天使の翼に憧れて
メロディはヴァナルガンド大森林に来ていた。
彼女の目の前には集中した様子で目をつむって静かに立つリュークの姿がある。
リュークを中心に魔力が渦巻き、それは大気の流れとなって彼の足元へ収束していった。地面の草が渦状にゆらめく。
すぐそばに立つメロディの髪やスカートも風になびき、リュークがほんの少し膝を曲げて軽く地面を蹴った数秒後――。
リュークの足は地面に着かず、わずかに宙に浮かんだままだった。
「成功ね、リューク!」
笑顔を浮かべて、メロディは拍手をした。やがて風がやみ、リュークは地面に降り立つ。渦巻く風の中心にいた彼は額から汗を流し、少し疲れた様子で息を吐いた。
「……まだまだだな」
「ここまで上手くできたんだから、あとは練習あるのみよ」
「そうだな」
リュークはメロディに頼んで、空を飛ぶ魔法の監修をしてもらっていた。
メロディのメイド魔法『天翼』が使えればよかったのだが、おそらく重力的な原理で飛行している『天翼』はリュークの理解が追いつかなかったので、彼にも馴染みのある風属性魔法での飛行を試みた結果である。
「それにしても魔力の消費が激しい。自由に飛ぶのは苦労しそうだ」
「魔法に慣れてくればもっと効率化できると思うわ。頑張りましょう」
「……ああ。もう一度やってみる」
「ええ、頑張って!」
リュークは飛行魔法の訓練を再開するのだった。
◆◆◆
そんな二人から少し離れた場所にいるのはルシアナとマイカである。
マイカはガルムとの魔法訓練のための棒遊びで、ルシアナはメロディがリュークの訓練に付き合うためグレイルの面倒を見ると買って出たかたちだ。
「すごーい。リューク、浮かんでましたよ、お嬢様」
「ホントね。私なんてちょっと水を出すので精一杯なのに」
敷物の上に腰掛け、軽くティータイム中の二人は和やかな雰囲気でメロディ達の様子を眺めていた。ガルムとグレイルも今は休憩中で、べったりくっついてお昼寝中である。
「でもなんでリュークは急に飛行魔法なんて覚えようと思ったのかしら?」
「さあ、なんででしょう?」
学園舞踏祭の夜、『魔法使いの卵』がいきなり空を飛んで逃げていった時、追い掛ける手段がなくて待つことしかできなかったことが悔しかったから……とは想像できない二人である。
リュークが再び宙に浮かび、二人のところまで風が吹く。ルシアナの長い金色の髪がゆらゆらと揺れて、反射的に髪を手で押さえた。
「リュークの飛行魔法はこの風が問題よね。結構離れてるのにこんなところまで風が吹くんじゃ、メロディみたいにそっと飛び立つとかはできそうにないわ」
「メロディ先輩は『練習すればできる』って言ってましたし、上達すればもっと抑えられるんじゃないですか? たぶん今は無駄が多いんですよ」
「そういうものなの?」
「えへへ、何となく言ってみただけです」
マイカの知識は現代日本のアニメやゲームを参考にしたものなので正直何の根拠もなかった。しかし、風の力がルシアナ達にところまで拡散していることからあながち間違ってもいないだろう。
「あ、リューク、さっきよりずっと高く浮かんでますよ」
「上達が早いわね。あっ、メロディも飛んだ」
リュークが自身の身長くらいまで上がったためか、メロディもまた『天翼』で宙に浮かんだ。リュークの周囲をゆっくり回りながら、何かアドバイスをしているようだ。
「……私も、空を自由に飛びたいな」
「わんわんっ!」
「あ、ガルム。起きちゃったの?」
お昼寝を終えたガルムが、棒を口にくわえてマイカの前までやってきた。棒を受け取ってマイカは立ち上がる。
「お嬢様、私、ガルムとの訓練に行ってきますね」
「ええ、頑張って。グレイル、あなたもそろそろ起きたらどう?」
「むにゃむにゃ……せかいのはんぶん……やるものかぁ」
「何その寝言?」
軽くペチペチと叩いてやっても起きる様子のないグレイルに、ルシアナは呆れた様子で苦笑した。
「よーし! ガルム、私達も魔法が使えるようになったら飛行魔法に挑戦するよ。そーれ、取ってこーい!」
「わひゃーん!」
マイカが放り投げた棒を無邪気に追い掛けるガルム。
方や、空中に浮かぶ執事見習いと美少女メイド。
日常と非日常が混在するおかしな光景を眺めながら、ルシアナはクスリと笑うのだった。




