11th BASE
お読みいただきありがとうございます。
先日今年に入って初めての花見に行ってきました。
やっぱり桜は綺麗ですね。
まあ私としては、どちらかというと花より団子タイプの人間ですが……(笑)。
帰宅後、お風呂上がりにスマホを開くと、三人のトークルームに京子ちゃんからメッセージが入っていた。
《祥、真裕、今日はホントごめん。ウチのせいで帰るの遅くさせちゃって》
「ははは……。京子ちゃん、今日はいつもより熱が入ってたからなあ」
《全然気にしてないよ。もう慣れっこだしv( ̄Д ̄)v》
私は絵文字付きで返信する。その直後、祥ちゃんからもメッセージが送られてきた。
《態々謝らなくても良いのに。私も気にしてないし。それにこっちは自転車通学だからそんな時間掛からないからね。寧ろ大変だったのはそっちなんじゃない(笑)?》
祥ちゃんも怒っていないみたいだ。私は忍笑しながらリビングに出る。ちょうどそこで、お兄ちゃんとすれ違った。
「あ、そうだお兄ちゃん」
「何?」
柳瀬飛翔。私の四つ上の大学二年生だ。
「時間あったらで良いんだけど、マッサージお願いしてもいいかな? 今日久しぶりにブルペンで投げて、腰とか太腿の辺りが微妙に張ってるんだよね」
「ふーん。良いよ。ちょっと待っとって」
起伏の無い声が返ってくる。お兄ちゃんはあまり感情を表に出すタイプではなく、家族の前ではいつもこんな感じだ。傍から見ると少し怖いと思われるかもしれないが、こうやって私のお願いにも文句の一つ言わずに聞いてくれる。外に出たらどうなのかは分からないけれど、私にとっては優しいお兄ちゃんだ。
「よいしょっと」
私はリビングの絨毯の上に腹這いになる。深緑色のデザインは、リラックス効果があるらしい。お兄ちゃんは一分もしない内に再びリビングに現れ、私の横に腰を下ろす。
「じゃあ力抜いて。あまりにも痛かったら痛いって言えよ」
「はーい。お願いします」
お兄ちゃんはまず、腰の辺りからマッサージを始める。筋肉が刺激されて起こる絶妙の痛痒さに、私は思わず息を漏らす。
「あ、ふう……」
「おっさんみたいな声出してんじゃねーよ。気持ち悪いぞ」
「う、うるさい」
私は頬を赤くする。お兄ちゃんは次に、肩甲骨周辺を解していく。
「お前結局、女子野球部入ったんだな」
「うん。元々そのつもりで亀高選んだんだしね」
「ま、そうだわな。入らなかったら意味無いもんな」
「お兄ちゃんはもう野球やらないの?」
「俺? 俺は……」
僅かに流れる沈黙。お兄ちゃんは私の右肩に手を移すと、答えを返してくる。
「怪我しちゃったからな。草野球くらいならできるけど、部活に戻んのは無理だよ」
「そっか……」
お兄ちゃんがどんな表情をしているのかは、私は見ることができない。何も気にしていないかのような口ぶりだが、胸の奥で燻る想いを抱えているようにも思える。
お兄ちゃんは高校時代、地元では有名な選手だった。強豪チームのエースで、本気で甲子園を狙っていた。事実二年生の時に県大会でベスト四、高校最後の夏は決勝まで進んだ。つまり、本当にあと一歩のところで甲子園に行けていたのだ。当然大学や社会人チームからは引く手あまたで、一時はプロの球団が指名を考えているという話も舞い込んできていた。
ところが、お兄ちゃんはその全てを断り、自宅から通える大学に一般受験で入学した。大学でも野球部には入っていたが、肘の故障が原因でたった一年で退部。そのことを初めて聞かされた当時の私は、あまりの衝撃に現実を受け入れることができなかった。
だが今冷静に顧みれば、高校の時点でどこか違和感を覚えていたのだと思う。お兄ちゃんは一年生から連投と完投を繰り返し、二〇〇球以上を投げる試合もあったそうだ。そんな風に酷使し続けた左肩が、丈夫でいられはずがない。勧誘を蹴って普通の大学に進んだのも、いつか怪我をすることを見越していたからなのだろう。
投手をやるようになった私に対し、お兄ちゃんは口を酸っぱくして「体のケアを入念に行え」と言ってきた。だがお兄ちゃんが大学に入った辺りからは、「無理はするな」という言葉に変わった。私が見ていた限り、お兄ちゃんは試合後、練習後共に十分な体のケアを行っていた。それでも肩を壊してしまった。いくら自分の体に気を配ろうとも、無理をすれば意味が無い。私に掛けてくる言葉が変化したのも、それを身をもって知ったからだ。
お兄ちゃんは私の憧れだった。球も速くて鋭い変化球も投げられて、三振の取れる投手だった。マウンドに君臨する帝王のようにバッターを捻じ伏せていく姿は、本当にかっこ良かった。でもそれはもう見られない。だからといってお兄ちゃんに失望したり嫌いになったりはしないが、ふと考えてしまうことがある。もしお兄ちゃんが怪我をしなかったら、今頃どんな活躍をしていたのだろうかと――。
「おし、終わったぞ」
マッサージが完了し、お兄ちゃんが背中を叩く。
「ありがと。はー……」
肩甲骨から体全体の力が抜け出し、絨毯に溶けてしまいそうになる。感じていた張りも見事に和らいだ。
「そこで寝るなよ。風邪ひくぞ」
「うん。大丈夫」
お兄ちゃんは机の上にパソコンを開き、イヤホンを付けて作業を始めた。私は寝転がったまま、何をしているのか聞く。
「何やってるの?」
「動画見てるだけだよ」
「へえ。どんな?」
「別に何でも良いだろ」
「私も見ても良い?」
「お前は早く寝ろよ。明日も早いんだろ」
「えー。少しで良いから」
「めんどくせえな、勝手にしろ」
お兄ちゃんの眉間にちょっとだけ皺が寄る。私は起き上がりパソコンの画面を覗く。その中では、何やら3Dの男の人が村を彷徨っていた。
「何これ?」
「ゲーム実況だよ。『ムラセブ』の」
「ふーん」
聞いたことのないゲームだ。野球とも全く関係なさそうで、何をやっているのかもよく理解できない。
「なんかよく分かんないや」
私は見るのを止め、お兄ちゃんに「おやすみ」と告げる。お兄ちゃんはパソコンの画面を見つめたまま、「おう」とだけ返した。
お兄ちゃんは野球に興味を失くしてしまったのだろうか。前までは熱心に選手の動画とかをチェックして、あれこれ考えていた気がする。
ただどちらにせよ、私にはどうすることもできない。私にできることは、お兄ちゃんからの忠告を守り、二の舞にならないようにすることだけ。悲しいけれどどうしようもない。
動画を見ていたお兄ちゃんの口元が微かに緩む。私はそれに寂寞と安堵の両方を抱きながら、寝室へと続く階段を上がった。
See you next base……
WORDFILE.2:『村とセレブと王と』
アメリカで開発された大人気PCゲーム。村中でお金を集めたり依頼を熟したりを繰り返し、村一番のセレブを目指す。目的を達成すると村の王になることができ、少子高齢化問題やデフレなどを解消するための政治を行える。なおあまりに横暴な振舞をすると民衆に革命を起こされ、村を追い出される。そうなった場合、新たな村でまた一からやり直しとなる。




