親密度ゼロの男
「メロディ!」
ルシアナは思わず駆け出した。しかし、少女達の間に一人の人物が立ち塞がる。
もちろんレクトだ。ルシアナはムッと瞳を尖らせて彼を見上げた。
「ちょっと!」
「どこのどなたか存じませんが、セシリアお嬢様にこれ以上近づかないでいただきたい」
「――っ!」
声を張り上げられたわけでもないのに、ルシアナは息を呑んだ。目の前に立つ人物が彼女の知る彼とは別人のように冷たい気配を放っていたからだ。
メロディに恋するレクトは、その主であるルシアナに一定の敬意を払っていた。しかし、今の彼にそれはない。目の前の男はルシアナを『護衛対象に近づく不届き者』としか見ていなかった。
だが、多少気圧された程度で引き下がるルシアナではない。
「ちょっと話があるだけよ!」
「……今は急ぎますので後にしてください。入学式の時間が迫っていますので……セシリアお嬢様、お急ぎください」
ルシアナの強気な態度に眉を顰めるが、彼女の制服姿に気付くとレクトは口調を改めた。だが、ルシアナを通すことはなく、背後でオロオロとしているセシリアに校舎へ入るよう促す。
同時に、ルシアナは首を傾げた。
「セシリア? ……メロディじゃなくて?」
その声が聞こえたようで、レクトの後ろからセシリアが答えた。
「あの、はい。申し訳ありません……私は、メロディという名前ではありません」
そう告げるとセシリアは微笑んだ。その笑顔はどこか寂しそうで覇気がなかった。メイドライフを謳歌して毎日楽しそうに笑顔を振りまいていたメロディとはまるで別人だ。
(同じ顔をしてるのに……この子は、メロディじゃない)
もしかしたら同じ人物ではあるのかもしれない。だけど……彼女は、自分が求めていた少女ではないのだと、ルシアナは本能的に理解してしまった。
それは本当に困った事態であった。
(メロディがこの状況の原因かもって考えてたのに、当の本人がこれじゃあ……私、どうしたらいいの?)
もはや学園に来た意味がなくなってしまった瞬間である。クリストファーとアンネマリーは頼れそうになく、メロディまで別人になってしまっては誰に相談していいのか分からなかった。
(ベアトリスやミリアリアに相談したとして、分かってもらえるかしら。マクスウェル様ならもしかして……でも、入学式の日って在校生はいなかったような)
目を伏せて思考するルシアナに、どうやら彼女は人違いをしていただけらしいと結論づけたレクトは、ルシアナを無視してセシリアの方を向いた。
「さあ、お嬢様、お早く。急ぎませんと本当に入学式に遅れてしまいます」
「は、はい。でも、どこへ行けば……」
「……案内係はいないようですね」
レクトは周囲を見回すがこの場には三人以外に人影は見当たらなかった。
「困りましたね。校舎には生徒以外が勝手に入ってはいけないのですが……」
そう言って、レクトはセシリア以外の生徒の存在を思い出した。
「ちょっとよろしいですか?」
「え? あ、何?」
レクトに声を掛けられ、考え込んでいたルシアナは我に返る。
「お名前をお伺いしても?」
ルシアナはいきなりなんだと訝しむが、そういえばここでは初対面だったことを思い出し、『しょうがないなぁ』と考えつつも、気を取り直してメロディ仕込みの優雅なカーテシーを披露した。
「先程は失礼しました。ルシアナ・ルトルバーグと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
「……ルトルバーグ」
ルシアナの上品な礼に一瞬見蕩れてしまうレクトだが、その家名には聞き覚えがあった。そして姿勢を正すと、レクトはルシアナに礼を返す。
「ルトルバーグ伯爵家の方でしたか。私の方こそ先程はご無礼を。セシリアお嬢様の護衛騎士を務めております、レクティアス・フロードと申します」
「ルトルバーグ伯爵家……?」
挨拶を交わす二人のやり取りを見ていたセシリアは、不思議そうに首を傾げた。
「はい。お嬢様のレギンバース伯爵家とは同格の爵位になります。ルトルバーグ伯爵は春から宰相府への任官が決まっているそうですよ」
「宰相府……お父様がお勤めの?」
「あら、詳しいのね」
ルシアナがそう言うと、レクトは何でもないように返答した。
「私の主は宰相府で宰相補佐をしておりますので。以前、そのようなお話を伺いました」
「ふーん」
「……そう、なんですね」
レクトの説明を聞いたセシリアはそっと寂しげに目を伏せた。
その意味にレクトは気付かない。
(きっと、私よりフロードさんの方がたくさん父と話をしているんでしょうね)
「それはともかく、ルトルバーグ嬢、入学式の会場への行き方は分かりますか」
「それはまあ、分かるけど?」
「大変恐縮ですが、セシリアお嬢様をお連れいただけますか。私は校舎に入れないので」
「ああ、そういうこと。別にいいわよ」
(別人とはいえメロディを放ってはおけないものね。どのみち、手がかりがなさそうとはいえ入学式に参加しないわけにはいかないし)
「ありがとうございます。お嬢様、ルトルバーグ嬢と一緒に会場へ向かってください」
「は、はい。その、ルトルバーグ様、よろしくお願いします」
「私のことはルシアナでいいわよ。私もあなたのことセシリアって呼んでいい?」
「わ、分かりました……よろしくお願いします、ルシアナさん」
「うん、よろしくね、セシリア。さあ、行きましょう」
ルシアナはセシリアの手を取り歩き出した。
「行ってらっしゃいませ、セシリアお嬢様」
「……行ってきます」
サッと一礼するレクトに見送られて、二人は校舎の奥へと姿を消した。
(なんか、メロディのそばにいるのにいつもより随分とお堅い雰囲気ね……なんでかしら?)
その疑問に答えてくれる者はどこにもいない。
本当は、メロディに一目惚れしてヘタレ騎士となってしまったレクトの方が例外であるという事実に、ルシアナが気付けるはずもないのであった。




