』よ。食べると体力が回復するの」
「クッキーで体力回復?」
この人は何を言っているのだろう?
そんな顔を向けるルシアナに老婆は笑顔のままだ。訝しげな顔でクッキーを一口食べてみると、サクッとした食感と甘い味が口いっぱいに広がった。
「美味しいっ……けど、体力が回復したようには感じないわね?」
「そりゃあ、お嬢さんは大して疲れていないんだから分からなくて当然でしょう」
「それはそうかもしれないけどぉ……」
可笑しそうに笑う老婆に、少し揶揄われたのかと思うルシアナだが、美味しいクッキーと紅茶をいただいておいて文句を言うのも違うかと思い、諦めることにした。
「他のお菓子にも何か効能があったりするの?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ、これは?」
「これは『マジックグミ』。食べるとなんと魔力を回復するわ」
「……じゃあ、これは?」
「それは『リフレッシュキャンディー』。状態異常を回復するわ」
「状態異常? ……病気を治したりできるの?」
「どちらかというと外的要因の異常ね」
「……それって、解毒剤ってこと?」
「毒以外にも効果があるわよ。例えば魔法で麻痺させられたとか……魔法を封じられたとか」
「もう、何でもありじゃない。冗談ばかり言って!」
あまりにも内容が荒唐無稽なのでルシアナはつい声を荒げてしまった。老婆は大して気にした様子もなく可笑しそうに笑うだけだ。
(むー、この人、私を揶揄って楽しんでるんだわ。お客で遊ぶなんて! ……って、私ってお客で合ってるのかしら?)
いつの間にか老婆とお茶をしているが、ルシアナは別にこの雑貨屋に用があって来たわけではない。メロディの声に導かれた先にこの店があっただけなのだから。
(というか、なんでこんなところにこんなお店があるのかしら?)
ルシアナは思い切って聞いてみることにした。
「あの、このお店ってどうしてこんな貴族区画の奥まった場所にあるの? こんな場所じゃお客さんなんて来ないんじゃない?」
「あら、お客様ならあなたが来てくれたわよ」
「私は偶然見つけただけで、とても経営できると思えないんだけど」
貴族区画にある店といえば、貴族をもてなすことを前提とした大通りに並ぶ老舗の商会などが一般的だが、この小さな雑貨屋は貴族を相手にするような店には見えなかった。
「ふふふ、いいのよ。私、路地裏にひっそりと佇む隠れた名店をやってみたかったの。心配しなくてもちゃんと経営できてるわ。それとも、そんなに羽振りが悪そうに見えて?」
そう言われて、ルシアナは改めて店内を見回した。女性向けのファンシーな内装は、ひとつひとつが丁寧に作られたものだというのが素人目にも分かった。
少女趣味な雰囲気はあるが、決して安っぽくはない。掃除も行き届いているので清潔感もあり、女性には居心地のよさそうな印象を受けた。
「……まあ、問題ないならいいんだけどね」
「ふふふ、心配してくれてありがとう」
二人は紅茶を口に付けた。しばらく店内が静かになり、一息ついた老婆が話を切り出す。
「さて、落ち着いたところでそろそろお嬢さんを占ってあげないとね」
「私のこと、迷子って言ってたわね……あなたは私が今どんな状況にあるか分かっているの?」
ルシアナをひと目見た老婆の指摘はあまりにも的確すぎて、だからこそルシアナは老婆に勧められるまま雑貨屋に足を踏み入れたのだ。
メロディの声に導かれた先に現われた彼女は、ルシアナの助けになってくれるのだろうか。
老婆は首を横に振り、眉尻を下げて微笑む。
「いいえ。私はあなたが何者であるかなんて知らないわ。ただ、帰り道が分からなくて途方に暮れる幼子のような顔をしていたからそう呼んだだけなのよ」
「そ、そう……私、そんな顔してた?」
ルシアナは赤らんだ頬を隠すように両手を添えた。
幼子と言われて恥ずかしかったらしい。
「ふふふ、他の人はどうか知らないけど私にはお見通しよ。さあ、占いを始めましょう」
「わ、分かったわ」
一度大きく息を吐き、ルシアナは気持ちを落ち着かせる。正直、占いなんてまだ半信半疑だが、メロディの声が齎したこの不思議な出会いを信じてみることにした。
「お嬢さん、この水晶玉をじっと見つめて」
(お願い、メロディ。私に力を貸して……!)
膝の上で両手を組み、言われるままにルシアナは水晶玉を見つめた。老婆もまた両手を翳しながら水晶玉をじっと見つめる。
すると水晶玉の中心から靄のような青白い光が灯り、ゆらゆらと不規則な動きを見せ始めた。
眼前の神秘的な光景にルシアナは思わず息を呑む。
(これは、もしかして本当に……?)
やがて水晶玉のゆらめきは治まり、老婆は翳していた両手を離した。そっと瞳を閉じ、しばしの沈黙が続く。
占いの結果を知りたいルシアナは固唾を呑んで待っていたのだが――。
「おかしいわね。何も見えなかったわ」
――ガタンッ! と音をたてて、ルシアナは椅子からずっこけるのであった。




