第99話「魔術師たちの会食はままならない」
悠真が墓参りから帰った、その日の夜――。
藤代家の食卓では、悠真と三人の少女が食事を楽しんでいた。
いや、楽しんでいたという言い方には少々語弊がある。
ひとりだけ、絶賛ご機嫌斜めな少女がいるからだ。
フラートである。
みんなが和気あいあいと料理を食べ進める中、フラートだけはぶすっとした顔で目の前に座る少女のことをにらんでいた。
……触らぬ神に祟りなし。
悠真はフラートの様子に気付いていながら、あえて触れずにいた。
しかし、ついに痺れを切らしたフラートが、
「――で、なんであんたがここにいるワケ?」
と、言ってはならないことを言ってしまった。
フラートがフォークで指したのは、彼女の正面に座る澪依奈だ。
澪依奈はまるで他人事のようにこれをガン無視。テーブルに並べられた料理の数々を、美しい所作で口元へと運んでいく。
今晩のメインディッシュは煮込みハンバーグ。沙希が太鼓判を押して絶賛する悠真の得意料理である。
肉汁と野菜の甘味が染み出したトマトベースのソースを、ほどよく煮込まれたハンバーグと一緒に頬張れば、濃厚な味わいが口の中で調和する。まさに至極の一品といっても過言ではないだろう。
あの鷹嘴製薬のお嬢様が夢中で食べ進めているくらいだ。その味を疑う余地はない。
実際、フラートはものの数分で完食してしまっているくらいだ。
とはいえ、楽しい食事会の場だというのに、このままでは空気が悪い。
悠真はフラートをなだめるために事情を説明する。
「俺が誘ったんだよ。この前のお礼もかねて、うちで一緒に夕飯でも食べないか――って」
「ふーん……そうなんだ。じゃあ食べ終わったらさっさと帰ってもらってどうぞ」
「こらっ、ダメだよフラちゃん。そんなこと言っちゃ」
「えー……」
「えーじゃない。それから、食器で人のこと指さない」
「はーい……」
沙希に諫められて、フラートが不服そうに謝った。
その様子は、まるで本物の姉と妹のようだ。
……なんかちょっと、微笑ましいな。
「――ちょっとぉ。なに笑ってるのユッキー」
「いや、なんか姉妹みたいだなって思ってさ」
フラートに訊かれ、悠真は誤魔化すことなく心の声をストレートに口にした。
「べつに……そんなんじゃないし」
フラートはふてくされながらも、どこかこそばゆそうに視線を逸らした。
その反応がまたいじらしくて、沙希はキュンキュンしてしまう。
「も~、フラちゃんってばホントにかわいいんだからー! よしよし、お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで~」
「ちょっ、やめ、ベタベタするな引っ付くなッ! ――っていうかお姉ちゃん面するな! あんたはまだ食べてる途中でしょうが!」
好感度MAXの小型犬のようにじゃれてくる沙希に、珍しくフラートが素の口調で言い返した。元々彼女は口が悪い。普段はいい子を演じているつもりだが、悠真にしてみれば、こちらのほうが年相応だと言えた。
ふたりがじゃれ合っていると、かちゃりと食器を置く音がした。
どうやら澪依奈も食べ終わったようだ。
「ごちそうさまでした、藤代くん。とても美味しかったです」
「おそまつさま。口に合ったようで何よりだ」
「こう言ってはなんですけど、正直驚きました。疑っていたわけではないですが、本当にお料理が得意なんですね」
「下手の横好きだけどな。今の時代、ネットを見れば料理のレシピなんてごろごろ転がってるし、俺のはそれを自分なりにアレンジしてるってだけだよ」
ご謙遜を、と澪依奈は悠真にはわからぬよう苦笑した。
澪依奈が食器を片付けるために立ち上がろうとすると、悠真が制して代わりに食器を片付けた。
澪依奈は申し訳なさそうにした後で、自分がゲストであることを思い出した。あまりでしゃばるのもよくないかと、ひとまず食後のコーヒーを楽しむことにした。
みんなが食事を終えて雑談に花を咲かせていた時、沙希がぽつりとつぶやいた。
「……フィーちゃんも一緒だったらよかったのになぁ」
「――というと、やはりフィルフィーネさんはまだ……?」
「あぁ。向こうに帰ってそれっきりさ」
なぜ、フィルフィーネがこの場に居ないのか。
事の次第は、二週間前にさかのぼる。
――私を、メルセイムに連れて帰ってもらえないかしら。
フォルシェンが死んでからすぐ、《転移門》の機能は回復した。
