55th BASE
お読みいただきありがとうございます。
夏の甲子園大会が終わりました。
記念の100回大会に相応しい熱戦の数々で、興奮が止まりませんでした。
大阪桐蔭はやっぱり強かったですね。
優勝おめでとうございます!
金足農業の躍進も素晴らしかったです。
球児の皆さま、本当にお疲れ様でした。
左肩に掛けた鞄がいつもよりも些か重たく感じる。普段通りの帰り路で歩を進めながら、私と京子ちゃんはテストについて嘆く。
「はあ……。ゴールデンウィークのあの大量の課題が終わったと思ったら、すぐにテスト。どんだけ鬼畜なの。ウチを殺す気?」
「ねえ。せっかく部活もここからってところなのに。なんで禁止にするんだろ。別に部活やってたってちゃんと勉強するよ」
「いや真裕、京子が言いたいのはそういうことじゃないでしょ」
私の後方から紗愛蘭ちゃんが言う。最近は彼女も駅まで付いてくることが多く、そこに祥ちゃんを加えた四人で帰る形が定着しつつある。
「京子ってミーティングの質問で挙手してたけど、どれくらいやばいの?」
「おー。紗愛蘭ちゃん、容赦なく聞いていくスタイルだね」
「あ、拙かったかな……?」
「別に拙くはないよ。正直なところ、どれくらいやばいのか分からないくらいやばい」
「京子ちゃん大抵それ言ってるよね。まさしく勉強できない人のテンプレっぽいセリフ」
「うっさいわ! ほんとなんだからしょうがないじゃんね。いー!」
京子ちゃんは威嚇する小動物みたいに、私に歯を立てて見せる。ちょっと刺激しすぎただろうか。
「ごめんごめん。そうだ。テスト週間のどこかでさ、皆で集まって勉強会やらない? それぞれのやる気出させるためにも。私の家で良ければ開けるし」
「有りだね。分かんないところとかも教えてもらいたいし」
「でしょでしょ」
私の出した提案に祥ちゃんが乗っかる。
「うーん……。ウチも賛成だけど、結局いつもみたいに駄弁って終わったりしない?」
「そこは大丈夫だよ。きちんと監視役も付けるから。ていうか、京子ちゃんの場合は一人の方がやらないでしょ」
「うっざ! 今日の真裕めっちゃむかつくんですけど!」
意地悪く笑みを浮かべる私に対して、顰め面で応戦する京子ちゃん。そろそろ本気で怒らせてしまいそうなので、ここら辺で止めておこう。
「しっかりやれるなら私も行きたいな。でも真裕、監視役って誰?」
「お、紗愛蘭ちゃんも来てくれますか。監視役は私のお兄ちゃんだよ。今大学二年生で、勉強もできるの。受験の時も偶に手伝ってもらってた」
「うわ、やっぱり飛翔君か……」
京子ちゃんの表情が微妙に歪む。その理由を紗愛蘭ちゃんが問う。
「何か問題でもあるの?」
「だってあの人、結構厳しいんだよ。少し休んでるだけで注意してくるし」
「だから良いんじゃん。それに京子ちゃんは基本手を止めてる時間の方が長いし、注意されて当然でしょ」
「あれは別に休んでるわけじゃないの。考えてるだけだもん」
私の指摘に、京子ちゃんは頬を膨らませる。紗愛蘭ちゃんはそれを見ながら柔らかに口元を綻ばせる。
「あはは。その感じならちゃんと集中できそうだね。だけど真裕ってお兄さんいたんだ。野球やってたりするの?」
「高校までは。大学に入って辞めちゃった」
「そうなんだ。まあ大学では遊びたいってのもあるだろうし、辞める人は多いよね」
「ああ……。……うん、そうだね」
私は受け答えするまでに少々時間を要する。お兄ちゃんは決して、遊びたいから野球を辞めたわけじゃない。けれどもここで紗愛蘭ちゃんの言葉を否定するのも場違いだと思い、私は適当に相槌を打つ。それに私自身、この話を深く掘り下げたくなかった。その様子を見ていた京子ちゃんは、ほんの僅かに憂いた目をする。
「真裕……」
「ん? 何、京子ちゃん?」
「えっと……。何でもない」
「そっか」
きっとお兄ちゃんのことで何か言いたいことがあったのだろう。私は優しく笑いかけ、何も気にしていない振りをして話を進める。
「じゃあ三人とも参加ということで。帰ったらお兄ちゃんに空いてる日を聞いてみるね」
「りょー」
