信じてやまないマイハート
朝、目が覚めたらメロディ達がいなくなっていた。
それどころか今日は王立学園入学式の日で、これまでのメロディとの思い出がまるで最初からなかったかのようだ。理解できない状況にルシアナは困惑し、呆然と立ち尽くしてしまう。
(……あれは本当に夢だったの?)
ギュッと握る拳に食い込む爪が痛い。否が応でもここが現実なのだと突きつけられるようで、ルシアナは顔を顰めた。
都合のいい夢を見ていたのだと言われれば、思わず「確かにそう」と答えたくなる出来事がたくさんあった事実は否めない。
老齢のメイドが退職し、その後で求人票を出した翌日には超有能で可愛いメイドが意気揚々とやってくるなど、妄想でなくて何だというのか。
ただ優秀なだけでなくとんでもない魔法使いで、幽霊屋敷もピカピカの新築にし、魔法の扉で王都と領地を自由に行き来でき、魔障の地『ヴァナルガンド大森林』すら彼女にとってはお手軽な食料庫扱い……。
(……どうしよう、ホントに夢な気がしてきた……って、違う違う!)
ルシアナは何度も首を横に振って弱い心を否定した。そして両手でパンッと頬を叩くと気持ちを一気に切り替える。
「悲観したって何も始まらない。物的証拠がなくたって、私自身が私の心を信じなくてどうするの。メロディ達はいる。まずはその前提で何をするべきか考えなくちゃ」
ルシアナは思う。きっとかつての、メロディに出会う前の自分ならこの状況に耐えきれずに泣き出していただろう、と。
(だけど、ここにいる私はメロディ達と出会って成長した私。だから、ちゃんと前に進める)
メロディとともに過ごした王立学園の日々は、きちんとルシアナの糧となっていた。
「……そうだ、王立学園」
そこには頼りになる人物がいたとルシアナは思い出す。王太子クリストファーと侯爵令嬢アンネマリーだ。信じてもらえるかは分からないが、何かよい知恵を貸してもらえるかもしれない。
「マクスウェル様は……話を聞いてもらえるかな?」
今日が四月一日でメロディもいないとなれば、ルシアナがマクスウェルと面識を得る機会はないことになる。話を聞いてもらえたら助かるが、その場合は同級生のよしみでクリストファーに紹介してもらうのがよいだろうか。
「そうと決まれば行かなくちゃ、入学式に! 待っててね、メロディ!」
ルシアナは両親がいる調理場へ走り出した。
◆◆◆
入学式に参加する旨を伝えたルシアナは、マリアンナが作った朝食を食べ終えると身支度を整えた。メロディが毎朝してくれていたお手入れを見様見真似でこなし、制服姿に着替えると、ヒューズが今日のために借りてきた馬車に乗って三人は王立学園へ向かう。
ちなみに、前回うっかり忘れた入学許可証はしっかり持参している。同じミスは繰り返さないと自負しているルシアナが内心で「どうよ、メロディ!」と思っていることは内緒である。
「本当に体調は大丈夫、ルシアナ?」
「ええ、もちろんよ、お母様」
王立学園へ向かう馬車の中、心配そうにこちらを見つめるマリアンナにルシアナはニコリと笑顔を見せた。
「ならいいのだけど……」
チラリと窺う両親の表情は心配げでどこか自信がなく、正直に言えばちょっと頼りないとルシアナは感じた。自分の両親はこんな人だっただろうかと考えつつ、これもまたメロディがいないことが原因なのだと悟る。
(そうよね。私達、メロディがいてくれたから、王都で恥をかくことがなかったんだもの……)
入学式のために一張羅を身に纏っているヒューズとマリアンナ。大切に扱っているのでまだまだ十分綺麗な服だが、それでも年代を思わせる古めかしさは隠せない。
領地ならともかく、洗練された衣装を身に纏う王都の貴族と比べれば野暮ったく感じるのは仕方のないことだった。王都に着てから二人ともいろいろな手続きなどで外に出ているので、きっとその時に心が傷付くような出来事でもあったのではないだろうか。
初めて学園の教室に入った時、奇異の目で見つめられたことを思い出す。今では誰も覚えていないが、六月頃に起きた奇妙な事件の犯人だと糾弾されたこともあった。
多くの助けがなければきっと心が折れていたに違いない。
きっと両親もそれは変わらないのだ。
(メロディがいない。たったそれだけで、こんなにもいろんなことが変わってくるのね)
それだけメロディがルトルバーグ家に与えた影響は大きかったのだと、ルシアナは改めて思う。
そしてマリアンナの手にそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫よ、お母様。そんなに心配しなくても入学式ではお母様が胸を張って自慢できる私の勇姿をお見せするわ。こんな感じに」
ルシアナは座る姿勢を正した。メロディに教わった優雅な仕草を意識して『淑女モード』を披露する。ただ椅子に腰掛けているだけなのに、思わず目を引く深窓の令嬢が馬車内に誕生した。
「まあ、ルシアナ……」
「……これは驚いた。いつの間にそんな気品を習得したんだい、ルシアナ」
ルシアナはクスリと微笑むだけで真実を語らない。その姿もまた淑やかで、マリアンナとヒューズの口から思わずため息が零れた。
そして、パッと可愛らしい笑顔を浮かべていつもの雰囲気に戻る。
「どう? 心配なんていらないでしょ?」
そのギャップに一瞬ポカンとするが、伯爵夫妻は思わずプッと噴き出してしまった。
「ああ、本当だ。私達は心配しすぎたようだね、マリアンナ」
「……ええ、そうね。ルシアナったらいつの間にこんなに強い子になったのかしら」
馬車の中に笑い声が溢れた。
御者の男は、幽霊屋敷から出てきた家族にしては随分と楽しそうな一家だなと、暗いよりは全然いいやと思いながら王立学園へ向けて手綱を引くのであった。
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