再び二つの世界を行き来することができるようになったので、ハーゼは一度〈協会〉の本部に戻って、今回の顛末を報告するつもりでいた。
そこへ突然、フィルフィーネが自分も一緒にメルセイムに帰りたいと言い出したのだ。
ハーゼはもちろん断ろうとした。今回はたまたま利害が一致しただけ。組織を裏切った魔術師との共同戦線など普通はありえないことだ。
そもそも頼みを聞いてあげるだけの理由が彼女にはなかった。
〈協会〉を裏切った彼女をわざわざ連れて帰るだなんて、もしそんなことが他の魔術師にバレでもしたら、ハーゼ自身の首が危ういだろう。
しかし、フィルフィーネの意志は固かった。最初から危険など承知の上。それでも、メルセイムでやらなければならないことがあるのだと、彼女はハーゼに頭を下げ続けた。
ハーゼは悩んだ。悩みに悩んだ末、渋々ながら了承した。
あの『送り人』が、自分なんかに必死に頭を下げたのだ。
その想いを無下にはしたくなかった。
話がまとまるとふたりはすぐに藤代家から出て行こうとする。別れを惜しむ暇なんてない。
悠真ただ、玄関から出て行くフィルフィーネの背中を見送ることしかできなくて――。
――待ってて。すぐに帰って来るから。
その時のフィルフィーネの横顔を、悠真はずっと忘れられないでいた。
「心配ですか? フィルフィーネさんのこと」
話を終えてうつむく悠真に、澪依奈がそう声を掛けた。
悠真はほんのわずかに笑ったかと思うと、首を左右に振った。
「いいや、してないよ。あいつのことだ。そのうちお腹を空かせて帰って来るさ。」
「ふふ、なんですかそれ。フィルフィーネさんはペットじゃありませんよ」
「あ、でもちょっとわかるかも。フィーちゃんって大型犬っぽいところあるよね。ほら、ゴールデンレトリバーみたいな」
「それを言うならシェパードじゃないか?」
「いえ、どちらかと言えばグレートピレニーズだと思います」
「セントバーナードもなくはないかも」
……いやどれだよ……。
沙希と澪依奈はどちらも犬派で、かなり話が合うようだ。ふたりは色んな犬の名前を出しながら、わかるわかる、と大盛り上がり。
あまり犬種に詳しくない悠真には、なんのことやらさっぱりな内容だった。
フラートは興味がないと言わんばかりに早々に席を立っていて、リビングのソファに寝転がって沙希の部屋にあったマンガを読んでいる。決して自分から話を合わせるようなことはしないのが、自由気ままな彼女らしい。
悠真はそんなフラートの様子を横目で観察しながら、あいつはプライドの高いオオカミだな、などと思った。口に出すと怒られそうなので、言葉にはしなかったが。
話が一段落すると、澪依奈は悠真に向き直って本題の話を切り出した。
「話は変わりますが、実はあれから私なりに少し調べてみたのですが――」
「調べた? 何を?」
「例の神殿についてです」
「神殿って……地下にあった、あの神殿のことだよな。たしか天多は『星見の神殿』って言ってたような……」
「はい。その『星見の神殿』について調べてみたところ、興味深いことがわかったんです」
澪依奈はひとくちコーヒーを飲んで喉を潤すと、詳細について語り出した。
「『星見の神殿』はその名の通り、星を見るために建てられたもので、この地に古くから住んでいた魔術師たちの手によって建てられました。しかし、ここで言う‟星”とは宙にある天体のことではなく、私たちの足元のことを指しているみたいなんです」
「足元って……もしかして地球のことか?」
「そうです。どうやら大昔の魔術師たちは、この惑星が持つ膨大なエネルギーの溜まり場……つまり霊脈について調べようとしていたんです。あの神殿はそのための研究施設のようなものだったのではないでしょうか」
なるほど、と悠真は得心した。そういうことであれば、あの神殿が地下深くにあった理由も、神殿を取り囲むようにして霊脈があった理由も納得がいく。
……最初から霊脈を利用するために建てられたものだから、魔力を流すための道が用意されていたってことか。
言われてみれば当然の話ではある。あれだけの建造物を天多がひとりで用意できるとは思えない。天多は元からそこにあった神殿を、目的にために利用したに過ぎないのだ。
しかしそうなると、天多は『星見の神殿』について一体どこで知ったのか。
言うまでもない――志摩家だ。
天多の産まれた志摩という家は、代々この地を管理してきた魔術師の家系だ。跡継ぎとして育てられた天多には、土地の歴史について調べる機会はいくらでもあったはずだ。
