第17話 サプライズ魔法
「きゃあっ、あっ、とっとと!?」
ダンスフロアに可愛らしい悲鳴が上がる。声の主のダンスは散々であった。
連携が取れず、うっかり転びそうになったり、他のペアとぶつかりそうになったり。
ダンスが終わる頃にはパートナーの男性も、どうにか切り抜けられたと安堵の息をついていた。
「申し訳ございませんでした」
悲鳴を上げてダンスを台無しにしてしまった少女、セレディア・レギンバースは苦笑を浮かべるクラスメートに謝罪をしてダンスフロアから離れていった。
(やってしまった)
先程の自分の失態を思い出し、セレディアは嘆息した。ダンスは最近習い始めたばかりとはいえ、あまりにも酷い醜態を晒してしまった。あれでは攻略対象者を魅了するダンスなど夢のまた夢。
やはり上手くいかないと、遠い目をしながらセレディアは歩いた。
そして――。
(……シュウさん)
――ふと、輝く金髪と健康的な小麦色の肌をした少年の顔が脳裏をちらついた。
そして注意力散漫となったセレディアは何もないところで足を躓いてしまうのである。さっきのダンスもこのパターンが原因であった。
「きゃあっ!」
「おっと、大丈夫かい?」
「シ、シエスティーナ様」
よろけたところを助けてくれたのはシエスティーナだった。助け起こされたセレディアは恥ずかしそうに顔を赤らめて礼を述べる。
「ありがとうございます。今日は何度もご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありません」
「いいや、あまり気にしないでほしい。ちょっとした罪滅ぼしの一環だと思ってもらえれば」
「罪滅ぼし、ですか?」
何のことか分からず、セレディアは首を傾げた。
「ほら、クリストファー様が倒れた日、約束しただろう。どこかの時間で一緒に昼の部を見て回ろうって。だけど、結局約束を果たすことなく夜になってしまった。私から誘ったのに申し訳ない」
「……ああ」
シエスティーナに説明されてようやく思い出した。
あの日はクリストファーの籠絡に失敗し、自身も昏倒してしまったこともあって、直前に交わした約束など完全に忘却の彼方へ飛んでいたのである。
「その様子だともしかしてセレディア嬢も忘れていたのかな」
「お恥ずかしながら、そうです。その、シエスティーナ様には申し訳ないのですがちょっとそれどころじゃない事態になっていたもので」
「そうか……実を言うと私も似たようなものだ。ちょっと想定外な事態に陥ってしまって、今の今まで君との約束を忘れてしまっていたんだ」
「そうですか。私達、意外と気が合いますね」
どちらも約束を破ったというのに、何だか拍子抜けしてしまう話である。ちょっと可笑しかったのかセレディアは口元をクスリと綻ばせて言った。
思いがけないセレディアの言葉にシエスティーナもまたクスリと笑ってしまう。
「確かにそうだね。どうだろう、気が合う二人でダンスでもしてみるかい?」
昼からずっと互いに心ここにあらずだった二人は、同じ境遇の者同士が向かい合ったおかげか、ようやく冷静さを取り戻したようだ。シエスティーナが差し出した手に、セレディアの手がそっと重なる。
「昼間一緒に見て回れなかった分をここで取り返すのも良いかもしれませんね」
「ふふふ、エスコートはお任せあれ」
二人の問題や心配事は何も解決していないけれど、今夜だけは少し解放されたい気分だった。
◆◆◆
「やあ、お帰りなさい、お二人とも」
ルシアナとオリヴィアが会場に戻るとマクスウェルが出迎えてくれた。
「首尾よく行きましたか?」
「は、はい……恙なく」
「それはよかった」
顔を赤くして答えるオリヴィアにマクスウェルはニコリと微笑む。
「マクスウェル様、ルキフはどこに?」
「彼だったらあそこですよ」
促された先はダンスホールだった。彼は今ルーナと踊っているようだ。
「クラスメートと積極的に踊っているようだね。キャロル嬢には断られたようだけど」
「ルシアナ様!」
マクスウェルと話しているとルシアナを呼ぶ声がした。キャロルだった。背後からベアトリス達も一緒についてきている。
「どうしたの、キャロル。ルキフのお誘いを断ったんですってね」
