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第85話「再会」

「――さて、儂がなぜここにいるかについて、だったか。口で説明するよりも、実際に見た方が早いだろう」


 そう言って、フォルシェンは足元の魔法陣を杖で叩いた。フォルシェンの魔力が魔法陣に伝達し、術式を侵食する。陣に刻まれた術式に何かが書き加えられ、それに伴って術式の性質が変容していく。


「魔術が、書き換えられた……? まさか《改編オーバーライト》⁉」

「違う。これは元々用意しておいたものを後から付け加えただけだ。貴様の魔術ように無駄な工程は必要としない、言うなればアップグレードのようなものだ」

「アップグレード……?」


 何のためにそんなことを。

 答えはすぐに本人の口から語られた。 


「この召喚術と聖女は儂が利用させてもらう。貴様たちはそこで大人しく見ているがいい」

「は⁉ ふ、ふざけるな! そんなこと――」

「――させるワケないでしょうがッ!!」


 フォルシェンの返答を予期していたのか、フィルフィーネの飛び出しは早かった。

 握った槍に魔力を込め、地面を低く飛ぶように疾走する。

 けれどその疾走は、見えない壁に阻まれてしまう。


「結界⁉ そんないつの間に……!」

「今しがた陣に追加の術式を施したばかりだ。元からあったものを利用しただけだが、邪魔者を足止めするには十分だろう。――さて、ではそろそろ本題に移るとしよう」


 必要なものはすべて用意した。

 想定とは少し違う状況だが、計画の遂行には何も問題はない。

 魔法陣の内と外。区切られた空間の内側で、フォルシェンは粛々と計画を進める。

 手足を縛られたまま、沙希は恐怖を誤魔化すように声を張った。


「志摩くんを殺して、今度は私ってこと? そう簡単に殺されてなんて、あげないんだからね……!」

「見え透いた虚勢だ。そう怯えずともよい、当代の聖女よ。貴様は我が悲願のために、ただその身を差し出してくれるだけでよいのだ」

「悲願……? 私に何かをさせようとしているの?」

「いいや。貴様は何もしなくていい。そこでじっとしているだけでよい。そうすれば、貴様は聖女などという醜悪な役目から解放されることができるのだ」

「……聖女が、醜悪……」

「理解せずともよい。ただこれから起きる出来事を、あるがままに受け入れるのだ」


 いよいよ霊脈に溜まった魔力が臨界を迎える。

 百パーセント以上の魔力が魔法陣へとなだれ込むと、沙希を中心に新たな模様が浮かび上がった。

 沙希の体が光り輝き、空にある世界樹と一筋の光で繋がった。

 ただの光ではない。あれは道標だ。

 なぜかはわからない。ただなんとなくそうだと思って、沙希は光を目で追いかけた。

 行く道であり、帰るべき場所を指し示すもの。

 夜と月。こちらとあちら。聖女と世界樹。

 いくつもの繋がりが重なり合い、絡まって、確かな縁が紡がれる。


 ……あの光の先に、一体何が――。


「沙希! 沙希ィ!! ……クソッ! そこにいるのに……あと少しなのに……!!」

「退いてユーマ! 私が突き破る! はぁあああああッ!!」


 フィルフィーネが渾身の力で槍を突いた。だが結界はビクともしない。霊脈の魔力が魔法陣に流れ込んでいるせいで、結界の強度が跳ね上がってしまっているのだ。

 固い結界に弾かれようとも、フィルフィーネは諦めずに何度も槍を繰り出した。けれど結界は破れない。ただ無駄に体力を消耗しただけだった。


「ビクともしないなんて、固すぎでしょこの結界……っ!」

「だったら俺が術式を書き換えれば……」


 もはやそんな時間は残されてはいなかった。

 悠真が結界に手をかざした……その見えない壁越しに、沙希は虚ろな目で空を――世界樹を視ていた。


「……あなたは、だれ? そこに居るの?」


 人間が観測できる限界を超えて、聖女だけが近くできる何かがそこにあった。

 フォルシェンは不敵な笑みを浮かべていた。

 今こそ、数十年にも及ぶ研究の成果を見せる時だ、と掲げた杖に魔力を込めて宣言する。


「――我が魔をもって理を打ち破り、ことわりを以て世に反逆する」


 魔術の大原則に対して真っ向からケンカを売るような詠唱だった。

 法則ルール道徳モラルも関係ない。

 ぽっかりと空いた隙間を埋める。そのために求め、欲し、世界と闘うことを決めた。

