嘘だと言ってほしいエイプリルフール
「……ここ、どこ?」
朝、目を覚ましたルシアナはベッドから起き上がった姿勢のまま呆然としていた。そこは、いつもの自分の寝室ではなかったからだ。
「ごほ、ごほっ」
息苦しさに思わず咳き込む。部屋全体が埃っぽい。置いてある家具はいつ壊れても不思議でないほど老朽化しているように見えた。
率直に言えばボロ屋敷の一室といった雰囲気だ。しかし、改めて部屋を見回したルシアナは不思議な既視感を覚えた。
「……あれ? ここって、私の部屋?」
廃棄物寸前である点を除けば、置いてある家具やその配置は普段過ごしている自分の部屋と同じであることにルシアナは気が付いたのだ。
「何がどうなっているのかしら?」
外を覗けば既に太陽は昇り、いつもならとっくにメロディが起こしにきている時間だった。メイドの仕事をこよなく愛する彼女が、こんな時間まで自分を放置するのはあきらかにおかしい。
とりあえず着替えて部屋を出ようと考えたルシアナは古ぼけたクローゼットを開けた。
「……えっ?」
クローゼットにはメロディが作ってくれた普段着のドレスが入っているはずだった。だが、その中には薄汚れた古いドレスが数着かかっているだけで、いつものドレスがどこにも見当たらない。
一着手に取ってみると、それはメロディに初めて会った日に着ていたドレスだった。しかし、これがここにあるのはおかしいのだ。なぜなら、このドレスはメロディが魔法で新しいドレスに作り替えてくれたはずなのだから。
何かが変だ。そう思いながら、ルシアナはドレスに袖を通した。とにかく一度部屋を出て、メロディに状況を説明してもらわなければならない。
(だって、こんなことができるのはメロディしかいないもの!)
綺麗だった屋敷が一夜にしてボロ屋敷に。そんなことはメロディのメイド魔法でも使わなければ起こりえない現象である。
だから、この時のルシアナはまだ信じて疑っていなかったのだ。
着替えて部屋を出ると、やはり屋敷の中はルシアナの部屋同様に廃屋のようなありさまだった。最早どこから手直しすればいいか分からないレベルで、朝だというのに屋敷中が薄暗く感じる。
「……メロディがうちに来る前に戻ったみたい」
目覚めた時に感じた既視感。今の屋敷は初めて王都を訪れた時に入った、幽霊屋敷の頃のルトルバーグ邸にそっくりなのである。
(違う。そっくりなんじゃない……そのままなんだ。ここはまるで、メロディが来る前にいたあの幽霊屋敷そのものだわ。本当に一体、何が起きたっていうの?)
思い返してみれば、さっき自分が身に着けていた寝間着もいつもの服ではなかった。メロディが訪ねてくる前に使っていたもので、とっくの昔に新品に作り替えられていたはずなのだ。
(早く、メロディを探さないと……)
一階まで下りたが誰にも会わなかった。相変わらずどこもかしこも埃まみれで掃除をした気配など微塵も感じられない。
(メロディどころかセレーナやマイカ、リュークの姿も見当たらない……)
この時間ならもう掃除は終わっていて、そろそろ朝食の準備も終わる頃だ。ルシアナは調理場へ歩を進めた。しばらく進むと調理場で誰かが動いている物音が聞こえ、ルシアナはホッと安堵の息を零した。
「よかった。ちゃんといるじゃない。おはよう! ……ござい、ます?」
「あら。おはよう、ルシアナ。もうすぐ朝食ができるから少し待ってね」
調理場に立っていたのはルシアナの母、マリアンナ一人だけであった。ニコリと微笑むマリアンナはルシアナと同じく、領地で使っていた古ぼけたドレスを身に纏っている。
「……お母様、一人で朝食を作ってるの?」
「ふふふ、そんなわけないでしょう。今、井戸に水を汲んできてもらっているところよ」
「そ、そうよね!」
母親の言葉にルシアナは安堵した。しかし、その心の安寧はすぐに揺らぐこととなる。
「マリアンナ、水を汲んできたよ。おや、おはよう、ルシアナ」