「私は踊らないから別にいいんです。それよりも目に焼き付けたい光景が多すぎて見逃しそうです! やっぱりスケッチブックを持ってくるんだった!」
「ホントにやってたのね、それ。まあ、できる分だけ頑張ればいいんじゃない? メロディならきっと全部覚えられるだろうけど」
「むむむ! メイドにできて画家志望の私にできないなんてありえません! やってやります!」
「えっと、頑張ってね」
「はいっ!」
キャロルはルシアナとの会話を打ち切り、舞踏会会場の光景に視線を移した。
「はぁはぁ、もう、キャロルったら色んなところを走り回るから追い掛けるのが大変よ」
「ふぅふぅ、放っておくと何をするか心配で目が離せないんですもの」
「お疲れ、二人とも」
ペインタージャンキーとして覚醒してしまったキャロルの自由奔放さに翻弄された二人は、ルシアナの下に到着する頃には息も絶え絶えといった様子だった。
「二人ともダンスは?」
「キャロルを追い掛けてたらダンスをする暇もありゃしないわ」
「ちょっと面白かったですけどね」
詳細は語らないが、楽しめたのなら良いあろう。ルシアナは鷹揚に頷いた。
「ところでオリヴィア様がご一緒だなんて珍しいわね」
ベアトリスが問うとルシアナは自慢げにニヤリと笑いかけ、オリヴィアと腕を組んでみせた。
「ふふふ、今日からオリヴィア様は私とお友達になったのよ!」
「「な、何ですって!?」」
バックに雷でも鳴ったかのような驚愕の表情を見せる二人。
そして少し困ったような顔でオリヴィアに近づいた。
「オリヴィア様、ルシアナのお友達だなんて大変だと思いますけど頑張ってくださいね」
「ちょっとベアトリス、どういう意味よ?」
「あんまりオリヴィア様を振り回すんじゃないわよ」
「そんなことしないわよ」
「覚悟だけはしておいてくださいね、オリヴィア様」
「ミリアリア~」
「「ふふふ、冗談冗談♪」」
「全然そんなふうに聞こえなかったけど!」
さすがは幼馴染にして親友同士の三人である。屈託のないじゃれ合う姿にオリヴィアはクスリと笑ってしまった。
(いつか私もあんなふうになれるかしら……?)
楽しみなような、ちょっぴり怖いような、ルシアナ達のやり取りをオリヴィアは生暖かく見守った。
やがて音楽を終わり、生徒達はダンスホールから離れていく。こちらに気が付いたのかシエスティーナとセレディア、そしてルキフとルーナのペアがこちらへやってきた。
ベアトリスやミリアリアもマクスウェルとシエスティーナに誘われてダンスを楽しみ、キャロルだけは何があってもダンスを拒否して舞踏会の光景を目に焼き付けるのに忙しくしていた。
「あ、あの、ルシアナさん、少しよろしいでしょうか」
そんな中、セレディアがルシアナへ声を掛けた。
「はい、何でしょう?」
初めて会った時、セシリアに失礼な態度を取ったうえに謝罪をしなかったことから、実は最近までかなり苦手に感じる相手だったが、今日一緒にシエスティーナの服を汚してしまうと言うある種の共同作業を体験したことで、ルシアナのセレディアに対する警戒心はかなり薄れていた。
「シュ、シュウさんのことなんですけれど」
「シュウサン?」
「ルトルバーグ家の使用人だと聞いて……」
「使用人……ああ、シュウのことですか?」
「シュウがどうかされました? もしかして何か悪さを!? 分かりました、ご安心ください、ボコボコにして箱詰めにしてお譲りします。どうぞ好きにしてください」
「こ、怖いです、ルシアナさん!? そんなこと望んでいません!」
「では、どういったご用件でしょう?」
「……えっと、その、私、昼間立ちくらみを起こしたところをシュウさんに助けられたんです。ですが、すぐに別れてしまったのできちんとお礼をすることもできなかったので」
「大丈夫ですよ、セレディア様。そんなご大層なもの、あいつには必要ありません」
「そんなわけには行きません!」
大きく一歩前に出るセレディア。ルシアナが思わず一歩後退すると、セレディアはほんのり頬を赤らめて、ルシアナに迫った。
「お、お願いします、私にきちんとシュウさんへお礼を言う機会をいただけませんか」
「えーと、使用人ですし、私からお伝えしておきま」
