第23話 セレディアとのお茶会
「いやあああああ! そこはダメっす、リューク! お嫁に行けなくなっちゃうっすううう!」
「元々行かないだろ。ほら、邪魔するな」
使用人用の風呂場から男、シュウの悲鳴が上がった。
十一月八日。本日はセレディアとのお茶会当日である。
早朝、シュウはリュークの手で頭のてっぺんから足の先まで綺麗に磨かれている最中であった。
メロディが用意した分厚い紙束に書かれた手順を確認しながら、リュークはシュウの全身を美しく仕上げていく。今回のお茶会ではシュウも大切な参加者なので必要な措置であった。
しばらくして風呂場からシュウが姿を現した。元々イケメンであったが、髪と肌の艶は三割増しに磨き上げられ、男前度は確かに上がっていた。
「ここまでする必要なくないっすか?」
「メロディの指示だ。つまり、俺にとってもお前にとってもこれは仕事の一環だ。諦めろ」
「とほほ。お茶会なんて安請け合いするんじゃなかったっす」
セレディアとのお茶会に参加するよう言われたのは昨日のことだった。学園舞踏祭で知り合ったメイドの少女のことを思い出した彼は、美少女とのお茶会ならと迷うことなく了承した。直後に、あれはメイドカフェの制服で彼女の本当の身分は伯爵令嬢だと聞かされた時はちょっと選択を早まったかと思ったものだが、やっぱり美少女とお茶会を断る気になれなくて今に至っている。
だがしかし、体の隅々までリュークに磨かれるくらいなら断った方がよかったのではと、今は考えている。
「ううう、リュークじゃなくてメロディちゃんだったら文句なんてなかったのに」
「……それ、絶対に外で言うなよ。ルシアナお嬢様に聞かれたらお前……死ぬぞ」
「い、言わないっす……リューク、絶対に言っちゃダメっすからね、ホントにダメッすからね!」
「ああ……だが、以前マイカが『ダメ』だと何度も念押しするのは、実は『やれ』という意味を強調している言葉遊びだとか何とか」
「遊びじゃないっす、マジで! マイカちゃん、なんて恐ろしいことをリュークに教えるっす!?」
ぎゃーぎゃーさわぎながらも、シュウとリュークは順調にお茶会の準備を進めていった。
「お姉様、テラスのセッティングが完了しました」
「メロディ先輩、お茶とお菓子の準備、予備も含めて人数分用意できました」
「ありがとう、セレーナ、マイカちゃん。私達も今、屋敷の掃除が終わったところよ。皆、お疲れ様」
「「「私達も楽しかったわ。お疲れ様」」」
メロディが振り返った先にはメイド魔法『分身』で生み出した十人の分身メロディが立っていた。どうやら早朝から屋敷の掃除を全員で行っていたらしい。
役目を終えた彼女達は姿を消した。
「リュークがシュウさんをお風呂に入れてくれている間にどうにか終わらせられたわね」
「さすがに分身の協力もないと一日でお茶会の準備をするのは無理ですもんね」
安心して胸を撫で下ろすメロディの隣で、マイカは腕を組みながらウンウンと何度も首を上下させていた。
「旦那様方のご協力もあってどうにか間に合いましたね」
「ええ、本当に。今夜の夕食はとびっきり美味しいものでお返ししなくっちゃ」
現在、ルトルバーグ邸にはヒューズと始めとした大人四人の姿はなかった。お茶会に向けて準備をするなかで自分達の世話をする手間を省くために朝から外出しているのだ。そこにはメロディの魔法を知らないダイラルの姿もあり、彼が屋敷を出てくれたので分身メロディが大手を振って作業に勤しむことができたのである。
「それじゃあ、次はお嬢様を起こして、朝食を終えたらシュウさん同様お茶会仕様に磨き上げて差し上げなくてはね」
メロディは嬉しそうにポンと両手を打ち鳴らす。
「お姉様、紅茶の準備はできています」
「朝食の準備も進めておきますね」
「ありがとう、二人とも。それでは、お茶会に向けてもう一踏ん張り、頑張りましょう」
「「はい!」」
そんな感じで、午後から始まる予定のセレディアとのお茶会準備は恙なく進められたのである。
それから程なくして、ルトルバーグ邸の前に一台の馬車が停車した。ルシアナとシュウが前に出て、メロディとセレーナは後ろに控えている。今回、マイカとリュークは調理場で裏方仕事だ。
馬車の前後を守っていた二名の護衛騎士の一人が、馬から下りると馬車の扉を開けた。騎士に手を引かれまずは侍女が下車し、続いてセレディアが姿を現す。
メロディはその様子を見つめつつ、馬に跨がったまま周囲を警戒するもう一人の護衛騎士に目が行っていた。知り合いだったので。セレディアをエスコートする騎士はセブレ・パプフィントスであり、もう一人の護衛騎士はレクティアス・フロードことレクトであった。
(レクトさんがセレディア様の護衛を……?)
