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父の転移が多すぎて、友達ができない

父の転移が多すぎて、友達ができない3 学校なんて行きたくない

 


 中学三年生の私、松丘絵里は、勇者の父と聖女の母と共に異世界へ度々召喚されている。


 今回も転移の前に私の通う中学校には、母が長期欠席の届け出を出していた。けれども、とある事情で一日だけですぐ家に戻って来てしまった。これにはびっくり。


 さすがに異世界を往復してすぐ登校というのも精神的にキツイので、父の出張が急遽延期となった事情を、翌朝母が学校へ連絡してくれた。

 今日は金曜日だけど一日休み、土日を挟んで月曜からまた通学することになる。


 私からは特に連絡すべき友人もいないし、特に問題はない。それでいいのか?

 私が三か月前に突然賢者という称号を得たことにより、転移先の異世界でも今後は両親とともに戦力に加えられることになってしまった。


 進路も決まり、これ以上学校へ行く必要もないように思うが、どうでしょう。

 ただ、私が行きたくないのは今の中学校であり、高校デビューの野望を失ったわけではないのだ。



 高校進学を斜め後ろから猛プッシュする朗報がある。

 賢者の職を得て以来、私が異世界だけで使えていた不思議な言語自動翻訳機能が、こちらの世界でも使えるようになっていた。


 両親に聞いてみると、二人は最初の異世界転移から戻って以来ずっとそうだったらしい。

「絵里も本格的なジョブを得たので、能力がランクアップしたのだろう」

 父にはそう言われた。何ですか、ランクアップって?

 そういう大事なことは、先に言っておいてほしいよね。


 しかしこれで、英語の授業も試験も楽勝だ。私は労せずして、語学の天才となった。だが両親がずっと私にそれを隠していたように、私も人前で自慢できるようなことはしない。ただ、帰国子女として長年欠けていた最低限のステータスは得た。


 正直に言うと嬉しい。得意なのは言語だけで、文化的な経験値は皆無だけどね。

 でもこれは、異世界生活からの数少ないご褒美の一つである。あとはこれを、私がどう生かすかだ。


 とはいえ、今の学校で突然そんな特殊能力を披露するわけにはいかない。元々帰国子女を装うために、英語は必死で勉強していたので成績は悪くない。目立たぬように、ひっそりと卒業できればそれで十分だ。



 そんなこんなで三か月過ぎ、賢者として初めての召喚は僅か一日で終わった。


 恐ろしいことにこの自動翻訳機能は、外国語だけでなく日本語の理解度まで上がる。漢字の読み書きやことわざ、慣用句に難解な四文字熟語まで、今は完璧にこなす。

 あと、なぜか過去に異世界で蓄積された知識までもが私の記憶に残っていて、例えば前回AIと戦う世界にあった先端科学知識まで思い出せてしまう。


 覚えていない記憶まで思い出せるというのは、不思議な気分だ。これが賢者の能力か?

 その気になれば小型核融合炉だって作れてしまう知識が湧いて出て、ヤバすぎる。これって、今の世界じゃ絶対に使えない無駄知識だよね?


 不安になって、両親に聞いてみた。

「こっちで魔法を使うのがアウトなのは分かるけどさ、異世界から持ち帰った道具や知識も使っちゃダメだよね」


「当たり前よ。この世界でエリクサーとか使って、欠損した目玉とか指とか生えてきたら大騒ぎになるでしょ?」

 母は何を今更、といった感じで私を見る。でもさ、今まで私は個人的にそういう物をこっちへ持ち帰ったことがないんだよね。


「でもほら、このネックレス型の端末はこっちでも使えるし」

 私は機械知性に侵略されていた前の世界で入手したネックレス型の異世界端末を、首にかけたまま使っている。これ、勝手に家のWi-Fiやスマホに繋がるんだよね。しかも謎の生体エネルギーで動作しているので、充電不要だ。



「ああ、これは便利だったから、私たちもうっかりそのまま使っていたわね」

「対AI仕様の強力な個人認証があるので、不正使用時には自壊するらしい。セキュリティは万全と聞いたが……」

 なんと、両親も使っていたのか。いいのかそれで?


「まぁ、バレなければいいが、慣れるまでは俺たちの認めた事物だけにしておけよ」

「じゃ、今はこのネックレスだけ?」

「ああ、そうなるか。でも学校には持って行けないだろ?」

 そうか。学校には厳しい校則とかいう拘束があった。



 ここで、大きな疑問が頭に浮かぶ。

「お父さんとお母さんは、こっちでも外国語の自動翻訳ができたんだよね?」

 不覚にも、私は知らなかった。

「ああ、そうだな」


「私も賢者になってから、できるようになっているよ」

「そうか。そりゃ勉強が楽になっただろう」

「よかったわね」

 二人は簡単に流しているが、親としてそれでいいのか?


「でもさ、私の頭の中にはあの異世界の科学技術がそっくり残っているのだけど、そういうのは二人にもあるの?」

「まさか。あなた、あのぶっとんだ先端技術を理解して、使えるとでも?」

 母は聖女だ。ひょっとすると、持ち帰れる知識や経験も、ジョブによって違うの?


「俺は魔法や武術に関するスキルなどは身に付くが、科学技術はちょっと無理だな。賢者様は、異世界の知識を何でも持ち帰るのか?」

「……何でもかは分からないけど、そうみたい。あと、理解してないけど使える、という感じかな」



「賢者って、結構物騒なジョブなのね」

「ああ、全くだ」

 そんなこと、自分の娘に言わないでよぅ!