元から知っていたのか、それとも後から知ったのか……違いがあるとすれば、そのくらいのものだ。
どちらにしても、天多があの場所を訪れたことは運命だったのかもしれない。
そこまで考えて、悠真は首を振った。
……運命なんて言葉で、片付けられたくないよな。
「ただ驚くべきことに、私が読んだ文献には、彼らが研究の過程でこことは異なる世界の存在に気付いていたような記述があったんです」
「えっ、ホントですか⁉」
「昔の魔術師たちは、どこかに異世界があることを知ってたってことか?」
「はっきりとは断言できませんが、おそらくは――星詠みの魔術には、ひとつひとつの星を異なる世界に見立てることで、宇宙には無限の世界が広がっているのだとする解釈があります。もしかしたら、彼らの研究もこの解釈が発端となっているのかもしれません」
「それって、具体的にどのくらい前の話なんだ?」
「……およそ四百年前です」
「よ、四百年前って……そんなに昔から?」
「私が調べた限りでは、の話にはなりますが……もしかしたらあの場所は、何らかの条件が重なって異世界に繋がりやすい場所だったのかもしれません。そう考えれば――」
「『異世界を召喚する』みたいな、荒唐無稽な魔術が起動できたことにも説明がつく、か……」
「はい。未遂に終わって本当によかったです」
「あ、じゃあ詩織さんは? ほら、私たちが地下から脱出した後にさ、詩織さんいつの間にかいなくなってたでしょ」
「言われてみれば……たしかにそうだ」
地下の崩落騒動から難を逃れ、みんなが地上へと生還した時には、すでに詩織の魂は黄牢石の中にはなかった。どれだけ呼び掛けても反応はなく、石に溜まっていた魔力もすっからかんになってしまっていた。
ユリアーナ同様に時間切れで退去したのだろうが、沙希の意見も一理ある。あの場所がメルセイムと何か深い関りがあるのだとしたら、詩織が沙希と一緒に召喚されたことは、あの場限りの裏ワザのようなものだったのかもしれない。
そして本当に鳴滝市が異世界へ繋がりやすい場所なのだとしたら……。
天多が宗慶の手によってメルセイムに送り飛ばされたことも、偶然ではなく必然だったということになる。
……世界樹がこの世界から聖女を選んだことも、あるいは……。
「とはいえ古い文献の情報ですから、あまり鵜呑みにし過ぎないほうがいいと思います。私たちは私たちなりに、もっと異世界のことについて知見を深め、〈協会〉の動向に気を張るべきかと」
「そのとおり! というわけで――フラちゃん!」
沙希に呼ばれたフラートが、読んでいたマンガを閉じて体を起こす。
「……なに? なんか、めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど……」
「あっちの世界のこと、私たちにもっと色々と教えてくれない? 暮らしてる場所のこととか、普段どんなものを食べてるのかとか……あ、あと魔獣の話も聞きたいかも!」
「はあ~⁉ なんであたしがそんなことしなくちゃいけないワケ⁉ 絶対にイヤ! ていうか、ほとんどサッキーが聞きたいだけでしょそれ!」
「えーいいじゃん少しくらい。前は〈協会〉のこととか話してくれたしさー」
「それはっ、あいつらと戦うのに必要だと思ったからで……!」
「……それってつまり、私なんかに話すようなことはもう何もない……ってこと?」
沙希は瞳をうるませて、ソファに寄りかかりながら泣き崩れるような仕草をした。
「うっ……サッキー、その言い方はズルくない?」
「ズルくないもーん。ほらほら、観念して話しちゃえ~!」
「うわっ、やっぱりウソ泣きだった⁉ イーヤーだー! めんどくさい~! そういうのは全部あの女から聞けばいいでしょうがー!」
抵抗するフラートに、沙希が上から覆いかぶさる。ソファの上で取っ組み合いが始まって、どったんばったん大騒ぎ。実際のところ、ただのくすぐり合いなので、見ている分には微笑ましい。
まじめな澪依奈が止めるべきかどうか迷っているが、隣では悠真がくすくすと笑っている。
「と、止めなくていいんですか?」
「ほっといていいよ。ふたりとも楽しそうだから」
「藤代くんがそう言うなら……でも、どうなっても知りませんよ」
「……え?」
この数分後――。
しつこい沙希にフラートがキレて魔術を発動。あわや家がバラバラにされかねない大惨事となることを、この時の悠真はまだ知る由もなかった……。




