あってはならないラストバトル
「グルルル!」
小さい体で獰猛に唸るグレイル。背後から「ゴゴゴゴッ!」とでも擬音が轟きそうな気迫を放っていた。伯爵家で惰眠を貪っていた子犬とは思えない、強烈な圧が周囲を支配する。
今にも飛び出しそうに身構えるが、視線の先にはキリッと硬い表情を浮かべたメロディが立ち塞がっていた。
バッと両腕を広げてグレイルの前に立ちはだかるメロディ。鋭い視線がグレイルを射貫く。
「グレイル……ここは通さないわ!」
「ウオオオオオオオン!」
今ここに、聖女対魔王の真なる戦いが始まった。
高らかな咆哮を上げて、放たれた矢のごとくグレイルは走り出した。速い!
「させない! 『延長御手』!」
メロディの背後から見えざる魔法の腕が現れた。まるで千手観音のように無数の腕がグレイルを捕らえるために動き出す。こちらも速い!
いつものグレイルであればこれで勝敗は決したも同然であった。メロディの浄化によって魔王の力のほとんどを失ってしまったグレイルが、無数に伸びる不可視の腕から逃れることなどできるはずがないのだから……しかし。
「グガアアアアアア!(舐めるなあああああ!)」
走りながら、グレイルの体毛が逆立ち、カッと見開いた双眸が怪しい光を灯した。
「そんなっ!?」
メロディは驚愕した。グレイルは飛び出した勢いのまま鋭角的な軌道を描いて、無数に伸びるメロディの『延長御手』を躱したのだ。それはまるで稲妻のようで、メロディは一瞬気圧される。
「くっ! それでも!」
まるで何かに覚醒したように、見えざる腕を回避しながらメロディに迫ってくるグレイル。歯を食いしばり、諦めたくなる気持ちを堪えて、メロディは『延長御手』をグレイルへ伸ばす。
類い希な計算力で瞬間的にグレイルの進行を予測して魔法を放つが、それすらも気付いているようにグレイルは腕が届く直前で稲妻の軌跡を描いた。
「それでも……絶対に、守ってみせる!」
メロディはさらに『延長御手』を増やし、グレイルを捕らえようと動いた。しかし、それは大きな隙になってしまった。ほんの一瞬、既存の腕の動きが精彩を欠いたのだ。
「ワオン! (ここだっ!)」
「――っ!?」
自身に扱える少ない魔力を四肢に集め、グレイルは弾丸のように飛び出した。一瞬の隙を狙われたメロディは対応が遅れる。
そして、グレイルはメロディという障壁を通り抜けることに成功した。その先には、グレイルが求めたモノ――チョコレートがあった。
「ワオオオオオオオオオン!(ついにこれを食べられる時が!)」
出会ってから初めて起きたと言ってよい、聖女と魔王の戦い。
それは、チョコレート争奪戦であった。
美味しそうにチョコレートを食べるメロディ達に食欲を刺激されたグレイルが、その魅惑的なスイーツを求めてしまったのである。
後で食べようと思って調理台に置いてあったチョコレート。目を離した隙にチョコレートを狙い始めたグレイルに気付き、メロディが通せんぼした。
なぜなら、チョコレートはワンコに食べさせてはいけない食品だから。チョコレートに含まれるテオブロミンという物質が中毒症状を引き起こし、最悪の場合命を落とす危険すらある。
だからメロディは、食べさせまいと動いたのだ……ちょっと雰囲気に呑まれてしまったせいで、魔法で収納してしまえばいいだけだという簡単な事実に気付かなかったのは残念であるが。
しかし、メロディの努力も虚しく、チョコレートほしさに何かよく分からない覚醒に至ったグレリウはメロディの妨害を潜り抜けてチョコレートへ到達してしまった。
「だめええええええええええええええ!」
叫ぶメロディ。食べたらグレイルが死んでしまうので。それはもう真剣だ。だが、欲望に目がくらんでいるグレイルにメロディの制止の声は届かない。
お皿にのったチョコレートにかぶりつこうとして、メロディは最後の悪あがきに出た。一番近くの腕を伸ばしてチョコレートを弾き飛ばしたのだ。
「ガウッ!(小癪な!)」
追うように調理台から跳躍するグレイル。ほんの少し時間稼ぎができただけで根本的解決には至っていない。それがそれが分かっていたメロディもまた動き出そうとして――。
「メロディ、兄上から聞いたんだけどチョコがあるって、んぐっ!?」
チョコレートが飛んだ先、調理場の扉を開けて入ってきたヒューバートの口にチョコレートが飛び込んだ。突然口に入ってきた不審物にヒューバートは驚いて目を見開く。
「ぶぎゃああああ!」
「うおおおおっ!?」
そして、ヒューバートの胸にグレイルが衝突した。あまりの勢いにヒューバートは後ろから倒れてしまう。
「ヒューバート様! 大丈夫ですか!?」
「いてて。う、うん……ところでこれ、チョコレートかな。甘くて美味しいね」
グレイルを腕に抱きながら起き上がるヒューバート。激突した衝撃でグレイルは気絶していた。チョコレートもヒューバートの口の中に消えてしまって、どうやらこの戦いに終止符が打たれたようだ。メロディはほっと息をついた。
「ありがとうございます、ヒューバート様」
「う、うん? よく分からないけど、役に立てたなら嬉しいよ」
この後、チョコレートを食べられなかったグレイルは大泣きすることになるのだが、後ほど食べられるよう加工したチョコレートをメロディからもらい、満足するのだった。
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