「直接、会って、話を、させてください!」
「……わ、分かりました。後日我が家でお茶会をするというのは如何でしょう。そこにシュウも呼びますのでお話してみては」
「まあっ、ありがとうございます、ルシアナさん」
願いが叶い、セレディアは嬉しそうに微笑んだ。
その日が待ち遠しいのか頬が赤く染まる。
「それでは詳細が決まりましたらお知らせ下さい」
「分かりました」
セレディアは一礼するとダンスから戻ってきたシエスティーナの下へ向かった。セレディアの急変にはさすがのルシアナも驚いてしまった。圧が消え、ホッと安堵の息を漏らす。
そして、そろそろ宴もたけなわという頃、多くの生徒が待ちわびた今年の学園舞踏祭最大の見せ場、王太子クリストファーによるサプライズ魔法の披露会が始まったのである。
「皆、外に出てきてほしい」
クリストファーの合図で会場から庭園に出てきた生徒達。講堂を背に、特別に設けた壇上に立つクリストファ―の隣にはアンネマリーの姿があった。
「マクスウェル様はご一緒されないのですか?」
ルシアナが尋ねると彼は苦笑して答える。
「今回は音と光を利用する魔法らしいのだけど、調整が難しいらしい。三人でやろうとしても上手くできなかったんだ」
一応彼も参加してみたようだが、成功しなかったようだ。一体どんな魔法を見せてくれるのだろうか。ルシアナは今からワクワクが止まらなかった。
「皆、学園舞踏祭お疲れ様。今宵の最後を私達の魔法で締めくくることができて大変光栄に思うよ」
クリストファーがそう告げると、隣のアンネマリーがニコリと微笑みながら一礼した。
「今回私が披露する魔法は夜空に光の華を咲かせる魔法だ。それに伴い、光だけでは味気ないということでアンネマリーに音でさらに盛り上げてもらうことになった。さすがに一人で実現するのは難しくてね。許してほしい」
二人が並んで立つことを受け入れるように、庭園から拍手が鳴り響く。
壇上からサッと手を上げると拍手の音が一斉に鳴り止んだ。
「それでは早速、私から皆へのサプライズ魔法のプレゼントだ。まあ、既にサプライズではなくなっているんだが、楽しんでいってくれ!」
クリストファーは胸のあたりで両手を前に翳した。
手のひらの近くに赤い光の玉が生まれ始める。
それは最初豆粒ほどの小さな物だったが、次第に大きくなり、最終的には両手で抱えるくらいの大きさにまで成長していった。
何かしら限界があるのか赤い玉は今にも破裂しそうなほど、表面が突っ張るように揺れ動いていた。魔力に優れた者はそれに注がれている魔力量がかなりのものであると理解した。見世物の魔法で攻撃魔法に匹敵する魔力を消費して一体どんな光景を見せてくれるのか。
生徒も教師も、この場にいる全ての者が固唾を呑んで状況を見守った。
そして、空へ両手を掲げた。
「光球よ、溢れ、弾け、大輪よ乱れよ『爆裂花火』
「風よ、鳴け、叫べ、大気を震わせよ『爆裂花火』
呪文の異なる、されど同じ名前の魔法が発動した。
クリストファーの赤い玉が軌跡を描きながら夜空へ昇っていく。それに合わせるように、まるで赤い玉が空気を裂いて上昇しているかのように、甲高い笛の音が辺り一帯に響き渡った。
空へとまっすぐ伸びる赤色の軌跡だけが玉の行方を知らせ、少しずつ遠ざかる笛の音が、玉が遙か遠くへ旅だったことを知らせてくれる。
そして、とうとう赤い玉は暗い空の奥に消え、笛の音も聞こえなくなってしまった。これで終わりだろうかと周囲が困惑する。確かに驚いたが、サプライズというには少々迫力に欠けると言っても良いだろう。少し残念に思った時だった。
「さあ、空に大輪が咲き乱れるぞ!」
クリストファーの号令を待ち望んでいたかのように、空から何かが爆発したような轟音が鳴り響き、そして王立学園の空に赤色に輝く巨大な華が咲き乱れた。
メロディの出番はもうちょっと待ってね♪
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★祝オーディオブック化!★
第1巻 配信予定日 2025年2月25日
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