かくして勉強会の開催が決まった。現在の時刻は七時を迎えようとしていたが、まだ外は完全には暗くなっておらず、遠く先にある建物も視界に捉えることができる。ちょうど今通り過ぎたばかりの家では、無邪気な子どもの騒ぎ声がこだましていた。
週末の練習を最後に亀高はテスト週間となった。四人での勉強会はお兄ちゃんの都合も加味し、水曜日の午後にやることに決定。その日は偶然にも短縮授業だったこともあり、一時過ぎに学校は終了した。
「ただいま」
放課後、四人で私の家に直行する。午前で講義が終わっていたお兄ちゃんは、既に帰宅して居間のソファーに座っていた。
「あ、いらっしゃい」
「おじゃまします」
皆が順々に部屋へと入り、机を囲んで腰を下ろす。
「紹介するね。今日勉強を見てくれる、私のお兄ちゃんです」
「どうも、柳瀬飛翔です。真裕がいつもお世話になってます」
お兄ちゃんが手短に挨拶する。初対面の子がいるからか、声のトーンや雰囲気は普段より若干明るめ。最近床屋に行って短くしてきた髪型も、爽やかさを後押ししている。
「踽々莉紗愛蘭です。こちらこそお世話になってます」
「笠ヶ原祥です。今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしく。勉強は早速やんの?」
「そのつもり。お兄ちゃんはここで見守ってて。家庭教師みたいな感じで」
「はいよ」
「皆も分かんない問題とかあったら、遠慮せずお兄ちゃんに質問してね。大概のことは分かると思うから。ね、お兄ちゃん」
「あー。多分な」
「流石。頼りにしてるよ。ではまず、一時間程度を目処に始めましょうか」
私たちは各々教材を取り出し、勉強する準備を整える。テスト週間に入ったばかりということで、大半が提出物を熟そうとしていた。しかし紗愛蘭ちゃんだけは、『スタディーライザー』という名前の見たことない分厚い本を机に置く。
「紗愛蘭ちゃん、それ何?」
「これ? これは家で勉強する時に使うやつだよ。教科書にも対応してるんだ」
「へえ、何か凄そう。だけど先に提出物終わらせなくていいの?」
「提出物って、テストの?」
「そうそう」
「もう終わらせたよ」
「え? 全教科?」
「うん。一部授業が追いついていない単元があるから、そこは残してあるけど」
さも当たり前かのように話す紗愛蘭ちゃん。私は他の二人と思わず顔を見合わせ、自分たちがおかしいわけではないことを確認するように、互いに首を振り合う。
「紗愛蘭ちゃんって実は、勉強できる人?」
「そんなことないよ。全然全然」
紗愛蘭ちゃんは謙虚に否定する。だがこれは間違いない、頭が良いフラグだ。
「紗愛蘭ちゃん、中学の内申点いくつだったの?」
「うーんと……、四三とかだったかな」
「四三⁉」
「さ、三年の最後だけね。多分受験も控えてるから、先生も甘くつけてくれたんだよ」
紗愛蘭ちゃんはそう言うものの、それだけで内申四三は取れるものではない。私たちからしてみれば天文学的な数字にすら感じられる。亀高に合格するための内申の目安は大体三二くらい。おそらく紗愛蘭ちゃんはこの学校ではトップに近い成績ではないだろうか。因みに私は三六だった。
「ほら君たち、喋ってないでいい加減始めなよ。そのために集まったんだろ」
「はーい」
お兄ちゃんから急かされ、私たちは勉強に取り掛かる。紗愛蘭ちゃんの秀才ぶりには驚かされたが、徐々に熱りも冷め、最初の一時間は集中して提出物を捗らせることができた。
See you next base……
WORDFILE.25:スタディーライザー
紗愛蘭が自宅での勉強のために使っている参考書。あの日本三大予備校の一つも監修に関わっている。表紙には「じーとしてるなら勉強しよう!」というキャッチコピーが記載されている。内容は教科書とリンクしており、「予習! 復習! 総復習! テストー!」の三段階の学習メソッドを敷いている。
県内の進学校に通う高校生たちには人気が高く、書店で購入しようとしても店頭に並んでいないことが多い。教科、学年毎にシリーズ化されており、一冊一五〇〇円(税込)。