笑顔で水桶を運んできたのはルシアナの父、ヒューズであった。やはりかつて領地で着ていた古い服を纏っている。
「……おはようございます、お父様。お父様が水汲みを?」
「可愛いマリアンナに力仕事をさせるわけにはいかないからね」
「もう、ヒューズったら。あまり揶揄わないでちょうだい」
「ははは、本心だとも」
娘の前で朝っぱらからお熱いバカップルがここにいた。ある意味普段の光景にルシアナはほんの少しだけ安堵しつつ、ずっと抱いていた疑問を二人へ投げ掛けた。
「……お父様、お母様。メロディはどこにいるの?」
やはりおかしいのだ。マリアンナが朝食を作り、ヒューズが水汲みをするなど、メロディやセレーナがいて伯爵夫妻にそんな仕事をさせるはずがないのである。
彼女達に代わって朝食を作る二人は事情を知っているはず。そう思って尋ねたのだが、二人から返ってきた言葉は完全に想定外のものだった。
マリアンナとヒューズはチラリと視線を交わし、不思議そうに首を傾げると――。
「メロディって、誰だい?」
「メロディって、誰かしら?」
そう聞き返す二人は、揶揄っているわけでも嘘をついているわけでもなく、本当にそんな人物に心当たりがないという表情をしていた。
「メ、メロディよ。うちのオールワークスメイドのメロディよ!?」
「……前に腰を痛めて退職した老齢のメイドはそんな名前ではないはずよね?」
困惑気味に尋ねるマリアンナにヒューズもまた困った顔で頷き返す。
「セレーナは? マイカは? リュークは? この屋敷のメイドと執事見習いよ!」
「……ルシアナ。今、この屋敷に使用人は誰もいないだろう? 老齢のメイドがやめたきりだ」
「そんなはず! ……そういえば、グレイルのバスケットはどこ? いつも寝床用のバスケットが調理場のすみっこにあったはずなのに」
「グレイル?」
マリアンナが首を傾げた。
「うちで飼ってる子犬よ」
「……ルシアナ、うちでは犬なんて飼っていないでしょう?」
両親は気遣うような瞳でルシアナを見つめていた。そして、マリアンナの手がそっとルシアナの額に添えられる。
「熱はないみたいだけど、どこか体調が悪いのではなくて? どうしましょう、ヒューズ」
「そうだね。せっかくの入学式だけど、無理をしてまで出席する必要はないだろう」
「二人とも! 私はどこも悪くなんて……入学式? どこの入学式?」
ルシアナが問い掛けると、ヒューズはキョトンとした顔で何でもないように答えた。
「どこって、ルシアナが今日から通う王立学園の入学式に決まっているじゃないか」
「そうよ、ルシアナ。私達、あなたの入学式の勇姿を見ようとはりきっていたんだから」
「……今日って、何月何日なの?」
意味が分からなかった。だから、ルシアナは呆然と呟くように尋ねた。それに気付いていないのか、マリアンナがやはり何でもないような顔で答える。
「四月一日だけど、それがどうかしたの?」
(どういうことなの? 今日が四月一日で王立学園の入学式? メロディもいなくて……私は何か悪い夢でも見ているの?)
言い知れぬ恐怖が込み上げ、ルシアナは一歩後退った。その際、足下に水でも零れていたのか滑って尻餅をついてしまった。
「きゃあっ! ……いったぁ」
「ルシアナ、大丈夫かい?」
ヒューズに手を引かれ、ルシアナは起き上がった。
「ありがとう、お父様。いてて……痛い。痛いってことは……」
(夢じゃ、ないの? これは現実? 本当に、今日が王立学園の入学式……? それじゃあ、メロディは? みんなは? 夢を見ていたのは……)
ヒューズから手を放し、ルシアナは走り出した。屋敷中の至る所を見て回った。しかし、どこからもメロディ達がいた痕跡を見つけることはできなかった。
「誰か、嘘だと言ってよ……」
その言葉に返事をしてくれる愛らしいメイドの姿はどこにもないのであった。
エイプリルフール企画っぽい何か。
ルシアナ奮闘記スタートです。
何話か続きます。




