その声は夢か幻か
「それで、セシリアはレギンバース伯爵様に引き取られたの?」
「はい。家にフロード様が迎えに来られて」
入学式会場へ向かいながら、ルシアナはセシリアから彼女の事情を聞いていた。母が亡くなってしばらくしたら、レギンバース伯爵の遣いとしてレクトが訪ねてきたらしい。
そのままあれよあれよといううちに、気が付けば彼女は伯爵令嬢『セシリア・レギンバース』となっていたのだとか。
「なっていたって、どういうこと?」
「……私、本当はセシリアなんて名前じゃないんです。体裁が悪いからって、父が新しい名前をつけて……」
「そうなの? そっか、だから……」
メロディじゃないのね――と、ルシアナはうっかり納得してしまったが、まさかその名前さえ偽名で、本名が『セレスティ・マクマーデン』だとは思いもしなかった。
(メロディのお母様も亡くなってるって話しだし、二人の境遇は同じね。そういえば、あのヘタレ騎士とは故郷で出会ったってメロディが言ってなかった? でも家じゃなくて馬車の駅でって言ってたような。この違いは何? 何が違うの? 何が……あっ)
「セシリア、『定期馬車便』って知ってる?」
「定期馬車、ですか……? えっと……」
「ううん、知らないならいいの」
(もしかしなくても、定期馬車便がない? だから、セシリアは家を出ていなかったんだ。どうして……ああ、そうか、あれはクリストファー様とアンネマリー様が協力して立ち上げた政策だって前に聞いた覚えがあるわ。今の二人に建設的な話し合いができるとは思えない。そうよ、私自身が以前アンネマリー様に言ったんじゃない。定期馬車便のおかげで我が家にメロディが来てくれたって。定期馬車便がないから、うちにメロディが来なかったんだわ)
一人でうんうんと納得するルシアナ。
しかし、同時にあることに気が付く。
(あれ? でも……セシリアは、レギンバース伯爵の娘なのよね? それって――)
――メロディもでは?
「……セシリアの髪色って、それは地毛? 染めてたりする?」
「髪ですか? いいえ、生まれたときから銀色ですよ」
なぜそんな質問をするのだろうと、不思議そうに首を傾げるセシリア。ルシアナはそこからとある考えに至る。
(二人が同一人物だとしたら、もしかしてメロディの黒髪黒目って……魔法で染めてる?)
金髪赤目のセシリアに変身できることを考えれば、普段の黒髪黒目も偽装である可能性は十分にありえることであった。
ではなぜ髪色を変えているのかと言えば……。
(親譲りの銀色の髪……すごく目立つでしょうね)
メロディは自分の出自を知っていて隠しているのかもしれない。
それが一番自然な気がした。
(その割には、メロディのレギンバース伯爵に対する態度って他人行儀なのよねぇ。それに、そうなるとセレディア様はどうなっちゃうの? ……やっぱりよく分からないわ)
かなり確信に近い思考をするルシアナだが、情報不足は否めない。そもそもここはルシアナが元いた場所とは似て非なる世界だ。顔が似ているだけでセシリアとメロディが別人という可能性すらある。考えるだけ無駄なのかもしれないと、ルシアナは首を左右に振るのだった。
「何だか込み入った話を聞いちゃってごめんね」
「……いいえ、誰かに聞いてもらえてよかったです。そんな相手、いなかったので」
セシリアは微笑んだ。
「不思議ですね。なぜだかルシアナさんには正直に話せる気がします」
しかし、その笑顔はメロディとは似ても似つかない、とても寂しそうな表情だった。
(この子はどうしてこんなふうに笑うんだろう?)
ルトルバーグ家でメイドとして満面の笑顔で働くメロディと、レギンバース家で恵まれた伯爵令嬢として生きることになった、寂しそうに微笑むセシリア。
(この違いは……何?)
そしてルシアナはハッと気が付いた。そんなもの、ひとつしかない。
「セシリアってメイドは好き?」
「メイドですか? ……特に好きも嫌いもないと思いますけど」
(ああ、やっぱり……)
セシリアには『メイド愛』がなかった。もっと言えば、人生を賭けてでも好きだと言えるものをセシリアは持っていないのだ。
これはあまりにも大きな違いだった。もはやメロディをメロディたらしめる中核を失っているも同然であった。
だからこそ、ルシアナはすぐにセシリアとメロディが別人だと察したのだろう。
(でも、どうしてセシリアはメイド好きじゃないんだろう? いや、メロディはむしろどうしてメイドが大好きなの?)
謎は深まるばかりである。うんうん悩みながら歩くルシアナにセシリアが声を掛けた。
「あの、ルシアナさん。ゆっくりお話をしたいところですけど、そろそろ時間が」
「え? ああ、ごめんなさい! 急ぎましょう! ちょっと走るわよ」
「は、はい!」
とにかく入学式に間に合わなければと、小走りになって二人は急いだ。
◆◆◆
「向こうの角を曲がってちょうだい」
「はいっ」
二人は中庭に面した渡り廊下に差し掛かった。この先にある通路の角を曲がれば会場までもうすぐだ。
セシリアは意外と足が速いのか、今はルシアナより少しだけ前を走っている。ルシアナはホッと安堵の息を漏らした。
(これなら入学式には何とか間に合いそうね)
走りながらルシアナは中庭を見た。太陽に照らされた緑が美しく映えている。そっと視線を上げれば、雲一つない青空が広がっていた。
(綺麗ね……私、なんでまた入学式なんて受けなくちゃいけないのかしら?)
仕方のないこととはいえ、自分のありように疑問を隠せない。
(空はあんなに青くて広いのに……私はまるで鳥かごの鳥ね。メロディならきっと自由に羽ばたくんだろうな)
ふと、天使のような翼を広げ、青空を自由に舞うメロディの姿が思い浮かんだ。
「……私も、空を自由に飛びたいな」
思わずポツリと呟いたその時だった。
『お嬢様っ!』
「――えっ?」
ルシアナは足を止め、反射的に振り返った。
セシリアはルシアナに気付かず前を走っていく。
「……メロディ?」
メロディの声が聞こえた気がした。
ルシアナは周囲を見回すがそこに人影はない。
幻聴だろうか?
しかし、それにしてははっきり声が聞こえた気がしたのだが……。
「きゃっ!?」
思わずメロディを捜しに飛び出そうかと思ったとき、通路の角の先からセシリアの悲鳴が上がった。ハッとしたルシアナは全力で駆け出した。
「セシリア! どうしたの!?」
「いたたた……」
「すまない! 大丈夫かい?」
どうやら角を曲がった先で誰かとぶつかったらしい。尻餅をついたセシリアは差し伸べられた手をとって立ち上がるところだった。
「申し訳ございません。急いでいて気が付かなくって……わぁ」
立ち上がり、顔を上げたセシリアの口から思わず感嘆の息が零れた。
「えっ!? あなたは――」
ルシアナも驚きの声を上げた。そこには予期せぬ人物がいたからだ。
「どうして王太子殿下が……」
セシリアとぶつかった人物は、王太子クリストファーであった。
ルシアナ奮闘記、想定よりずっと長くなってます!
初期構想は前後編くらいだったのにびっくりです。
よかったらもうちょっとお付き合いくださいませ。
というわけで、ルシアナ番外編は『番外編幕間ルシアナ奮闘記』として章を分けることにしました。
ちなみにスタートは『天使の翼に憧れて』からになります。