キリリと硬い表情で護衛にあたっているレクトと視線が絡むことはなく、彼は忠実に仕事を熟しているようだ。であれば、自分もまたメイドとして仕事に徹するのが筋というもの。
メロディはルシアナの後ろでひっそりと佇むのであった。
◆◆◆
お茶会のためにルトルバーグ邸を目指す馬車に乗りながら、セレディアはちょっと後悔していた。最近、あまりにも感情に流されすぎている自覚があったからだ。
(まさかこの私が、一度会った男に礼を告げるためだけにお茶会を強要するなんて……)
向かいの席に腰掛ける侍女に気付かれないよう、こっそりと小さくため息を吐いた。
初めて彼に出会ってからの異常な感情の高ぶりがいまだに尾を引いているのだ。冷静になったつもりでも、ふと気付くとシュウのことを考えており、学園舞踏祭ではルシアナにシュウに会わせてほしいと言ってお茶会の約束まで取り付けてしまった。
それから一週間近く経って、ルシアナから音沙汰ないことが気になり、またしてもお茶会を開くよう訴え、最終的に二日後にお茶会が開かれることになった。
(……あれ絶対、何も考えてなかった顔よね)
ルシアナの表情が雄弁に『あ、忘れてた』と語っていたことはあの日のセレディアにも分かっていたはずなのに、だからこそ腹が立ったのかルシアナに次の休みにお茶会を開いてもらえるようぐいぐいおねだりした結果、本当にお茶会が開催されることになったのである。
これにはセレディアの侍女も頭を抱えた。
とても淑女が取るべき行動ではなかったからだ。
上位貴族の娘としてたかが使用人に礼を言うためにお茶会を開くこともおかしければ、日取りがはっきりしていないお茶会を急遽二日後に開くよう強要するなど、淑女の礼節に反していると言って問題ないだろう。
侍女には日を改める方向で話し合った方が良いと言われ、冷静さを取り戻したセレディアはそれに賛同したのでルシアナにお茶会の話を切り出したら『準備万端、お待ちしてますね!』と、満面の笑みで言われてしまったため、やはりお茶会は今日執り行われることとなったのである。
車窓に映る王都の景色をボーッと眺めながら、セレディアは「私、何やってるんだろう」という感情が頭の中で反芻していた。
こんなことに構っているよりレアとの契約を履行することの方がよっぽど重要だというのに、なんでこんな状況になっているのやら……。
(そう、あんなおちゃらけた男よりもっと注視すべき人間はいるというのに)
セレディアは背後の気配に意識を向ける。馬車を挟む形でセレディアを護衛している二人の騎士。前方を守るのはセレディアの護衛騎士、セブレだ。そして後方を守っているのが、レギンバース伯爵の命令で今日の護衛に付くことになったレクティアス・フロード騎士爵だ。
(レアの記憶によれば彼もまた攻略対象。だけど、学生でないせいもあってレギンバース家の騎士であるにもかかわらず驚くほど接点がない。どうにか彼を攻略する方法があるとよいのだけど)
今回を機に、彼もセレディアの護衛騎士にすることはできないだろうか。そうすれば、クリストファーやシエスティーナよりもずっと、身近で堕としやすい攻略対象になりそうだ。
本心を悟られぬよう心の中でほくそ笑むセレディア。やはりシュウなどにかまけているよりも今の自分の方が魔王ティンダロスとしての威厳もあって好ましい。
そんなことを考えているうちに、馬車はルトルバーグ邸に到着した。冷静さを取り戻したセレディアは儚げでありながら優雅な所作でセブレにエスコートされながら馬車を降りた。
(ふふふ、この余裕のある態度こそ私の真なる姿。このお茶会もさっさと済ませて――)
「ようこそいらっしゃいました、セレディアお嬢様。さあ、お手を。お茶会の会場までご案内致します」