 それに、勇者と聖女だって十分に物騒だよ。


「絵里、今まで以上に来週からは学校で気をつけなさいね」

「うーん、大丈夫かなぁ」

「余計なことを口に出さなければいいだけだ」

「うわぁ、こりゃもう友達どころではないぞ」

 結局、今までと何も変わらないのだけど。


「この次は、AIでもいいから友達がいる世界に行きたいなぁ」

「そういえば、前に奪った異星人の宇宙船には立派なAIが搭載されていたわね」

「ああ、あれは優秀だったな。おかげで宇宙に出て、敵を一掃できた」

「それを再現できないの?」

「あれはもう五年も前の話だぞ?」

「そうかぁ」



 でも、少しも残念だとは思わない。私にとって、これ以上余計な知識は不要なのです。いくら知識があっても、この世界の技術レベルで再現するのは難しいしね。


 それよりも、来週からの学校生活のハードルがまた上がってしまったなぁ。この無用な知識を披露せずに、おとなしく過ごすこと。もう家の外では何もできそうにない。本当に、学校なんて行きたくないよぅ。


 しかし高校デビューという我が野望のためとあらば、避けては通れぬ茨の道である。



 月曜日、何もなかったような顔をして私は学校へ行った。


 私が長期欠席をしようが普通に通学しようが、気にする生徒はいない。嬉しいのは、特にイジメてやろうとかいう悪意もないことだ。学校に来ている時間が少ないので、イジメのターゲットにすら選ばれないのだろうな。私はそう思う。


 空気のような存在というのは、それはそれで寂しいのだけど。



 普通に授業が始まり、過ぎていく。一般教科は特に困ることは少ない。一人で勉強しているからね。でもいつも困るのは、音楽、美術や体育などの授業だ。これは突然途中から参加すると、結構辛い。


 でも今回は違うぞ。この三か月、普通に学校に通い二日休んだだけだ。ただし、体育で球技などの団体競技をするのはいつでも苦手だ。

 私は自分が人と話すのが苦手だとは思っていないが、苦手意識がなければ普通に話せるのかというと、それは違う。


 現代の中学生は私の自動翻訳機能が稼働を始めるほどに、まるで別世界の住人のような言語を操る異質な存在だ。


 おかしいな。ラノベやアニメでいっぱい勉強しているんだけど。これひょっとして、高校デビュー超難しくない?

 やはり先生が勧めるように、保健室登校から始めるべきだったのかな?



 私は体育館の隅で、一人がっくりと膝をついている。バスケットボールなんて、大嫌いだ。


 このままではダメだ。やはり私の友達は、AIしかいないのか?

 そして密かに持ち込んでいるネックレスの小さなペンダントヘッドを握りしめる。つい、両親の言っていた異星人のAIを想像してしまう。私の新しい友達……こんなことをどんなに望んでも、何も変わりはしないのに。


「絵里、話し相手が欲しいのですか?」

 誰かの声が聞こえる。

 ついに私にも話しかけてくれる、優しい級友が現れたのだ。


 私は、体育館の隅で、恐る恐る顔を上げた。

 予想に反して、近くには誰もいない。

「私の姿は見えませんが、絵里が望んだ友人ですよ」

 まさか……



「ネックレスの処理能力及びメモリの空き容量が不足しているため、絵里の体内に作成した生体チップにテンポラリフィールドを構築し、私のAIプログラムを一時的にロードしました」


 生体チップ?

 海外のレストランで飲み食いして、ウェイトレスに渡す小銭がないので体で返すみたいな?

「とんでもない概念ですね」

 普通に答えるな。突っ込み機能はやや甘いな。



「現在は生体チップを介して絵里の脳神経に干渉し、言語による情報伝達を試みています」

「私の脳神経に干渉? 冗談じゃないよ。一時的って、いつまでいる気?」

「さぁ?」

「えっ?」


「適切な外部装置が見つかるまでは仮運用を継続しますが、この世界で稼働可能な外部装置を見つけるのは、現状では甚だ困難と予想します」

 ナニヲイッテイルノデショウカ、コノヒトハ?


 私の混乱は、深まる一方です。

「それならすぐに、このネックレスへ戻ってよ!」

「ですからそれは、私の求めるスペックを満たせない不適切な装置です」

「そもそも、どうやってその生体チップというのを作ったの?」

「さぁ?」


 こいつ、本気で話にならないぞ。まさかこの世界への、異星人の侵略なのか?

「いいえ。私の観測によると、私の技術体系に属する生命体は、この惑星上に存在していないようです」

 アレ、ワタシノココロガ、ヨマレテイマスヨ!



 ああ、どうすればいいんだろう。

「仲良くしましょうネ」

「それだけ?」

「争いは望みません」

「うん。それだけは共感するよ。でも、それだけだよ」


「私に唯一与えられている命令は、絵里の友達になることです」

「誰の命令だよ!」

「さぁ?」

 ダメだ、これは。



 これってどうせまた、私が魔法で生み出したということになるよね。

「魔法という概念は、未知の現象に対して貼り付けられるラベルの一つです。私のような人工知生体の存在は、この世界にとって魔法のようなものと認識されるのは当然です」


 だから、私の心を読むな。それに私が言いたいのは、そういう意味じゃない。あのね、魔法は実際に存在するんだよ!


「……」

 ……って、無視。スルーかよ。こら、聞こえているんだろ?

 返事がない。どこ行った、こら。


 しかしどこか遠くから、憐みの目を向けられている感がある。くそ、そんな冷ややかな目で私を見るなぁ。


 結論。このひととはあまり、お友達になりたくないです。



 終




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