必然のガールミーツガール
両親と別れ、王立学園の門を潜ったルシアナは愕然としていた。目の前にまったく想定外な光景が広がっていたがゆえに。
「そこのあなた! わたくしのクリストファー様に色目を使おうったってそうはいきませんわよ!」
「やめないか、アンネマリー! 彼女はただ挨拶をしただけだろう」
「殿下もわたくしという婚約者がありながら他の女性に目を向けるなんてあんまりですわ!」
「……君は、私にクラスメートと話すことも許さないとでも言うつもりかい?」
校舎の玄関の真ん前で言い合いをしているのは、学園の誰もが憧れるベストカップル……のはずの、王太子クリストファーと侯爵令嬢アンネマリーであった。
まるで子供が駄々をこねるように顔を紅潮させて詰め寄るアンネマリー。対するクリストファーもどこか冷ややかで、うんざりしたような表情を浮かべている。
ケンカの原因となった女子生徒は何度も頭を下げると慌ててその場を立ち去った。ホッと息をつくクリストファーとは対照的に、アンネマリーは女子生徒の背中を睨み付けていた。
(どういうこと? あれがアンネマリー様とクリストファー様? ……私が知ってる二人じゃない)
呆然と目の前の光景を見つめるルシアナの周囲では、生徒達がヒソヒソと噂話を始める。
「あれが『傾国の美姫』アンネマリー様……美しさはともかく、本当にあの方が王妃になったら国が傾きかねないわ。あんな方が王太子の婚約者だなんて」
「侯爵家の力で婚約者の座を無理強いしたって噂は本当なのかな?」
「オリヴィア様が婚約者になってくだされば安心できたのですけど」
幼い頃から非凡な才能を発揮し、十五歳にして妖艶な美しさを手に入れていたアンネマリーを人々は畏敬を籠めて『傾国の美姫』と呼んでいた。またはその実力ゆえに『完璧な淑女』とも。
だが、ここにいる生徒達はどちらかというと、顔が美しいだけの無能とでも揶揄するように彼女を『傾国の美姫』と呼んでいた。
(これってどういう状況なのかしら? 我が家に関してはメロディがいないからとして、アンネマリー様達がああなっているのは何が原因なの? 全然分からないわ)
あれではとてもルシアナの悩みを相談することはできそうにない。クリストファーに声をかけたが最後、アンネマリーから怒濤の罵声が飛んできそうだ。
二人の痴話げんか(?)は校舎の玄関の真ん前で行われていたため、生徒達は校舎に入ることを躊躇していた。素通りするには憚られる目立ち具合だったので。
それに気付いてか、クリストファーはちらりと辺りに視線を向けると、ため息をついた。
「……失礼する」
そう告げると、クリストファーはアンネマリーに背を向けて歩き出した。
「あっ、待ってくださいませ、クリストファー様!」
校舎に入るクリストファーを追って、アンネマリーも走り出した。やがて玄関前に静寂が戻ると生徒達はホッと安堵の息を零して、それぞれ校舎へと入っていく。
前回の入学式でルシアナのことを『貧乏貴族』と見下していた生徒が彼女の横を通り抜けていったが、先程の衝撃が大きかったせいか誰一人としてルシアナに気が付く者はいなかった。
◆◆◆
ルシアナが冷静さを取り戻したのは、周囲から人影がなくなった頃だった。
(どうしよう、完全に当てが外れちゃった……)
メロディがいないだけでなく、アンネマリー達もルシアナの知らない人物になってしまっているなんて想定外である。
朝からずっと混乱しっぱなしだ。
しかし、ルシアナは大きく深呼吸をして気持ちを切り替えた。
「とにかく、何か手がかりを探さなくちゃ」
この現状は、一体何が原因でこうなってしまったのだろうか。
ルシアナが見ている悪夢? それとも何かの偶然が重なってメロディの魔法が暴走し、ルシアナの想像を超えるとんでも大事件が起きてしまったのか。
(その場合、どうして私だけが前の記憶を覚えているのかが謎なんだけど……)
学園に手がかりがあるのかないのか、それすら分からないが何もしないではいられない。
「とにかく、ベアトリスやミリアリアとも話をしてみて……って、もうこんな時間?」
気が付けば、入学式の時間が迫っていた。うっかり考え事をし過ぎたようだ。
「遅刻して悪目立ちするのは避けたいわ。走ればまだ間に合うかも……あれは?」
急ぎ校舎に入ろうとするルシアナだったが、こんな時間になって玄関前に一台の馬車がやってきた。それは、レギンバース伯爵家の紋章を掲げていた。
ルシアナは目をパチクリさせて驚く。
「レギンバース伯爵家の馬車? ということは、あれにはセレディア様が乗ってるの? ……どこまでも私の知ってる世界じゃないのね、ここは」
セレディアが学園に編入したのは二学期からだった。しかし、今回はきちんと入学式から参加するようだ。この分ではシエスティーナまで四月から留学してくるのではないかと思っていると、馬車の扉が開かれた。そして最初に護衛騎士が下りてくる。
「え? なんであいつが」
馬車から出てきたのは見知った人物、レクティアス・フロードだった。前の記憶ではセレディアの護衛をしているのはセブレという騎士だったはずだが、ここでもいろいろ違うらしい。
以前目にした時よりもやや硬い表情をしたレクトが、馬車に手を差し出した。その手にエスコートされて制服姿の女子生徒が姿を現す。
「……え?」
美しい白銀の髪と煌めく瑠璃色の瞳を携えて、少女は降り立った。だが、その相貌は思っていた人物、セレディアのものではなかった。
「セシリアお嬢様、お早く。入学式に遅れてしまいます」
「……はい」
髪や瞳の色が違っても、普段は見せないような寂しげな表情を浮かべていてもルシアナは見間違えたりしない。
セシリアと呼ばれた少女――メロディに向かってルシアナは駆け出した。
オーディオブック第1巻、好評配信中です。
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第2巻は5月15日配信予定です。
あと43日!
まだまだ先のようでいて意外とすぐですね。
よろしくお願いします!
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