「よ、よよよろしくお願い致します!」
馬車の中で決めた本日の方針等が、男前度が三割増しにパワーアップしたシュウの笑顔によって一瞬でかき消えてしまった。
顔を真っ赤にしてされるがままエスコートされるセレディア。
普段の儚げでしおらしい雰囲気から一転。恋する少女のようなテンパりっぷりに、学園での彼女を知るセブレや侍女は口をポカンと開けっぱなしにならないよう堪えるのが大変であった
こうして、ルシアナとシュウ、セレディアのお茶会は始まったのである。
◆◆◆
以前、ルシアナが幼馴染達とのお茶会に利用したテラスにて今回のお茶会も開催された。あまり大きなテラスではないが、三人くらいなら丁度よい広さともいえる。テラスから庭に出ることもできるため、意外と開放感のある空間であった。
まるでどこぞの王子様のようなキラキラした笑顔のシュウにエスコートされ、セレディアは席に着いた。メロディとセレーナが手分けしてサッと紅茶を淹れるとお茶会の参加者以外の者は少し離れた位置からそれぞれの役目を果たすため、お茶会の様子を見守っていた。
始まったお茶会は思いの外和やかな雰囲気で進んでいった。メイドカフェの事件もあって以前よりは苦手意識はなくなったものの、ルシアナとセレディアの関係はいまだにクラスメート以上のものではなかった。そのため、今回のお茶会がどんなものになるのか不安だったが三人は誰に話題が偏るでもなく、言い合いになることもなく、ルシアナはお茶会を楽しむことができていた。
同時に気が付く。それがシュウのおかげなのだと。彼は話を回すのがとても上手かった。聞き上手にして話し上手。シュウが間に入ってくれることでルシアナとセレディアの会話が詰まるようなこともなく、きちんと三人のお茶会として機能しているのだ。
(まさかシュウにこんな特技があるとはね……なんで普段はあんなに失言だらけなのかしら?)
普段と今のギャップに首を傾げそうになるのを堪えて、ルシアナは紅茶に口を付けた。
シュウの優秀さに気付いているのはルシアナだけではなかった。セレディアから少し離れたところに立つ二人の護衛騎士、セブレとレクト。彼らは誰にも聞かれないような小さな声で言葉を交わしていた。
「……使用人にしては随分と手慣れているな。何処の家の者だ」
「分からない。だが、かなり上流の出だと思う。ここぞというとき品の良さが表に出るんだ」
セブレよりはルトルバーグ家と懇意にしているレクトなら、セレディアが突然会いたいと言った相手の素性を何か知っているかと尋ねてみたが、レクトもあまり彼については知らないらしい。
だが、お茶会での立ち居振る舞いを見るだけでもシュウが高度な教育を受けた人物であることが見て取れる。普段とのギャップを知るレクトはそちらに目が行ってしまいがちだが、優秀な姿しか見ていないセブレの方がシュウの有能さを客観的に判断できているのかもしれない。
「なぜ使用人をしているのか謎だが、あの様子なら最低限の分別はありそうで安心した」
「……そうだな」
(本当に大丈夫だろうか?)
身分を隠して使用人として生きるシュウは、ある意味でメロディと似た境遇とも言える。つまり、その正体が公になった時、周囲に大きな影響を与える危険性があるということだ。
できることならそんな人物をメロディのそばに置いておきたくない。だが、シュウは悪人でもなければ嫌われ者でもない。レクトの勝手な憶測で遠ざけることなどできるはずもなく、結局見守るしかないのだと、レクトは人知れず眉根を寄せるくらいしかできることはないのだった。
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