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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第三章 野球がしたい!
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35th BASE

お読みいただきありがとうございます。


今回は“いじめ”を題材にしています。

予めご了承ください。


 その日の夜。私は自分の部屋のベッドに力なく腰掛け、深い溜息を漏らす。


「はあ……」 


 今日使ったグラブは袋ごとに床に転がり、行き場を失っているようだった。私はそれを無言で見つめる。そうして、自分がソフトボールを始めたきっかけを思い出していた――。




 中学時代の私は当初、バスケ部に所属していた。小学校の時はクラブチームでプレーしており、その延長で進学してからも続けることにしたのだ。


「紗愛蘭、ナイスシュート!」

「ありがとうございます!」


 経験者だったからか一年生でレギュラーを掴み、夏の大会にも出場。三年生が引退した後はチームの中心を任されるようになった。自分の中にもその自覚が芽生え、私はチームを引っ張る存在として相応しくなろうと励んでいた。


 だがその矢先、歯車が狂い始める。それは何の前触れもなく起こったのだった。


「おはようございます」


 夏休みも中盤に差し掛かったある日。私は普段通り部活の練習に参加した。当時部内には一年生が先輩よりも早くコートに行き、ゴールなどを準備しなければならないというルールがあった。その日は既に何人かの同級生が顔を出しており、迷惑をかけまいと思った私は手早く部室での着替えを済ませる。しかしそこで、あることに気付いた。


「あれ? おかしいな」


 ロッカーに置いていた私のバスケットシューズが無くなっていたのだ。持ち帰った記憶は無く、他の場所にも見当たらない。私は慌てて他の同級生に尋ねた。


「ね、ねえ誰か、私のシューズ知らない?」

「知らないよ」

「私も分かんない。これも自分のだし」


 一見、皆はいつもと変わらない態度をしていた。けれどもどこか違和感があった。心の中で私をこけにして笑っているかのような、そんな身の毛のよだつ雰囲気が、コート内には流れていた。


「そっか……」 


 私はそれ以上追求できなかった。結局、シューズは最後まで見つからなかった。

 私の身体を、真っ黒な(よど)みが支配し始めた瞬間だった。


 それからというもの、私はバスケ部に居心地の悪さを強く感じるようになった。チームメイトの私への接し方も、明らかに変化した。私が話しかけても生半可な返事しか返ってこず、露骨に無視されることも増加。それはプレー中でも現れた。


「こっちフリーだよ!」


 私の持ち味は、相手の裏を取って抜け出すことだった。フリーの状態を作ってパスを貰い、攻撃の起点となる。しかしいつからか、味方からのパスが極端に減ったのだ。


「わっ!」


 しかも偶にパスが来たと思っても、難しいボールばかり投げられ、体勢を崩して次のプレーに繋げられない。八方塞がりになった私は無理な突破を仕掛けざるを得なくなり、ボールを奪われてしまうことが多くなった。


 無論、これではチームが強くなるはずもなく、練習試合でも勝てなくなっていった。積もる苛々を我慢できなくなった私は、夏休み最後の試合後、チームメイトと口論を起こした。といっても、口論と表現するには交わした言葉数があまりに少なく、私はほとんど相手にされていなかったのだが。


「なんであそこでパスくれなかったの? 完璧にフリーだったでしょ」

「は? そんなのただの結果論じゃん。偉そうに指図するとか、ちょっと上手だからってスターにでもなったつもり? 自分だってボール取られたくせに。きもっ」


 その時の相手の顔は今でも思い出したくない。薄気味悪く口元を緩ませ、私のことを心底軽蔑していると確信できる目つきをしていた。この一件をきっかけに、私はチームから完全に孤立することとなる。

 練習ではほとんど言葉を発せなくなり、バスケ自体が楽しくなくなっていった。次第に私は、何のためにバスケを続けているのかさえ、分からなくなった。


 ところがそれは、単なる前座に過ぎなかった。夏休みが終わると真っ黒な澱みはコートを抜け出し、私の学校生活をも脅かしていく。


「死ねばいいのに」

「早く消えてよ」


 学校でチームメイトとすれ違う度、こうした言葉が私の耳に入ってくるようになったのだ。それに対して私が戸惑った表情を見せると、その際決まって彼女たちは愉快気に笑っていた。その不気味な笑い声は私の身体に()みつき、着実に(むしば)んできた。遂には、幻聴も聞こえるようになった。


 私の生活は一変した。身の危険を察知したのか、元々仲の良かったバスケ部以外の友達も、私から離れていった。私は学校の中でも一人ぼっちになってしまった。思い切って担任の先生に相談してみたが、「気のせいじゃないか」「自分からコミュニケーションを取らないのが悪い」と一蹴されるだけで、全く効果無し。助けてくれる人は誰もいなかった。


 真っ黒な澱みは暗く小さな監獄を作り出し、私を閉じ込めた。毎日が息苦しい。言葉で表現するならば、両手で首を絞められ、死ぬ一歩手前のとことで寸止めされている状態。それがずっと続いていた。


 ここで私は認識した。自分が“いじめ”を受けているのだと。


 事態は深刻化の一途を辿る。チームメイトは私を、本格的に“排除”しようとしてきた。


 事件が起こったのは、二学期が始まって一ヵ月程経った頃。私は係の仕事で、職員室にクラス全員分の課題ノートを持っていかなければならなかった。一冊が分厚く量も多かったのにも関わらず、手伝ってもらえる人もいないからと、無理に一人で運ぼうとしたことが間違いだったのかもしれない。バランスが取れず、私は覚束ない足取りで廊下を歩いていた。


 私の中学校では二階に職員室、三階に一年生の教室が配置されていたため、階段を降りる必要があった。その瞬間は鮮明に記憶に残っている。足元が見え辛い中、私が慎重に階段へと左足を掛けたその時だった。


「え?」


 唐突に後ろから背中を押され、私は階段を踏み外した。そのまま尻餅をつく形になり、私の体は雪崩のように落下していった。


「あ、あー!」


 宙に舞ったノートが地面を打ち付ける音が校舎内に響き、私は床に叩きつけられる。何かが割れたような痛みが、身体全体を覆った。


 それからのことはよく覚えていない。確かな記憶としてあるのは、救急車で病院に運ばれ、そこで左足に全治二か月の骨折を負ったと診断されたことだけ。暫くは松葉杖で生活することになってしまった。もちろん部活には参加できなくなり、直近に控えた大会も断念せざるを得なくなった。


 数日間の入院を経て再び学校へ行くと、松葉杖姿の私を遠巻きに見ながら、チームメイトたちは楽しそうに談笑していた。彼女たちが事件に関与していることは、ほぼ間違いなかった。でも私はその姿を見ていないし、目撃者も出てこない。確たる証拠は何も無かった。彼女たちは決して自分たちの行為を表に出さぬよう、巧妙に、かつ狡猾(こうかつ)に立ち回っていたのだ。


 私の声は届かない。彼女たちが綻びを出すこともない。どうしようもなく絶望的な現実を前に、私は気力の限界まで追い詰められていた。


 そして、そんな私を救ってくれたのが、あの子だったのである。



See you next base……


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