 フォルシェンは今、自分から大切な者を奪った存在に対し、この地獄の底から宣戦布告しているのだ。


「――悠遠ゆうえんに在りて万物を見渡す者。我が意、我が呼び声は汝の深淵をあばき、汝が神秘をおびやかすものなり……!!」


 沙希の体が光に包まれ、意識と魂が、光の道に吸い込まれていく。

 判然としない意識の中で、沙希はただ、聞こえてくる声に耳を澄ませていた。

 その声に誘われるように、沙希の精神は少しずつ肉体から剥がれ落ちていった。


「だめ……行ってはダメよっ! サキッ!!」

「行くって、まさか異世界にか⁉」

「いいえ違うわ、もっと直接的で最悪……! あの男はいまここで、沙希の魂を世界樹に捧げようとしているのよ!」

「な、何だって⁉」


 フィルフィーネはしてやられた、と思った。

 あの光は魂の通り道だ。

 本来はありえないはずの魂への直接的な干渉を、世界樹と聖女の強い繋がりを利用して行おうとしている。

 神秘の再現とも呼ぶべき高等儀式魔術。これを可能とするのが、霊脈を流れる膨大な魔力リソースと、儀式にはおあつらえ向きな神殿。そして、すでに起動していた召喚術。

 偶然では片付けられない。これは間違いなく計画的な犯行だ。

 このままでは、沙希が世界樹に取り込まれてしまう!


 ――と、ここまでのフィルフィーネの推測は、ほとんど正解と言って差し支えないものだった。

 しかし、フォルシェンの真の狙いは別にあった。


「――返してもらうぞ。私の愛する娘の魂を……!」


 魔法陣を満たしていた魔力が解放される。

 世界樹と聖女を繋ぐ一筋の光は、荘厳な光の柱となって暗雲を打ち払った。なおも光は勢いと輝きを増して、この神殿を丸ごと呑み込んでゆく。

 視界が真っ白に塗りつぶされていく中、悠真は目の前にいる沙希を探して叫んだ。


「沙希ィいいいいいいいいいい!!」

「………………おにい、ちゃん?」


 沙希は空を見上げたまま、ゆっくりと意識を手放した。

 零れ落ちた涙に気付くことはなかった。



 永遠にも思えた世界の漂白は、実際には数秒にも満たない出来事だった。

 光の柱が消え去って、視界が回復する。

 悠真はおそるおそる、祈るようにまぶたを持ち上げた。

 ぼやけた視界の中に沙希を見つけて、心の底から安堵した。


「よ、よかったぁ……沙希は無事だ。あいつの魔術は失敗したんだな」

「……そう、なのかしら」


 怪訝な顔で首を傾げるフィルフィーネ。

 何もおかしなことはないはず……なのに、この言いようのない違和感は、一体どういうことなのか。

 フォルシェンの瞳が沙希を見つめている。深海の水で満たされたような瞳で、何かを待ち焦がれている。

 俯いたままだった沙希が顔を上げて、フォルシェンの顔をまじまじと見つめ返す。

 たっぷりと時間を掛けた後、彼女は震えた声でぽつりとつぶやいた。


「…………()()?」

「――え?」


 全身の血の気が一気に引いた。

 まるで作り物の映像を見せられている気分だった。


 ……いま、あいつ……何を、言ったんだ?


 聞き間違いだと思った。

 聞き間違いであって欲しかった。

 だって、あり得ないのだ。


 ……沙希は父さんのことを、パパなんて、呼ばない……。


 沙希の顔で、沙希の口で、沙希が言わない言葉を発した――あの女の子は誰だ?


「あぁ……そうだ、そうだとも。この時をどれほど待ち望んだことか……! ――おかえり、ユリアーナ!」


 感極まったフォルシェンが涙を流しながら沙希……ユリアーナを抱きしめた。

 ユリアーナはされるがまま、心ここに在らずといった様子でぼーっと天井を見上げていた。


「ユリアーナですって……⁉ そんな、ありえないわ……!!」

「……おい、フィーネ。ユリアーナって、誰だ」


 一人で驚くフィルフィーネに対し、悠真は端的に問い掛けた。

 動揺するフィルフィーネが途端に我に返るくらい、低く、冷たい声だった。


「……ユリアーナは、三十年ほど前に亡くなったフォルシェンの一人娘よ」

「三十年前? 亡くなったって……おい、まさか――」

「そのまさか。彼女が最初に世界樹に選ばれた女の子……‟はじまりの聖女”なのよ」

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